新歓飲み会と、壊れたCPU
「じゃあ、二人の歓迎会、始めようか。二人とも入会ありがとう!」
ガヤガヤとした店内で、八標先輩はビールがなみなみと注がれたジョッキを片手に、高々と腕を上げて乾杯の音頭を取った。
あれから、僕たちは旅行同好会への入会を果たした。
僕はあくまでゲーム優先の日々という方針は変えなかったので、週に一度か二度くらいサークル部屋に訪れるくらいだったけれど、喜多乃の方はほとんど毎日来ているようだった。
あの気恥ずかしいUFOの里での一件があったせいか、僕も道草さんもなんだか肩の力がほぐれて、会話が弾むというほどではないけれど、部屋で顔を合わせたら何気ないちょっとした会話くらいはできるようになった。
そんな僕たちは先輩からサークルのメッセージグループへ招待されて、四月末の今日の歓迎会の案内も受けていた。
まだ福島の地理に詳しくない僕たち二人を気遣ってか、集合場所は駅前だった。そこから合流し、歩いて五分ほどの場所にある居酒屋へと向かった。
赤提灯が揺れる店構え。引き戸を開けた瞬間、ガヤガヤとした熱気と香ばしい匂いが押し寄せてきた。人生で初めての「居酒屋」という空間に、僕も喜多乃もどこかソワソワと落ち着かないまま、畳の座敷席についた。
通された部屋には、僕と道草さん、部長の八標先輩、そして部長と同学年の関所智也先輩がいた。ちなみに、あと一人の先輩は、今日は東京に出かけていて、新幹線で戻ってくる予定らしく、一時間遅れでの参加とのことだった。
マップル先輩によると、旅行同好会の常時活動しているメンバーは僕と道草さんを抜いてその三人らしく、あと数人ほど幽霊部員で、ごくたまに活動に参加するらしい。
「二人とも、注文は決まった〜? 今日は新歓だし、好きなもの頼んでいいからね!」
メニュー表を広げて目を輝かせるマップル先輩の横で、関所先輩が慣れた手つきで店員さんを呼び出し、手際よく注文をまとめていく。
僕と喜多乃は、新入生でまだお酒を飲める年齢ではないので、迷わずウーロン茶を頼んだ。
「よーし、じゃあ改めまして! 旅行同好会に新しい仲間が増えたことを祝して——乾杯〜〜っ!」
グラスとグラスがカチンと重なり合い、宴がスタートした。
最初は居酒屋独特の雰囲気に圧倒されていた僕たちだったけれど、関所先輩が頼んでくれた焼き鳥やフライドポテトをつまみながら、マップル先輩の怒涛の「旅の失敗談トーク」を聞いているうちに、少しずつ緊張もほぐれていった。
飲み会が始まって一時間ほど経つと、自然とマップル先輩と喜多乃の女子トークが始まり、僕と関所先輩は男性同士で隣り合う形になった。
「よ、ちゃんと話すのは初めてだよな」
「はい」
僕が関所先輩と一緒に飲むのは初めてだった。喜多乃は、サークルの部屋で何度か話をしたことがあるらしい。
「しかし、薫の思いつきの歓迎受けて、よくうちのサークル入る気になったな」
「まあ、なんとなく」
まあ、突拍子もないことはするけれど、悪意があってしているわけじゃないことはなんとなくわかったし。
「実を言うと、あいつ、去年の同じ時期にも後輩に同じようなことをやってさ。その時は、その後入会しなかったやつも多かったんだ」
「そうなんですか」
まあ、あの変人ぶりをいきなり見せられたら、大半の人は離れていくだろう。大学生になれば、危険なことに巻き込まれる可能性だってある。その人たちの判断は賢明だったのかもしれない。
僕も多少は変わったところがあることは自覚しているから、まあいいけど。
そう考えると、道草さんは、その容姿や身なりからすればとてもこの旅行同好会に在籍するような変人には見えないんだけど、どこかちょっと変わってるんだよな。
「まあ、全員が全員そういう訳でもないけどさ、二年生にも在籍しているやつはいるけど、そのほとんどが幽霊部員な感じなんだよ。……まあ、これからよろしくな」
「よろしくお願いします」
そんな会話をしつつ、会話の間を誤魔化すようにウーロン茶を飲みつつやり過ごしていた。
宴も終盤に差しかかった頃、「ふい〜……」と小さく息をついたマップル先輩が、乾杯のときにほんの少し口をつけただけのビールジョッキをテーブルに置き、するりと僕の隣へ寄ってきた。
この人、かなり酔ってるな。足取りも怪しい。
「弥次くん!」
「はい!?」
いきなり大きな声で名指しされたため、びくりと体が跳ねる。
「正座!」
顔を赤くした先輩は正座して、僕を正面から見据えた。慌てて僕も同じ体勢になる。
「あなたが……あなたがサークルに入ってくれて、私はとっても、と〜っ……ても嬉しかったの!」
「あ、ありがとうございます……?」
「ありがとう〜〜っ!」
そう言って、先輩は急に僕に抱きついてきた。何がなんだか分からず混乱しているうちに、先輩はすっと離れたかと思うと、今度は喜多乃のところへ行き、
「喜多乃ちゃんも、入ってくれてありがとう〜〜っ!」
「先輩!?」
さすがの喜多乃も驚いたようだ。この先輩、酔うと抱きつき魔になるのか。
「こら、薫。酔いすぎだぞ。少し外の風に当ててくるぞ」
関所先輩は、猫の首根っこをつかむように八標先輩の服の襟をつかみ、慣れた手つきで店の外へ連れて行った。連れて行かれる間も、先輩は「二人ともありがとうね〜〜!」と言っていた。
先輩、あまり飲んでいなかったはずだけれど、お酒弱いのかな?
「……びっくりした」
「うん」
僕が独り言を言うと、道草さんがそれに同意する。
「……でも、街道くん、ちょっと嬉しそうだったね」
無表情のまま、喜多乃がそんなボディーブローを放ってくる。
唐突な一撃に僕は慌てふためいた。いや、それは、ほら。童貞野郎ですから。女性に抱きつかれたら嬉しいに決まっている。そんなことを正直に言えればいいけれど。
「部長、魅力的だしね」
まあ、確かに顔はすごく整ってるし、ちょっと変なところはあるけれど、美人なのは否定しないが。
「……ちなみに街道くんは、私が抱きついても嬉しいの?」
「……へ?」
いきなり何を言い出すんだ、道草さん。まったく頭になかったセリフを弾丸のように脳天へ撃ち込まれ、僕の頭のCPUは壊れる寸前だ。
僕と同じで、お酒は飲んでいないはずだよね!? 居酒屋初体験の僕たちだったけれど、周りの賑やかな雰囲気やお酒の匂いに当てられたのだろうか。
そう言えば、今日は、道草さんがいつもより少し砕けたような言葉づかいになっているし。
「冗談」
そう言って、いたずらっ子のように笑う道草さんにドキッとしてしまう。それほど付き合いが長いわけじゃないけれど、いつも無表情に近い顔ばかり見ていたから、唐突にそんな顔をされてしまうとびっくりするじゃないか。
「道草さんも、そういう冗談言うんだね」
「……意外?」
「うん、ちょっと」
「本当は私、冗談とかも全然言うんだよ」
「高校の時にちょっと、色々あって。それから、なんというか、うまく言葉が出てこないというか、人とうまく話せなくて」
その言葉の端々に、何か訳ありな影が滲んでいるのを感じ取る。
「……そんな感じ、しないけど」
「そう?」
「うん」
「そう見えるなら、それは八標先輩のおかげかも。あの人みたいに自分の好きなことに夢中になって、周りの目とか気にしないで生きてみたいって思ったから」
わずかに微笑んだ彼女は、ふとまっすぐに僕の顔を見た。
「そういう意味でいうと、私にとっては街道くんも、羨ましいなと思ってるよ」
「え、俺?」
思わず自分の胸を指さすと、喜多乃はくすりと小さく笑った。
「気づいてた? 実は私と街道くん、同じ講義を二つくらい取ってるって」
……え? 同じ講義?
記憶をフル回転させてみるが、大人数の講義室で自分の席の周辺以外を気にしたことなど一度もなかったから、まったく気づかなかった。僕がぽかんとしていると、彼女は少し楽しそうな目を向ける。
「声掛けようか迷ったんだけど、街道くん、いつもゲームに夢中で……」
そういえば、講義が始まる前の時間っていつも手持ち無沙汰になってしまうから、僕はよくBluetoothのイヤホンを耳に繋いで、持ち出し用のゲーム機で時間を潰していたっけ。
「よっぽどゲーム好きなんだなって」
「僕を見て、どうして羨ましいなって思ったの?」
「だって、人の目なんて気にしていないじゃない」
「そんなことないよ」
苦笑いして否定すると、喜多乃は少し真剣なトーンで首を横に振った。
「人がどう思うかというより、私がどう感じるかっていう問題に近いんだけど……たとえあなたがどう思おうと、私にとっては、そう見えたということが重要なの」
「……」
「私は、これを絶対にやってみたい、というものがないから。その『やってみたい』を持っている人が、すごく羨ましいの。そんな人たちに囲まれていたら、私も何かに夢中になれる人になれるかなって。そう思ったから、このサークルに入ったんだ」
彼女の静かな真実味のある言葉を聞きながら、僕はゆっくりと首を振った。
道草さんに当てられたみたいに、僕もちょっと気恥ずかしいことを言ってしまいたい気分になっていた。
「……それを言うなら、僕も道草さんはすごいなって思うよ」
「え?」
「だって、悩みがあってもそのままにしないで、自分でなんとかしようと思って、一歩を踏み出してるじゃん。さっきも言ったけど、僕は人見知りだし、ゲーム好きで……このサークルだって、活動がそれほど多くないから選んだだけだしさ。大学だって、東京みたいな人の多い場所が苦手で、この大学を選んでる。そんな消極的なことばかりしている僕から見れば、道草さんみたいな人はすごいなって思う」
「でも、私は——」
と言いかけた彼女の言葉を遮るように、僕は少しニッと笑ってみせた。
「それこそ、道草さんがどう思おうと、僕がそう感じたっていうのが大事なんでしょう?」
「……!」
ハッとしたように目を見開く喜多乃。
数秒の沈黙の後、彼女は降参したように、本日一番の柔らかい微笑みを浮かべた。
「……そうだね。確かに」
「でしょ」
「街道くんみたいな人が、一緒にサークルに入ってくれて嬉しいな」
まっすぐでストレートな言葉は、女性に免疫のない僕には効きすぎる。胸がドキンと跳ねて、焦ってウーロン茶に手を伸ばした。これは僕が柄にもない、キザなことを言ってしまったことが原因の動悸だ。うん、そうに違いない。
そんな僕の動揺を察してか知らずか、喜多乃は少し身を乗り出すようにして言った。
「提案なんだけど……街道くんがやってるゲーム、私にも後でやらせてくれない?」
「え、ゲームを?」
「街道くんは人見知りを治す機会になるし、私はこの大学生活でいろんなことにチャレンジしてみたいと思っているから。……もしよければ、時間が空いている時は、サークル部屋で一緒にゲームしようよ」
まさか彼女の方からゲームのお誘いを受けるなんて。
少し考えてから、僕はアパートの棚に眠っていた“あのソフト”の存在を思い出していた。
「……じゃあ、『雉太郎電鉄』でもやろうか?」
日本全国をサイコロで巡りながら物件を買い集めていく、定番のパーティゲームだ。
僕はRPGゲームが好きだけど、せっかく一緒にゲームをやってくれる人がいるなら、一緒に盛り上がれるゲームの方がいいだろう。
「はい」
短く、けれど心から嬉しそうに頷く彼女の顔を見て、僕の胸の奥はなんだか温かいもので満たされていくのだった。
(……ぼっち回避どころか、大学に入って期せずしてゲーム仲間ができるなんてな)
アパートに引きこもって画面と向き合うだけだと思っていたキャンパスライフが、ほんの少しだけ、思いもよらない方向へ動き始めているのを感じていた。
そうしているうちに、関所先輩が席に戻ってくる。
「先輩、大丈夫でしたか?」
「ああ、いつものことだよ。あいつ、自分が酔いやすいことは分かってるから、普段はあまり飲んでないんだけど、今日はサークルに新入生が入ってくれたことが嬉しかったんだろうよ。もうちょっと夜風に当たったら戻ってくるよ」
そう言って、関所先輩は席に座り直し、マップル先輩が程なく戻ってくると、先輩が酔っていることもあって、飲み会は少し早めに切り上げることになった。
結局、もう一人参加予定だった三年生の先輩は、予定していた列車に乗り遅れてしまったらしく、会えずじまいだった。




