知識のお話
「あー、超怖かった死ぬかと思った……」
獣人が消えた後、誠は地べたに座り込む。緊張して疲れたのだ。
マーチェが若干呆れの笑みを浮かべている。
「さっきの話、どこまで本当なんですか?」
「オール嘘、純度百パーセントの嘘でっせ。そこら辺のこと、俺は一切知らないし」
「……運が良かったですね」
「確かに、不幸中の幸いと言える出来事だった。獣人はなんで依代捕縛に依代怖い怖い君を連れて来るんだ?」
意味わかんねーと言いながら誠は立ち上がる。もうさっさと帰って寝たかった。
「マコトさん」
「んー、なに?」
またふざけた質問なのだろうと思いながらも誠はマーチェの方を向く。
「マコトさんは、エビルさんやエルシさんを信用してますか?」
「…………」
誠の目をしっかりと捉えながら、マーチェは聞いてきた。
「どうなんですか?」
誠は、首を横に振った。何も言わなかった。
「……そうですか」
マーチェは何かを考えるように俯き、動かない。
「マーチェさん、ちょっとお願いがあるんだけど」
「なんですか?」
誠は、空を見上げる。
そこには、元の世界と変わらず、星が輝いていた。
「この世界のこと、ちゃんと教えてもらえない? 俺さ、文字の読み書きは結構できるようになってるんだけど、この世界に来てからは小説とかばっか見てたから、この世界のこと全く知らないんだ」
「…………なんで私なんですか?」
「駄目?」
マーチェは、ゆっくりと息を吐いた。
「いいですよ。暇な時に、ですが」
「ありがと、マーチェさん。じゃあ帰ろうか」
誠が歩く隣を、マーチェは歩く。
「じゃあ、一応基本から教えておきましょう。まず、人類と吸血鬼達が戦い始めた年ですが……」
エビルとエルシは、海にいた。
海の上に座る少女と宙に浮く剣は、誰が見ても不思議な組み合わせだった。
しかも、少女は全く喋らず、剣がベラベラと喋ってるのだから不思議にも程がある。
「全く、やはり奴は依代には相応しくないな」
エビルが呆れの感情を込めて呟く。
「…………」
エルシは何も言わず、ただエビルを見ていた。
「やはり契約を完全に結ばなくて正解だったな。これでいつでもより良い依代に移り変われる」
この二人(人?)の現在の目的は、力の完全回復だった。
何らかの現象で、神の子は身体を手に入れ、力の大部分を失った。
力を取り戻すには依代を作って側にいればいいのだが、基本的に人間は皆加護を受けて生まれてくる。加護を受けていない人間は希少なのだ。
そういう意味では誠はいい。彼は異界人で、一切の加護を受けてないのだなら。
まあ、本人の性能があまりよくなかったが、欲張ってはいけない。より性能の良い依代は、力が回復したら探しに行けばいいのだから。
こんなことを考えて、神の子達は行動していた。誠の予想は綺麗に当たっていたのだ。
因みにエビルの理想の依代は、『目的の為なら多少の犠牲を迷わず払い、強い意志を持って目的を成し遂げる人物』だ。獣人を殺すことに躊躇した誠は論外らしい。
「……エビル兄さん、これからどうするんですか?」
エルシの問いにエビルは唸る。
「うーむ、どうにかしてウォンターを助けなければならんが、今の我らではかなり難しい。何か策を練る必要があるな」
「誰かに助けを請うのはどうでしょう」
「獣人に? 人間に? 異界人にか? われらより知識も経験もない奴らの手を借りた所で何も得られまい」
「…………」
エルシは、公園で誠が言った言葉を思い出す。
『やっぱお前は無駄に長生きしてきただけだな』
無駄。
十数年しか生きてない人間に、数億年存在してきた時間を、無駄だと言われた。
適当に言っただけかもしれない。
だが、もしその言葉が本当だとしたら、
(……あの人は、一体どんな時間を過ごしてきたんだろう)
考えてみれば、エビルもエルシも、誠のことをよく知らない。
知りたい、と思った。どんな場所で育てば、化け物と普通に接せるのか、知りたくなった。
「…………あ」
「どうしたエルシ」
「いえ、今の状況とは関係ないんですが……」
「なんだ? 話せ」
「マコトさんは、どうやってこちらの世界に来たんですかね?」
「儀式をしたらと言っていたはずだが?」
「儀式は問題ありません。問題は、誰がどんな手段でマコトさんをこちらの世界に引き込んだかです。私たちも、ペンシャ兄さんでさえ知らなかった異世界へ」
神の子とは、神の力を用いて作られた存在だ。
例えば火の力を用いて作られたエビルは、火の分野においては神に匹敵する。だからこそ、神の代わりに火の力を司ることができるのだ。
つまり空間を司るペンシャは、神と同じように空間を操ることができるのだ。
そのペンシャが気付けなかった。神と同じ力を持つはずの神の子が、異世界の存在を知ることができなかった。
つまり、
「我らが父の力には我らは遠く及ばないということか!」
ドボンッ! とバランスを崩したエルシが海に落ちた。ゴボゴボと慌てながらも自身が作り上げた空気の床に這い上がる。
「ううむ、もっと精進せねばならんな!」
「…………」
エルシは、神より力を持つ何者かがいると言おうとしたのだが、エビルはどうも全くの見当違いの方向に答えを見出したようだ。
「はぁ」
「どうしたエルシよ?」
「……なんでもありません」
無駄と言われる理由が、少しわかった気がした。




