契約した時のお話
赤い。視界の全てが赤一色に染められた。
痛みはない。というより何も感じない。あるのは無だけだ。
これが死だというなら、そんなに怖くなかった。というより誠にとって怖いのは死ではなく苦痛だったからだ。
「……よ」
(?)
声が聞こえた。もしや天国か地獄の使いでも来たのかと思う。ただ声がかなり怖い声だったから地獄かもしれない。
「……めよ」
(うわー、地獄って何するんだ? 労働するのか釜茹でをするのか……舌を抜かれて痛い思いをするのは嫌だな)
声はどんどん大きくなってきている。はっきりと良く聞こえる声で。
「目覚めよ、異界の人よ」
「はいはいどうもどうもー地獄ですねー……ん?」
何か違う。天国や地獄へ連れて行く死神か何かはいちいち目を覚まさせるのだろうか? と誠は思うがそもそも声の主がどこにもいない。
「我が名はエビル。世界を作りし偉大なる神の、五番目の子供」
声は誠の返事など求めてないのか喋り続ける。
「異なる世界から来し人よ。我と契約を交わせ。さすればそなたに全てを焼き払う力を授けん」
「いやです」
「……なに?」
声は誠の言った言葉を信じられないのか驚いていた。
「なんか良くわからないけど、ここ分岐ならもうバットエンドでいいよ別に」
「……このまま何もせねば、そなたの生命は燃え尽きるぞ。それで良いと言うのか?」
「べーつに。死ぬことを怖いと思う人はあんまりいないでしょ。本当に嫌なのは痛いことだし」
どこから見てるかわからない声に向けてしっしっと手を振る。
「そんなことよりまったく説明のされてない力を手に入れることの方が怖いでーす。じゃあねさよならばいばーい」
「そなたの死を、あの少女へ見せつけるつもりか?」
動きが、止まった。
「あの少女は憎むであろう、己の無力を。悔いるだろう、己がそなたを連れたことに。そのような思いを少女が持つのを、そなたは構わないと言うか?」
誠は何も言わない、何も答えない。声は変わらず続ける。
「そのような思い、させまいと言うならば、我と契約せよ。そなたは生を取り戻し、そなたの敵は全て、我が力によって焼き払われるであろう」
いつの間にか、誠の目の前に赤い宝石があった。なんとなく、それに見られているように、誠は感じた。
「さあ、その石に手を置き、契約に誓う言葉を、コントラクトと言うのだ」
「……やーなこった」
誠は石に向かって話しかける。
「なんだってそんなことしなきゃいけないんだよ。たかが一ヶ月程度しか一緒にいなかった知り合いに」
そうだ、そんなことをする必要などない。こんな得体の知れない奴と契約云々を交わす必要などどこにもない。別に生きたいと思ってるわけでもない。
『貴方は下僕確定』
いきなりそんなことを言ってくる奴の為に、何かをする必要なんてない。
そんな必要、絶対にない。
「――コントラクト」
石に手を置いて、呟く。
「契約は成立した」
別に、誰かのためではない。
ただ、せっかく異世界に来たのだから、魔法みたいなことを使ってみたいだけだ。
「そなたの貫かれし眼を代償に、我は力を貸そう」
結局は、自分のためだ、
それだけだ。
街道を見回っていた衛兵たちは、それを見た。
自分達の道の先に、巨大な火柱と、炎の悪魔がいるのを。
急いで駆けつけた頃には、無惨に焼かれた人の死体と、左眼が奇妙な少年を抱えて泣く少女と、街道に突き刺さる一振りの剣があるだけだった。




