責任のお話
「困ってる人がいたから助けた、か」
誠が言った言葉を呟き、顎は何とも言えない、様々な感情の入り乱れた顔で自嘲気味に言う。
「そんな単純なことを、私もできれば良かったのだがな」
「……? お前もそうじゃないのか? 何人も人を助け続けたから、英雄なんて呼ばれるようになったのかと」
「君は変な所で無知だな」
顎は苦笑しながらそう言い、こう続けた。
「英雄なんて人助けをしてても呼ばれないよ。そういう人は聖人とでも呼ばれるだろうさ」
「……じゃあ、お前はなんで英雄なんて呼ばれてるんだ?」
「沢山の人を殺したからに決まっているだろう?」
当たり前のように、顎はそう言った。
それが当たり前であることを、悲しむような声で。
「なあ、君たち人間の歴史の教科書には載っているのか? 君たち人間が獣人を、いや人外を迫害していたことは」
「…………」
誠では、その質問に答えられない。
ある程度この世界の歴史を教えてもらっているが、教科書がどうなっているのかなど聞いたこともない。
だが、予想はできる。
「……載ってないだろ。その手の歴史つーのは、自分たちの非は徹底的に隠す。特に、いじめられっ子がいつの間にかいじめられていたなんて歴史なんてな」
「自分たちが加害者だったことは隠し、被害者だと主張した方が同情を持たれるし、同族であれば人外を強く恨むことになるだろうしな。合理的であることは理解しているよ」
納得はできないが、と顎はボソリと付け加える。
「私は、獣人たちが迫害されている時代に生まれ、生きる為に必死に戦った。誰の為でもない、私自身の為にだ。だが、私のその行いは誰かを助けることになった。そんなこと知らずに、私は戦い続けた。自分が生き残る為に。……だけど、その戦いで助けられた人たちは、そのうちこう思うようになってしまった。『あの人が私たちを助けてくれる』と」
そう思ってしまうことは、仕方ないことだったのだろう。
本人にその気がなくとも、本人は助けるつもりなんてなかったのだとしても、何回も助けられ続けていたら、それが自然となってしまったら。
あの人は私たちを助けてくれる、あの人は私たちのヒーローだ。そう思ってしまうのは、仕方ないことだったのだ。
「ある時、私は気づいた。皆が私を、期待の目で見ていることに。襲撃された時に、『あの人がいるからなんとかなる』と言われていることに。……途端に、怖くなった。自分に誰かの命が乗せられていることに。いや、押し付けられた責任を果たせずに、皆に糾弾されることに」
そう言う顎は、体を震わせることはなくとも、当時のことを思い出して怖がっていた。
「今まで以上にがむしゃらに戦った。獣人が傷つけられないように。完璧に皆を守って、責められることがないように。……その結果が、英雄だよ」
拳を持ち上げ、顎は葉奈の体を軽く叩いた。
「英雄なんてなりたくなかった。でも、なってしまった。……だから、仕方ないって割り切るしかない」
言いながら、顎は構える。。
目の前の敵を殴り飛ばす為に。
「責任を果たさせてもらう。背負いたくて背負ったわけじゃない。けれども、やらないといけないんだ」
「……仕方ない。やりたくなかった、なりたくなかったか。ふーん……」
ずっと黙って聞いていた誠は顎を見ながらそう呟き、そしてこう聞いた。
「で、本音は?」
「……え」
「いやだから、本音だよ本音。本当は何を思ってたって聞いてんの」
意味がわからない。そう思っているのが、顎の顔に出ていた。
誠はそんな顎を見て、呆れたように言う。
「お前さ、さっきから聞いてれば自分はやりたくないけど仕方なくやってるんですって言ってるけどさ。誰が、いつ、お前に強制したんだ?」
「……強制、のようなものだろう。皆が私を期待して見ていたんだ。数の暴力だ。例え本人にその気がなくても、期待を破れば糾弾されると期待される側は思ってしまうんだ」
「うん、そこ。さっきからずっと気になってなってたんだけどさ、なんでお前は糾弾されることを恐れてるんだよ?」
「……っ!? 何故って、そんなの孤立したくないからに決まって……」
「じゃあ聞くけど、そうやって英雄だなんだ持ち上げられている状態は孤立してるって言わないのか? あの人なら大丈夫、あの人には俺たちみたいな凡人の手助けなんていらない。……もう充分孤立してんだろ、英雄だなんて枠組みに入れられてる時点で」
「だとしても! それでもまだ群れの中にいられる! どんな生命も、独りでは生きていけない。生き残る為には、何かに属する必要があるんだ!」
「それは弱者の生き方だろ。お前、頭のリミッター外して普通の獣人の百倍の力引き出せるんだろ? わざわざ群れる必要があるか?」
「…………」
完全に黙ってしまった顎に、誠は無防備とも言えるくらい気楽に歩み寄る。
「それとこれも気になってたんだけどさ、お前のその強さは体質じゃなくて技術だろ? なんで他の獣人たちに教えないんだ?」
「……それは、これは、扱えるようになるには時間がかかるからで」
「記憶と人格を植え付けれるんだろ? だったら記憶だけ、意味記憶だけ植え付けることだってできるだろ。獣人全員に植え付けてやればいい。そりゃあ100%引き出したら壊れる奴が大半だろうけど、10%に引き上げる、なんなら2%でもいい。それだけで戦闘力が単純に考えても二倍になるんだから。じゃあなんで誰もしない?」
「……来るな」
顎の制止を聞かず、ゆっくりと歩み寄る。
「……まさか、100%しか引き出せないなんて融通の利かない技術ってわけじゃねえだろ? いや、例えそうだとしても、加減して殴ればいいだけなんだ。100%の力を出して戦わないといけないなんてルールはないんだから」
「来るな!」
顎が拳を放った。音なんて遥か彼方に置き去りにするほどの速度の速さを持った拳を、誠は見切ることはできなかった。
だが、
「……っ!?」
誠の目の前。そこの海面に穴が空いていた。
顎の足はそこに入り、バランスが崩れた状態で放たれた拳は誠に当たることはなかった。
目の前へとやって来た顎に向けて、誠は言う。
「……なんで、こんな状況になったかを当ててやろう」
耳に顔を近づけ、悪魔のように囁く。
「――お前が嘘を教えたんだろ? 自分が英雄としてちやほやされるように、お前が仕組んだんだろ?」
「違う!」
もはや戦闘することを忘れ、目の前の誠に向けて顎は叫ぶ。
だが、誠は更に追い詰める。
「そうだな、英雄って呼ばれるようになったことそのものは、お前が仕組んだのではないかもしれない。……でも、英雄って呼ばれないようになるチャンスなら幾らでもあっただろ? 誰かに助けを求めてもいいし、情けなく敵から逃げ出してもいい。英雄って呼ばれることはあるとしても、お前の技術を皆に教えればお前一人で全てを背負う必要もなかった。少なくとも、今の現代で罪のない人を英雄に仕立て上げる為に記憶を奪い、人格を塗り潰すようなことになっている状態は、てめえの責任もあるんだよ!」
声を荒げられ、顎が驚いたように両目を開く。
「何がやりたくなかっただ! 何が英雄なんてなりたくなかっただ! 俺がパッと思いつくだけでこれだけ方法があるんだ。本当にやりたくないんだったら、幾らでもやりようがあるじゃねえか! それなのにてめえはやりたくなかっただの何だの言って何もせずにいた。それのせいで何人犠牲になったんだ? 何人、葉奈みたいにてめえの記憶と人格で塗りつぶした! 答えてみろよクソッタレの英雄!」
「わ、私が……」
顎の顔が歪む。
責められて、糾弾されて、恐れていたことをされて、泣きそうな顔になる。
「私が、やったわけじゃない。私が、彼らにそうしろと命令したわけじゃない……」
「命令はしてない。でも、承諾はしたんだろ? まさか自分の知らない所で自分の記憶が抜き取られて人格も写し取られました、なんて言わねえだろうな? 人格までなら複製できるかもしれないけど、記憶なんて本人の協力がなきゃ複製できないだろ、違うか?」
「獣人の、未来の為に……」
「だから! それならてめえの技術を皆に教えれば良かっただろうが! それなのにお前は……」
もうちょっとかな、と誠は顎を責めながら思う。
基本的に、誠がやることは時間稼ぎだ。その為にこうやってベラベラと喋っているわけであり、内容そのものは別になんでもいいのだ。
責めるように話をしているのは、顎の精神を揺さぶれば、運が良ければ葉奈の人格が浮き出てこないかと期待しているからだ。
誠個人としては、顎にそこまで罪はないと思う。英雄だなんだと持ち上げられれば、誰だって舞い上がるだろう。
その技術を教えなかったことだって、自分がいれば大丈夫だと思っていれば、もしくは人に教えるほど余裕のある状況でなかったら、人に教えることなんてできないだろう。
……まあ、どうしようもない怒りがあるのは否定しないが。
「……あ?」
そうこうしていると、突然顎が目を見開いた。直後、ガクガクとその体が震え出し、
「あ、ああ、ああああああぁぁぁぁぁぁ!?」
喉を引き裂かんとばかりに叫び出す。
更にそれだけでは止まらず、力任せに暴れ出す。蹴られた海水が弾け、飛び散った水飛沫で誠の顔が叩かれ、その場で体がぐるりと回転した。
「がばばごば!?」
不意を突かれた誠はウォンターの力を使うのを忘れ、そのせいで海に沈んだ。ジタバタと意味なく暴れる。
「な、あ……ああああああああ!」
そうこうしている間も顎は暴れ、そのまま沈んだ。
「っ!」
ウォンターの力を使い、波を引き起こす。顎の体が波に流されていき、浜辺に打ち上げられる。
誠もそのまま波に流され、顎の元へ近づく。顎は未だに叫び、暴れていた。浜辺の砂に拳を打ち付け、地面が爆発する。あまりの勢いに顎の体が宙に浮いた。
水を操作し、水玉を作って顎を回収する。そのまま顎を水で顎を抑え込む。
「――!」
顎が声にならない叫び声を上げる。少し腕が動いた瞬間水玉が吹き飛び、慌てて誠が水玉を作り直す。
そんなことを何度も繰り返し。
そして。




