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失ったお話

 走馬灯のようにフラッシュバックする。

 この世界に来てからの記憶が。

 ファニーに助けてもらった時のこと。エビルと契約した時のこと。エルシが空から落ちてきた時のこと。忍者が殺しにきた時のこと。武士と戦った時のこと。この国に来て葉奈とぶつかった時のこと。

 様々な記憶が、グルグルと誠の頭で暴れ回る。

 生暖かい液体を顔に受けながら。

「……エルシ、さん?」

 絞り出すように、誠は呟く。その体に、傷は付いてなかった。

 誠を覆い隠すように、誠を斬撃から守る為に飛び出してきたエルシは、誠の顔を見て笑い、口を動かす。

 それは声にはなっていなかったが、なんて言おうとしたのかは分かった。分かって、しまった。

 良かった、とエルシは言おうとしていた。

 直後、その体が力なく誠に向けて倒れる。体を支えるなんてことを思いつかず、エルシの体はそのままズルズルと滑り、地面に倒れた。

 その背中の傷を、誠に見せつけるかのように。

「あ、……あ?」

 頭が上手く働かない。

 今必要でない記憶が、誠の頭を満たしている。

「落ち着けマコト! エルシの肉体はそうそう簡単に死なん! 聞いてるのか、マコト!」

「なにして、何してるんですのマーチェ!?」

「……お父さ、お母さん……」

 どこに視線を向けても、血が流れていた。マーチェもファニーを庇ったらしく、その体は傷だらけだ。それでも、致命傷には至ってないように見える。

 獣人たちは、悲惨だった。葉奈を守る為に立った格郎と真奈の身体は斬り刻まれ、立っていることが不思議なくらいの傷を負っていた。

 格郎と真奈は葉奈に向けて何かを呟き、そのまま力なく倒れた。

「……あ、あ」

 暫く葉奈は二人を信じられない目で見ていたが、やがて、その事実を認識してしまう。

 二人は、死んだと。

「ああああああああああああああああ! ああああああああああああああああああああああああ!!」

 少女の悲痛な叫びが夜空を切り裂く。

 そのすぐそばで、動く者がいた。

 男は腰に下げた刃物に手をかけ、明確な殺意を持って葉奈を見ていた。

 その口が動く。まるで何かを宣言するかのように。

 何を宣言している?

 あいつはいったい、ナニヲスルツモリダ。

 ブヂリ! と何かが千切れる音がした。

 誰かの脳の血管が切れた音、ではない。


 誠が自分の腕を投げ飛ばすために、右腕で左腕を力技で千切った音だ。


 直後、ウォッタージェットによって推進力を得た左腕が射出された。

 爆発的な運動エネルギーを得た左腕は男にぶつかり、全てのエネルギーを男に与える。

 男が吹き飛び、左腕が反動で跳ね返ってきた。宙を舞う左腕の血液を操作し、自分の元に持ってきて無理やり繋げる。

「……なにしてんだ」

 男が立ち上がるのを見ながら、誠は拳を握り締めながら叫ぶ。

「なにしてんだこのクソ侍が!!」

「お、おいマコト! 闇雲に突っ込むな!」

 何か言っていたエビルを掴み、足裏から水を噴出させ全力で前へ跳ぶ。一瞬で男に近づき、男の刀と剣がぶつかり合う。

「……なにをしているか、だと?」

 男は、猛は普段の誠ならそれだけで失神してしまいそうな殺気を持って誠を睨む。

「それはこちらの台詞だ! 貴様も依代である前に日本人だろうが! ならば何故だ! 何故我らの国を奪った化け物といる! 奴らは滅ぼすべき存在だろう!!」

「知るかんなもん! 二百年も前の話なんざ今更持ち出してんじゃねえよ! 当時の人なんて誰も生き残ってねえのに、当事者みたいな言い方するな!」

 左手を猛の顔に叩きつける。繰り出された平手打ちを受けた猛が一瞬仰け反り、その隙を逃さずに剣をさらに押し込む。

「だいたい誰が化け物だ! あそこにいたのは化け物なんかじゃない。ただ再会を喜んでいた親子だっただろうが! それを叩き壊したお前のほうが化け物に相応しいよ!」

 鍔迫り合いとなるが、猛はその状態から膝蹴りを放つ。脚が腹にめり込み、誠の体が曲がる。

 その顔を猛は蹴飛ばし、距離を作ってから刀を鞘に納める。

「一刃千刀、桜花乱――!?」

 技を叫んだ瞬間、猛の足元が爆ぜた。誠が海水を砂浜に移動させ、猛の真下で勢いよく上へと放ったからだ。

 爆発は猛の体勢を狂わせ、バランスを崩させた。

 さらに言えば、猛の体は宙に浮いている。

 つまり、今ならどんな攻撃も当たる。

「エビル、火の力寄越せ」

「は? お、おいマコト、まさか……」

「早くしろ」

 催促され、エビルは渋々力を渡す。直後、誠はエビルを放り投げ、猛の元へと跳んだ。

 猛の目の前に行った誠は、両手を重ね合わせながら一言だけ言った。

「死ね」

 左手から水の力が、右手から火の力が放出され、混ざり合う。

 直後、辺り一帯を消し飛ばさんと爆発が起きた。

 融合爆発《リンクバースト》によって起きた爆発は葉奈たちも巻き込みそうになったが、その途中で爆発の方向が大きくずれた。

 まるで、誰かが融合爆発に指向性を与え、葉奈たちが巻き込まれないようにしたかのように。

「……ちっ」

 暫くして、舌打ちする音が聞こえた。

 誠は無傷ではなかったが、致命傷となる傷は一切負っていなかった。こちらも、誰かに守られたかのように。

 その誠の視線の先には、猛がいた。ただし、意識を失い、乱入者に抱えられた状態だが。

 猛を抱える乱入者に、誠は見覚えがあった。いや、顔は見えないので中身が一緒かは分からないが、格好そのものは以前猛と一緒に襲いかかってきた忍者と同じだった。

「……やりすぎだ、猛」

 忍者は猛に向けてポツリと呟き、円筒状の金属管を放り投げた。

「迷惑をかけたな」

「待てやゴラァ!」

 誠が忍者に向かって行こうとした瞬間、グンッと逆方向に力をかけられた。勢いが止められ、足が止まる。

 直後、閃光と轟音が辺りを満たした。完全に眼をやられた誠は何も見えず、忍者の逃走を許してしまう。

 誰が止めたんだとイラッとしながら振り向くと、予想外な人物がそこに立っていた。

「……エルシさん!?」

 そこには傷だらけでとても動けるとは思えないエルシがいて、誠の腕を掴んでいた。更に強く腕を引いてエルシは誠を手元に引き寄せ、呟く。

「……駄目だよ無茶しちゃ」

「っ!? 日本語!?」

 ザザッとノイズが走り、エルシの顔が一瞬男に切り替わった。だが、今回はそれだけで終わった。エルシが男に、アキラに変わることなく、エルシの姿のまま喋る。

「さっきの融合爆発《リンクバースト》で力を使い切ったでしょ。そんな状態で忍者に挑むなんて、死にたいの君は? さっきのだって、僕が逸らさなかった皆死んでたよ?」

 プンプン、という擬音でも聞こえそうな感じにエルシは喋るが、誠は別のことに驚いていた。

(……こいつ、エルシさんの体まで奪い取りやがった!? 人間だろうと何だろうと体を奪い取れるのかよ!?)

「とりあえず、エルシの体は回復させておくよ。外もそうだけど、中も含めて、ね。ついでにあの人たちも」

「ちょ、ちょっとエルシ? 貴女いったい何を喋っているの?」

 横から女性の声が聞こえてきた。そちらに視線をやると、いつの間にか腰のベルトに引っ掛けた状態になっているウォンターがいた。

「あれ、いたの?」

「……貴方、どうやって水の力を使っていると思っているのかしら?」

 言われて、今更のように思い出す。当たり前のように使っていたが、誠はウォンターから力を貰ったわけではなかった。どうやら誠が使うのに合わせて水の力を送ってくれていたようだ。

 そのことに気を取られた瞬間、ガクンッとエルシの体が揺れた。まるで何かが切り替わるように。

 エルシの体が力なく倒れ、誠が咄嗟に手を伸ばしてその体を支えた。穏やかな呼吸が聞こえ、誠はホッと息を吐く。

 先のアキラの言葉を聞く限りだと、恐らくエルシの傷は治っているだろうと思い、確認してみる。

 血そのものを洗い流したわけではないので血だらけではあったが、血を拭き取ってみると綺麗な肌がそこにはあった。やはり傷は治っているらしい。

「……ん? ついでにあの人たちもって、まさか……」

 まさかと思いながらも誠はファニーの方へと視線を向ける。ファニーはマーチェの傷口にハンカチを推し当てて止血したり回復魔法を使って小さな傷を治したりしていたが、途中でその動きが止まる。

 見れば、マーチェの傷が無くなってきていた。治る、というよりは時間が巻き戻されているかのように傷口が塞がっていく。

「マーチェ? マーチェ!」

「……はいはい、マーチェさんですよー。あれ、私どれくらい寝てました?」

 さっきまで傷だらけだったのが嘘みたいに気楽にマーチェは言う。ファニーは嬉しさ半分、呆れ半分といった感じに息をつき、マーチェの頭を叩いた。

 傷は治った。だが、

「……誠さん」

 やはりというか、生命の死ばかりは、どうにもならなかったらしい。

 葉奈が顔をグシャグシャにしながら誠を見上げてくる。あまりの悲痛さに眼を逸らしそうになるが、逸らすべきでないと思い、誠は葉奈の顔を見続けた。

「……なんで、なんでお父さんとお母さんが死んじゃったんですか。おかしいじゃないですか。なんでですか。なんで、お父さんとお母さんが……!」

 ……何も言えなかった。

 どれだけ頭を使っても、どれだけ記憶を掘り起こしても、今の葉奈にかけてやるべき言葉は見つからなかった。

「なんで、なんで。なんで、こんな、なんで……」

 誠は泣き続ける葉奈の頭に手をやり、静かに抱き寄せた。父と母が死んでしまった少女の悲しみを、少しでも紛らわせようと必死に。

 葉奈の顔を隠し、ファニーたちに背を向け、自分の顔を見せないように。

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