英雄のお話
とりあえず格郎さんが命に別状はないこと。今はエビルと一緒に逃げてることを伝えると、真奈が心の底から安堵したように息を吐く。
「ありがとうございます誠さん。本当に、本当に……!」
深々と頭を下げてくる真奈の頭を慌てて誠は上げさせる。
「そ、そういうのは後にしましょう! 今はさっさと逃げた方がいいです」
言いながら誠は周りを見回す。獣人たちはこちらの居場所が分かっているのか、数人で囲うようにしながら誠たちの元へやって来ていた。
そのことを知らせると真也が毒づきながら言う。
「なんでこっちの居場所がバレてるんだ」
「どっかで臭いを覚えられたんじゃね? 真也、真奈さん、どうにか獣人の包囲を突破して森に行こう。森に行けば草木の匂いでもつければ逃れれると思う」
「あら、戦わないの?」
ウォンターが若干不満そうな声でそんなことを言ってくる。誠は少し獣人の数を確認し、首を横に振る。
「無理無理、向こうの数が多すぎる。そもそもこっちは獣人と戦争したいわけじゃないんだから逃げるのは当然だろ」
「つまらないわね……」
「つまらなくても堅実に行くべきだろ。人の生き死にがかかってんだから」
行こう、と誠は言って二人に動くことを促す。誠が先導し、獣人たちを避けるようにして走り出す。
あんまり速度を出すのは怖いのでジョギング感覚で走りながら誠は真也に聞く。
「なんで葉奈は倒れてるの?」
「……エリガルト博士に魔法みたいのをかけられた」
「ちょ!? それって大丈夫なのか!?」
「あの野郎が舌打ちしてたってことは失敗したんだと思う! つーかそう思うしかねーよ俺も真奈さんも魔法はさっぱりなんだ!」
「……途中で顎として覚醒しましたとかシャレにならねーぞマジで。誰か魔法とかに詳しい人のところ行くか」
「心当たりがあるんですか?」
「一応、聞く価値はあると思うんだけど……」
誠は二人の少女の顔を思い出しながらボソリと呟く。
「……話、聞いてくれるかなー」
「駄目ですわ」
「何も言ってませんよ!?」
「どうせそこの獣人を匿えとか言うつもりでしょう? 絶対駄目ですわ!」
玄関の前に立つファニーは腕を組んでそう言ってきた。
ファニーの後ろの方にはマーチェとエルシの姿があるのだが、マーチェは手を振って助けは無理と伝えてきていて、エルシも同様だった。
「待ってファニーさん! ファニーさんが何かしら抱えているのは知っているけども! ファニーさんが一番頼りになるんだよお願い!」
「嫌に決まってますわ! それと誠! 貴方勝手にホテルの名義に私の名前を使ったでしょう?」
「げぇバレてる!?」
「私の名前が使われたのですから当たり前でしょう! 私これでもかなり有名人ですわよ!」
まずいな、と誠は冷や汗をかきながら思う。ファニーが獣人たち人外のことをあまり良く思っていないことは知っている。そこに更に勝手に名前使ったことで怒られたら本格的にまずい。
とりあえず謝って許してもらう、まずはそこからだと思い誠はとにかく口を動かす。
「いや、そのことは謝りますほんとすいません! でも――」
「五十人!」
「……え?」
突然人数を言われ、誠の口が止まる。
ファニーはそんな誠を見て苛立っているのか、顔を歪ませる。
「貴方が獣人をあのホテルに泊めさせて、その結果怪我をした数ですわ」
「……あ」
「偶々私たちがいたからこの程度で済みましたが、もし私たちがいなかったらもっと被害は出ていました。そのことを、貴方は理解していますの?」
「…………」
完全に、見過ごしていた。
葉奈たちを助けよう助けようとばかり考えていて、誠の頭からはそんなことはすっぽ抜けていた。
ちょっと考えれば分かることだった。
獣人は人間の敵であり、獣人が人間側に容赦する理由なんてないのだから。
黙ってしまった誠を見てファニーは溜め息をつく。
「ほんっとに、人間以外と関わると碌なことがありませんわ。とにかく私は獣人を匿うなんてやりたくありません。これは獣人だから云々は関係ありませんわよ? もっと単純に、そんな厄介ごとに私の友達を関わらせたくありませんもの」
「……そうですね」
ポツリと、自分の考えを固めるように真奈が呟いた。
「そもそもこれは私たちの問題で、貴方たちは関係ないんですから」
「真奈さん?」
「誠さん、今までありがとうございました」
真奈は深々と頭を下げ、誠にお礼を言ってくる。
真也が何かを言いかけたが、真奈が視線でそれを止める。
「これからは私たちだけで動きます。誠さんは、皆さんとゆっくりしていてください」
「え、でも……」
言い淀みながら誠は真也の背中の葉奈に視線を向ける。殆ど動いてなく、死んでいるんじゃないかと錯覚しそうなほどだ。
真奈は葉奈の手に触れながら、大丈夫と言った。
「この子だって、そんなに柔じゃありませんから」
「……これから、どうするんですか?」
「格郎さんと合流して、飛空挺を奪って国外に逃げます。すぐに追いかけてくるでしょうが、どうにかします」
奪うという単語が出てファニーの眉間がピクッと動く。
「……目の前で犯罪行為の予定を立ててる人がいて、私が見逃すと思ってますの?」
「通報したいならご自由にどうぞ。その時は警備の人間を殺してでも飛空挺を奪うだけですから」
何気ないことのように、当たり前のようにそんなことを言う真奈に、ファニーは少しだけ黙った。
「……ん」
黙ったファニーと入れ替わるように、葉奈が動いた。目を開け、顔を上げて自分の状況を確認する。
「葉奈、起きたのか。気分はどうだ?」
真也が葉奈にそう聞いたが、葉奈は何も言わずに視線を誠たちに向ける。
「……ああ」
何かに納得したように、葉奈が呟いた。
「なんだ。また私が呼び起こされたのか」
直後、葉奈の体が消えた。
「……は?」
そう思った誠だが、違った。
葉奈が消えたのではなく、誠が吹き飛ばされたのだ。
遅れて轟音が鳴り響き、誠の体が地面へと叩きつけられた。
脳が今更のように何が起きたのかを理解し、痛みが走る。
「ああああああああああああああああ!!」
「なんだ、今ので生きてるのか」
誠の目の前にいつの間にか立っていた葉奈がそんなことを言う。その目は、明らかに人を見る目ではなかった。
「っ!?」
誠は水を操作し、自身の体を吹き飛ばす。背中に激痛が走るが、そんなことを言っている余裕なんてなかった。
無様に地面に落ちたが、誠は一々叫んだりせずに立ち上がる。今は一瞬の隙で死ぬと、直感的に感じ取っていた。
見れば酷い有り様だった。さっきまで幾つもの家が建ち並んでいたはずなのに、ちょっと目を離した瞬間に全て壊れている。数秒程度しか経っていないはずなのに、だ。
「ファニーさんたちは大丈夫……なわけねえだろうなクソ!」
「誠!」
名前を呼ばれて振り向く。そこには格郎に咥えられたエビルがいた。格郎は腕で真也と真奈を担いでいて、どちらにも見たところ怪我はなさそうだ。
「何があったんだ誠君! まさか……」
「……格郎、さん」
担がれた真奈が呻くように言う。
「葉奈が、葉奈が……!」
「葉奈が、葉奈がどうしたんだ!?」
「――葉奈というのは、この体のことか?」
トンッ、と軽すぎる音と共に葉奈が、いや葉奈の体を持った誰かが現れた。
誠は目の前の誰かに全力で意識を向け、警戒しながら問う。
「誰だ、お前は」
「顎」
簡潔に、一言で目の前の獣人は自己紹介をした。
「獣人の希望で、誰か一人を犠牲にしなければ誰かを助けることのできない、矛盾した英雄だよ」




