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王立巨人対策局 特設第五部隊(G5設立)

 王都は、まだ昨日の姿を取り戻していなかった。

 崩れた家。

 瓦礫の山。

 道を塞ぐ巨大な亀裂。

 そこら中に簡易の天幕が張られ、負傷者たちが横たわっている。


 昨日、空から降ってきた巨人。

 たった一人。

 たった一度の落下。

 それだけで、小人の国はこれほどの傷を負った。


「死者、三十一名」


 王立巨人対策局の会議室。

 淡々と読み上げられる報告に、誰も口を挟まなかった。

「重傷者、九十七名。軽傷者を含めれば、負傷者は六百名を超えています」

 トーマは黙って俯いていた。


 頭に浮かぶのは、病室で眠る妻の姿。

 命に別状はない。

 そう聞かされている。

 それでも、あの巨人が落ちてこなければ、妻が傷つくことはなかった。

 拳に力が入る。


「現在、巨人は王都北部の隔離区域にあります」


 報告が続く。


「現在のところ、目立った活動はありません。暴れて疲れ果てたのか、眠っています」


「眠っているだと?」


 誰かが訊いた。


「……赤ん坊だからな」


 別の誰かが答えた。

 その言葉に、トーマは顔を上げた。


「今後の対応についてだが」


 局長が口を開いた。


「巨人の国外移送を検討する」


 室内がざわめく。


「移送先は、南方の無人島」


「島流し、ということですか?」


「言葉は悪いが、そうなる」


 局長は苦い顔をした。


「だが、現状ではそれが最も安全だ」


 反論する者はいなかった。

 あの赤ん坊が悪意を持っているとは思えない。

 しかし、悪意がないことと、危険ではないことは別だ。

 泣けば地面が揺れる。

 手を振れば建物が壊れる。

 もし成長したら?

 もし暴れたら?

 もし、昨日以上の力を見せたら?

 誰にも分からない。


「……仕方ないだろ」


 誰かが呟いた。


「また死人が出たらどうする?」


「そうだ」


「昨日だって、何もできなかった」


「次はもっと大勢死ぬかもしれない」


 トーマは拳を握った。

 その言葉を聞いていると、胸の奥がざわつく。

 何も言い返せない。

 自分だって怖いのだ。


「待ってください」


 誰かが声をあげた。

 全員の視線が集まる。

 声の主はトーマだった。


「……今回の被害について、一つだけ」


 トーマは立ち上がった。


「俺たちにも責任があるんじゃないでしょうか」


「責任?」


「はい」


 トーマは続けた。


「俺たちは巨人対策局です」


「百二十年前、ガリバーがこの国に来た」


 壁に掛けられた古い肖像画を見る。


「それ以来、巨人が再び現れる可能性を考えてきたはずです」


「それなのに」


 トーマは言った。


「昨日、俺たちは何ができましたか?」


 誰も答えない。


「飛んできた瓦礫を止めることもできなかった」

「巨人の近くで安全に救助するための装備もなかった」

「巨人の動きを止める方法もなかった」


 トーマの声が震える。


「ただ逃げて、救助して、それだけです」


 拳を握る。


「もし、次があったら?」


 静寂。


「また同じことになるんじゃないですか?」


 そのときだった。


「……トーマの言う通りだ」


 低い声が響いた。

 エドガーだった。

 王立巨人対策局では異端の存在。

 ノンキャリでありながら実力で出世を掴んだ男。

 通称 "叩き上げのエドガー"

 彼は立ち上がり、机の上の報告書を見つめる。


「今回の件、巨人が悪い」


 そう言ってから、少し間を置く。


「それは間違いない」


 誰もが頷いた。


「だが、巨人が現れることを想定していた我々が、何もできず犠牲を抑えられなかったことも事実だ」


 エドガーは続ける。


「必要なのは、巨人を追い払うことだけではない」

「飛来する瓦礫を破壊する武器」

「巨人の足元で救助を行える防具」

「巨人の動きを誘導する装備」

「そして――」


 一拍。


「巨人が暴走した場合、それを止めるための武力」


 会議室に緊張が走った。


「そこまで必要か?」


「必要です」


 エドガーは即答した。


「ガリバーは。」


 壁の肖像画を見る。


「昨日の赤ん坊より、遥かに巨大だったと思われる」


 誰も口を開けなかった。


「……あの子が、ガリバーほどになると?」


「分かりません」


 エドガーは答えた。


「だから備えるんです」


 その言葉に、トーマは顔を上げた。



 その日の夕方。

 トーマは病院へ向かった。

 妻はベッドの上で窓の外を眺めていた。


「来たのね」


「ああ」


「会議は?」


「……あの子を、国外へ送る話が出てる」


 妻は少し黙った。


「そう」


「仕方ないと思う」


 トーマはベッドの横に座った。


「俺たちには、あの子を守る力がない」


「……」


「昨日だって、お前が怪我をした」


 拳を握る。


「それに・・・」


「俺は、あいつを許せない」


 妻は黙ってトーマを見る。

 そして、彼の握り締めた拳にそっと手を重ねた。


「私は大丈夫」


「でも――」


「本当に大丈夫」


 握り締めた拳の、指をゆっくりほどいていく。

 妻は微笑んだ。


「それより、あの子は大丈夫なの?」


「……え?」


「見知らぬ場所に、たった一人なんでしょう?」


 トーマは答えられなかった。


「怖いと思うわ」


「……」


「突然、空から落ちてきて」


 妻は窓の外を見る。


「何も知らない場所で、知らない人たちに囲まれて」


「誰かが、手を差し伸べてあげないと」


「でも、あいつは……」


 トーマは言った。


「国を滅ぼす脅威だ」


 妻は静かに聞いていた。


「それは分からないわ」


「……」


「あの子が大人になったとき、何をするのかなんて、誰にも分からないもの」


 妻はトーマを見る。


「将来あの子がどうなるか。それを決めるのはきっと、この国の人たちが、あの子をどう扱うかにかかってると思うの」


「・・・」


「あの子は、この国を滅ぼす悪魔なんかじゃない」


「今は、ただの赤ちゃんよ」


 トーマは窓の外を見る。

 遠くに、巨大な身体が横たわっている。

 小さな手を握りしめ、眠っている。


「この国が彼を立派な大人に育てれば」


 妻が言った。


「彼は、この国を守ってくれるヒーローになるかもしれないわよ」


 トーマはしばらく黙っていた。

 やがて、ゆっくりと拳を開いた。


「……そうか」


「確かに、そうかもしれない」


 そして、ふと気づく。


 守る。

 育てる。

 それだけでは足りない。

 もし本当に、この子をこの国で育てるなら。

 この国自身が変わらなければならない。



 翌日。

 王立巨人対策局。

 再び会議が開かれた。


「巨人の国外移送案を撤回する」


 局長が告げた。


 「なんだって!?」


 室内がざわめく。


「代わりに、巨人の保護・育成を行う」


「……本気ですか?」


「ああ」


()からの命令だ」


 局長は続ける。


「ただし、条件がある」


 机の上に、一枚の書類が置かれた。


「巨人の成長を記録し、生活を管理する」


「同時に、巨人による災害への対策を進める」


「巨人が暴走した場合に備えた装備も開発する」


「つまり……」


「育てながら、備える」


 誰かが呟いた。


「そうだ」


 局長は頷いた。


「この子を守るために」


「そして、この国を守るために」



 だが、問題は一つ残っている。


「局長・・・」


「隊員の命を、国民の命をなんだと思っているんだ」


「・・・」


「遊びじゃないんですよ・・・?」


「すでに死人だって出ているんですよ」


「私の妻だって・・・」


「黙れ、エルサイズ。」


隊員の名前はエルサイズ。

最愛の妻を亡くした男。

出世を約束されたキャリア組。

エリート中のエリート。

普段は無口な男。


「黙ってられるかよ!!」


拳を握る。


「エルサイズ、()の命令だ。聞こえなかったか?」


「ふざけるなっ!!!」


立ち上がろうとするエルサイズを他の隊員たちが止めに入る。


「組織にいる以上、上からの命令は絶対だ。」


局長は淡々と言う。


「去れ、エルサイズ。お前はここにいていい人間ではない」


「この、悪魔め・・・」


エルサイズは局長を睨みながら、会議室をあとにする。

 室内が静まり返る。


 巨人の世話。

 医療。

 研究。

 災害対策。

 護衛。

 暴走時の対応。


 無理だ、危険過ぎる。

 隊員の誰もがそう思った。

 局長は、一人の男を見る。


「エドガー」


「はい」


「君にこの任務を任せたい」


 エドガーが目を見開く。


「……承知しました」


 局長は一枚の書類を取り出した。


 そこには、新しい部隊の名前が記されていた。



 ――王立巨人対策局特設第五部隊

Giant Countermeasure Unit 5 略称G5(ジーファイヴ)



「巨人の保護」

「育成」

「研究」

「災害対策」

「そして、万一の際の鎮圧」


 局長は言った。


「すべてを、この部隊に任せる」


 エドガーは辞令を受け取った。

 そこに書かれている、自分の名前を見る。

 そして静かに敬礼した。


「特設第五部隊隊長、エドガー」


「拝命します」


 こうして。

 小人の国に、初めての「巨人を育てる部隊」が誕生した。

 その日から。

 小人の国の歴史は、大きく動き始めることになる。

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