日本式謝罪のお話
少し走り、木の影を誠は見つけた。
「えーと冷やす物冷やす物……。ペットボトルがあればやりやすいのに」
誠は冷たい水で濡れたタオルを女の子の首筋や脇の下の当てていく。暑い国だからか冷たい水はそこらへんにあるし、タオルもちょうど汗拭き用のが売ってあった。
「マコト!」
「だからなんですかファニーさん!? あぁエルシさんちょっと手伝って! うちわ代わりになってもらいたいんだけど!」
女の子の衣服の締め付けを緩ませ、水を身体にふきかけてエルシに風を送ってもらい身体を冷やす。
「後何かあったっけなー……塩分取らせるために塩かなあ」
「マーコート!」
「だーかーら! なんですかファニーさん!!」
「貴方今何してるのか分かってますの!?」
「……人命救助ですが何か?」
「…………」
誠が何気なしに言ったら、何故かファニーが固まってしまった。魚のように口をパクパクさせている。
「ファニーさん? ファニーさーん?」
「……いえ、そうですわね。マコトはこの世界の人間じゃあないから知らなくてもおかしくないですわよね」
誠が呼びかけるとようやくファニーは動いた。何か自分を納得させるように呟いている。
「あー、マコト。この世界が今どんな状態かは分かってますの?」
「えーと、人間なんかより強い生物が襲ってきてるんでしたっけ? ってうお! 尻尾あるんかい!」
どうも服の中に綺麗に収納していたようだ。犬の尻尾みたいにふさふさだった。
「……その強ーい生物の中の一つが、貴方が今目の前にいる獣人ということは理解できてますの?」
「そりゃあこんなわっかりやすい耳と尻尾があれば」
「だったら今すぐその手を止めなさい! そこにいるのは人類の敵なんですわよ!」
そのファニーの言葉に誠は困ったように頭を掻く。
「……えと、なんで?」
「…………は?」
今度こそ、完全にファニーの思考が停止した。
「……ん」
そこで、ファニーと入れ替わるように女の子が目を覚ました。起き上がり、ボーッとしている。
「おい、大丈夫か?」
「…………」
女の子はボーッとしたまま誠を見ている。
「とりあえず、水飲めるか?」
「…………っ!?」
ダンッ! と地面を蹴ったような音がした。
「は?」
「シッ!」
上を見上げれば今目の前にいたはずの女の子が宙にいた。その手は硬く握り締められている。
「ちょちょちょちょ!?」
慌てながらも誠は全力で後ろに跳んだ。
ゴバッ!! と女の子の拳を中心に地面が抉り取られた。
その光景を見た誠の顔が青ざめる。あんなのをくらった末路は、考えたくもない。
しかもそれを行った女の子は更に追撃しようと構えている。
「待った! ストップ! 元気そうで良かったけどとりあえず話し合おう! な!?」
「ヴー…………ぅ?」
女の子の近くに、何かが落ちていた。さっきまで女の子に当てていたタオルだ。
「…………」
タオルを拾い、誠とタオルを交互に見て、状況を把握できたのか顔が一気に青くなった。
そのまま正座をし、手のひらを地面に付け、額を地に付け、腹の底から声を出す。
「すいませんでした!!!!」
ジャパニーズDOGEZA。
日本古来より伝わる、謝り方の一つだった。
「葉奈っていうのか」
「はい。三魁葉奈と言います」
ソファと長机、花瓶に花がある部屋。その部屋のソファの横で、葉奈は土下座をしていた。
マーチェはやはり何処かに消えた。この部屋にいるのは誠と葉奈とファニー、エビルとエルシ、要はマーチェ以外全員いた。
「とりあえずさ、顔を上げてくれるか?ちゃんと会話するなら眼と眼を合わせないといけないから、な?」
「は、はいぃ……」
葉奈に顔を上げてもらうとなんだか泣きそうになっている。誠はどう反応するべきか分からないので、とりあえずそれについては触れないでおく。
「とりあえずまあ、あんだけ動けるなら体調は大丈夫そうだな。……元気すぎるくらいに」
「…………」
最後の余計な一言で葉奈は再度土下座に移行する。また顔を上げてもらう。
「そんなに気にすんな。誰か怪我したわけでもねえし」
「マコト! 貴方この子に殺されそうになったのによくそんなこと言えますわね!」
ファニーの言葉で葉奈が土下座に移行しかけたので誠は阻止する。土下座はそんな簡単にやっていいものではない。
「その本人がいいって言ってるんですからいいじゃないですかファニーさん」
「そういう問題じゃありませんの! この子は敵ですのよ!?」
「……それだけどさあ」
誠はなんだか呆れてるようにも見える顔でこんなことを言い出す。
「葉奈が何かしたってわけじゃねえ、いやしたけどそれは置いといて。ファニーさんが葉奈になんかされたわけじゃあないじゃん? それなのに敵敵言うのはおかしくないの?」
「おかしくありませんわ! 獣人みたいな化け物は私たち人類の敵じゃあありませんの!」
「……んー、いい言葉が見つからねえんだけどよ。それってさ、『貴方の親戚が殺人者なので貴方も殺人者だよ』って言ってるようなもんじゃねえの?」
誠は葉奈が土下座しようとするのを阻止しながら続ける。
「獣人という全体としては確かに人間の敵なんだろうけどさ、三魁葉奈っていう個人は別に敵じゃあないだろ。普通のそこらへんにいる子供と同じじゃねえのか? ……うーん、これちゃんと伝わるのかなあ? 日本語は難しいのぉ」
ファニーの変化に、誠は気付かない。
「もしファニーさんが獣人に個人的に恨みがあったとしても、それって野良犬に噛まれたからそこらの犬を蹴り飛ばしてるのと変わらないんじゃ……」
「もういいですわ」
話を断ち切るように、ファニーは言い、立ち上がる。
「好きになさいな。どうせ、貴方も思い知ることになりますわ。その化け物達とは、分かり合えないことを」
そのまま部屋を出ようとするファニーに、誠は思ったことをそのまま口に出す。
「貴方も、ってことは他にも似たような人が?」
「…………っ!」
バンッ! と勢いよく扉を開けてファニーは部屋から出て行った。
葉奈はそんなファニーを見て、また土下座した。




