未知との遭遇と、不器用な感謝
「ジャジャーン! 到着〜! ここが今日の目的地だよ」
シートベルトを外して車から降りると、目の前には白い建物と、その少し小高い斜面の上にもうひとつ建物が立っていた。
「途中で看板が見えましたけど……ここって『UFOの里』っていうんですか?」
「そう! 実は私たちが今いるこの場所はね、何を隠そう全国のUFOファン垂涎の聖地なんだよ!」
胸を張ってドヤ顔を決める八標先輩。
「……いい場所って、ここのことだったんですね」
「そう、ツーリングマップルにも載ってる、私イチオシのスポットだよ! 福島の大学に入って近場で暮らしてるなら一度は見ておくべきだと思ってさ」
サークルの見学に来た新入生を「いい場所に案内してあげる」と言って連れてきた先が、まさかのUFOスポット。……なかなかに、いや相当に変わった先輩だ。
ふふん、と鼻息荒く説明する先輩を見て、僕は心の中で「これからマップル先輩と呼ぼう」と決めた。隙あらばツーリングマップルの話をする人なのだから、ぴったりの愛称だと思う。
「この駐車場から少し歩いたところにある『ふれあい館』は有料施設なんだけど……今日はせっかく旅行同好会を見に来てくれたお礼に、私が全員分払っちゃうね! じゃ、行こ♪」
そう言って、先輩はルンルンとした足取りで先を歩き出した。
受付を済ませて館内に一歩足を踏み入れた瞬間、そこは僕の知る「博物館」とは一線を画す、なんとも言えない妖しさとレトロな熱気に満ちた空間だった。
奥へ進み、『ミステリーゾーン』と書かれた部屋へと足を踏み入れる。
薄暗い部屋の中には、独特の存在感を放つ怪しげな宇宙人の模型が佇んでいた。UFOに関する膨大な資料や写真が集められた展示コーナーでは、マップル先輩が「ふむふむ」と深く頷きながらパネルを見つめている。離れて見ていても分かるほど、その眼差しは本気そのものだ。
それに対して意外だったのは、隣の道草さんも先輩と同じように壁に掲示された資料をじっと集中して読み込んでいたことだった。
僕自身はといえば、これまでの人生でUFOやオカルト関係にあまり触れてこなかったせいか、資料の説明文を追っていてもいまいち頭に入ってこない。だからと言って、一人だけ先に進んでしまうのも憚られたので、一度見たパネルをもう一度見直したりしながら適当に時間を潰していた。
「……道草さんって、UFO好きなの?」
「えっと、あんまり詳しくないけど……読んでみたら、意外と面白くて」
真面目な印象が強い同級生の意外な好奇心を見た気がした。
「街道くんは?」
「んー、あんまりこういう世界って知らないからさ」
僕個人としては、UFOや未確認飛行物体といったものを特別信じているわけではない。けれど、それを面白がって楽しんでいる人たちの趣味を否定する気も全くなかった。人の趣味にケチをつければ、いつか自分の趣味にケチをつけられて返ってくるのが世の常だ。
「うーん、楽しかった!」
展示をひと通り見終えると、マップル先輩が満足そうに息を吐き、僕たちを振り返った。
「もしよかったらさ、せっかくだしこの先にある展望台まで行ってみない? 千貫森の山頂のところに展望台があって、そこからの景色もすごくいいみたいだし!」
「行ってみたいです」
即答する道草さん。彼女はアドベンチャーゲームで言えば、すべての選択肢や裏ルートを試し、コンプリートしないと落ち着かないタイプなのだろう。僕は気になるメインルートだけを見て満足してしまうタイプで、ゲームのトロフィー集めにも真剣に取り組んだことはないので、展示物を見ているだけで十分満足なのだけれど。
ただ、二人がすっかり乗り気になっている中で、自分だけテンションを下げるようなことを言うのも気が引けてしまい、結局僕も一緒に山頂へ登ることにした。
高校の頃も帰宅部で、受験勉強以外はほとんどゲームをしていた僕の体力は、頂上に着く頃にはすっからかんだった。
それに反して、二人とも全く息を切らすこともなく、会話を続けながら歩いている。途中、歩くのが遅れている僕を二人が少し上で待っていることも多く、男子としてのプライドがちょっぴり傷ついた。
先輩は謎の行動力がありそうだし、体力があるのもなんとなく納得してしまうけれど、道草さんもそれに負けないくらい体力がありそうだし、高校の時、何かスポーツをやっていたのかな。
「お疲れ様! ここが『コンタクトデッキ』だよ! 吾妻連峰や安達太良連峰、東には阿武隈山系、北には蔵王連峰……そして眼下には福島盆地が一望できるんだから!」
先輩が走ってデッキまで行き、僕たち二人を手招きしてそう伝える。
息も絶え絶えになりながら、気力を振り絞って階段を上がる。
苦労して登ってきた甲斐はあった。からりと晴れ渡った青空の下に広がる大パノラマは、息をのむほどの開放感に満ちていた。
先ほどまでは、いつこの辛さが消えるのかというその思いだけが頭の中をぐるぐるとしていたけれど、その風景を見た瞬間、多少は報われた気持ちになった。
道草さんはデッキの手すりに寄りかかり、遠くに広がる山々や自然の眺めにじっと心を馳せるような表情を浮かべている。
「なかなかいいでしょ、ここからの眺め」
マップル先輩が道草さんの隣に並び、まるで褒められた子供みたいに誇らしげな笑顔を浮かべる。
「はい。びっくりしました。私の家って、母が虫とか野外が苦手で、こういう場所に連れてきてもらったことがほとんどなかったので。……すごく気持ちいいですね」
「でしょ〜!」
満足そうに頷いた先輩は、いきなりパッと両手を天に向かって大きく突き上げた。
「——ベントラー、ベントラー、スペースピープル! ここは飯野町!」
「「……!?」」
あまりの唐突さに、僕も道草さんも完全にあっけにとられた。
「ほら、ここって『コンタクトデッキ』って名前がついているでしょ? これは宇宙人とコンタクト(通信)を取る場所ってことで名付けられてて、さっきのが宇宙人を呼ぶための合言葉なの! さあ、二人もやってみよー! ベントラー、ベントラー、スペースピープル! ここはいいのまち!」
咄嗟に僕は周囲を見て、他に人がいないかを確認してしまう。幸いなことに僕たち以外には誰も周辺にいないようだ。
この人は一体何をし始めたんだ。
色々と変わった先輩だとは思っていたけれど、評価をさらに変えないといけないかもしれない。ものすごく変わった先輩、いや言い方を率直にすれば変人だ。
なまじ、溌剌とした美人な先輩がそんなことをやるものだから、その容姿とのギャップがものすごい。
僕が唖然としている間にも先輩は同じ言葉をずっと繰り返している。
なんだろう、ノリの良い陽キャのやつだったら、こういうのもノリノリで楽しめるのだろうけれど、あいにくと僕は筋金入りの陰キャ寄りだ。こんな山頂で空に向かって呪文を叫ぶなんて、ハードルが高すぎる。
けれど先輩はどこ吹く風で、一切の恥ずかしげもなく大声で繰り返している。
道草さんの方を向くと、彼女も困り顔を浮かべ、そんな先輩の姿を見つめていた。
体感で三十秒ほど経っただろうか。先輩はなおも同じ言葉を唱え続け、僕たち二人は金縛りにあったようにその場に立ち尽くしていた。
(……あれ? これ、もしかして僕たちがやらない限り、先輩ずっと唱え続ける気か……!?)
戦々恐々とした心地で先輩を見つめていると、先輩はパッと閉じていた目を開け、こちらを振り返った。
「おーい、二人ともちょっとでいいからやってみよ〜!」
「あ……はい。べ、ベントラー……ベントラー……」
隣で、道草さんがか細い蚊の鳴くような声で呟いた。白い頬をほんのりと朱に染めながら、一生懸命に手をかざしている。
「道草さん、いいね〜! ほら、街道くんも!」
……ええい、もうヤケクソだ!
「ッ……ベントラー! ベントラー! スペースピープル! ここはいいのまち!!」
高校を卒業して、誰もいない山頂の風に吹かれながら、僕は一体何をやっているんだろう……! 今この瞬間に誰かが山道を登ってきたらどうしよう。そんな羞恥心に怯えながら、僕は叫んでいた。
そうして三分ほど、三人で全力で宇宙人を呼んでみたのだが——残念ながら今日、UFOが現れることはなかった。
*
ガクガクとする足を誤魔化しつつ歩いて麓の駐車場へと戻ってくると、どこからか電子音が響いていることに気づいた。
「あ、ごめん、私のスマホだ」
先輩がポケットからスマホを取り出し、画面に表示された発信元を確認する。
「あ……ちょっとごめんね」
先輩は少し困ったような苦笑いを浮かべると、僕たちに小さく手を振って、少し離れた場所へと歩いていった。
「あ、うん……ごめん。……うん、分かってるってば……」
電話を終えた先輩は、さっきまでのテンションが嘘のように、まるで悪事を叱られた子供みたいに肩を落としていた。僕と道草さんは顔を見合わせ、恐る恐る先輩に近づいた。
「八標先輩……誰からの電話だったんですか?」
「あ……うん。このサークルに所属している同級生の関所から……。さっきメッセージで『見学者をUFOの里に案内してくる!』って送ったのを見て、電話してきたみたいでさ。『いきなりそんなマニアックなところに連れて行くな』って怒られちゃった……」
頭を掻きながら苦笑いする先輩。どうやら電話の相手との間には、明確な力関係(手綱を握る側と握られる側)が存在するらしい。
先輩の言うことはもっともだと、僕は心の中で頷いていた。
旅行同好会の中にもきちんと常識人の先輩はいるらしい。とは思いつつも、
「ごめんね、二人とも。見学の二人が来てくれて、なんだか嬉しくなっちゃって……。つい、私のおすすめの場所に連れて行きたくなっちゃったんだ。自分たちの周りにもさ、案外、自分の思いもよらない面白さや変わった世界があるんだって知って欲しくて……」
そう言って小さく落ち込む先輩を前に、僕は言葉に詰まった。先輩に悪気はなく、僕と道草さんを楽しませようと思って行動してくれたことが、なんとなく伝わっていたからだ。
——それまで静かに話を聞いていた道草さんが、すっと前に踏み出した。
「……私、楽しかったです」
「えっ?」
頭を上げた八標先輩に向かって、道草さんはまっすぐな目で言葉を繋いだ。
「私、UFOのことは全然分かりませんでしたけど……でも、世の中にはこんな世界もあるんだなって思えて、すごく楽しかったです。連れて来てくださって、ありがとうございました」
そう言って、道草さんは姿勢よく深くお辞儀をした。うん、道草さん。それは知らなくてもいい世界なのでは?
律儀というか、真面目というか、今日一日でなんとなく彼女の性格が見えたような気がした。八標先輩は一瞬あっけに取られたような顔をし、それから救われたような、心からの笑顔を浮かべた。
「そう言ってもらえると……すごく嬉しいな!」
隣でやり取りを見ていた僕は、道草さんのように素直な感想を持つことはできなかった。心を激しく揺さぶられたかと言われれば、正直、そこまでではない。
けれど、先輩なりに僕たちを楽しませようとして、純粋な善意で連れて来てくれたことは伝わった。
「……僕も、正直分からないことばっかりでしたけど。でも、悪くはなかったです」
だから「楽しかった」と嘘をつくことはしなかったけれど、自分なりの言葉で素直な気持ちを伝えた。
「ふふ、二人ともありがと! よーし、じゃあ大学に戻ろっか!」
パッと表情を明るくした先輩は、再び元気に黄色いハスラーの運転席へと乗り込んでいくのだった——。




