↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/4

悪夢の再来

 カンカンカンカンッ!

 鐘の音。

 カンカンカンカンカンッ!!!

 王都中に響き渡る、けたたましい鐘の音。

 走る制服姿の男たち。

 その先頭を走る黒髪短髪の男、トーマ。

 額には汗。


「……なんだ?!一体何が起こってる!?」

 

 城の外。

 昼下がりだった空が暗い。

 雲ではない。

 空を覆っている大きな何か。


「な・・・」


 隣の机にいた先輩が言葉を失う。


「バカな・・・」


 遠くの空。

 そこに、人影があった。

 いや。

 人影なんて生易しいものではない。

 空から、何かが落ちてきている。


 巨大な腕。

 巨大な足。

 小人の国のどんな建物よりも大きな身体。

 その輪郭が、雲の向こうから姿を現していく。


「……嘘だろ」


 誰かが呟いた。

 部屋の中から、次々と声が上がる。


「巨人だ……」

「うそだ……」

「そんな馬鹿な」


 トーマの喉が鳴った。

 あれほど巨大な存在を、トーマは一度も見たことがない。

 だが、知っている。

 あれが何なのか。

 幼い頃から、何度も教えられてきた。

 国民学校の歴史の授業。

 王立図書館の記録。

 街のあちこちに残る古い傷跡。

 小人の国の歴史に刻まれた最大の災厄。


 ――ガリバー。


「ガリバーが……帰ってきた」


 トーマの背筋を冷たいものが走った。

 その瞬間だった。

 地面が揺れた。

 轟音。

 王都の建物が一斉に揺れる。

 窓ガラスが震え、机の上の書類が床へ落ちた。


「巨人襲来!」


 街のどこかで誰かが叫んだ。


「巨人襲来だぁぁぁ!」


 その声を合図にしたように、街中が騒然となった。

 人々が走る。

 子供を抱き上げる母親。

 荷車を放り出して逃げる商人。

 兵士たちは城壁へ駆けていく。

 警報の鐘が、さらに激しく鳴り響く。

 トーマも走った。


 逃げるためではない。

 仕事だからだ。

 彼は王立巨人対策局の職員だった。

 巨人が現れたときに、どこへ避難するのか。

 どの門を閉じるのか。

 どの区域を封鎖するのか。

 それを決めるのが彼らの仕事だ。


 もっとも――


 巨人対策局が実際に巨人と遭遇したことは、一度もない。

 なぜなら。

 ガリバーがこの国を訪れて以来、二度と巨人は現れなかったからだ。

 だからトーマは思っていた。

 こんな仕事、一生役に立つことはない、と。


「西門を閉じろ!」

「住民を地下避難所へ!」

「兵士は城壁に!」


 怒号が飛び交う。

 トーマも避難誘導に加わろうとした。

 そのとき。

 また地面が揺れた。

 さっきよりも大きい。


 次の瞬間、

 突風。

 王都の外。

 巨大な何かが、地面に落ちたのだ。

 トーマは息を呑んだ。

 やがて土煙が晴れていく。

 城壁の向こうに、巨大な身体が横たわっていた。


 腕だけで、家よりも大きい。

 足は城壁を越えている。

 顔は遠すぎて、表情すら見えない。


「……ガリバー」


 誰かが呟いた。

 兵士たちが武器を構える。

 弓を引く。

 大砲を準備する。


 トーマも息を殺した。

 巨人が起き上がれば、この国は終わる。

 ガリバーの記録には、そう書かれている。

 巨人は悪意がなくても恐ろしい。


 歩くだけで家が壊れる。

 食べるだけで食料がなくなる。

 手を伸ばすだけで人が吹き飛ぶ。

 だから、小人たちは巨人を恐れる。


 恐れ続けてきた。


 そして――


 巨大な身体が、ゆっくりと動いた。


「来るぞ!」


 兵士が叫ぶ。

 トーマは目を閉じた。

 次の瞬間。


「……ふぇ」


 静かな声がした。

 トーマは目を開けた。


「……え?」


 もう一度。


「ふぇ……」


 巨大な身体が、もぞもぞと動く。

 そして、その顔が少しだけ持ち上がった。

 目が開く。

 丸い目。

 鼻。

 口。

 そして――


 大きな涙。


「…………」


 兵士たちが固まった。

 トーマも固まった。

 巨大な生き物が、こちらを見ている。

 その目に敵意はない。

 ただ、不安そうに辺りを見回している。


「ふぇぇ……」


 巨大な口が開いた。

 次の瞬間。


「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!」


 轟音が王都を襲った。


「うわあああああ!」


 窓が震える。

 屋根が揺れる。

 鳥が一斉に飛び立つ。

 城壁の上にいた兵士たちが耳を塞ぐ。

 トーマも必死に耳を押さえた。


「なんだこの声……!」


「攻撃か!?」


「違う!」


 誰かが叫んだ。


「泣いてるんだ!」


「は?」


 トーマは巨人を見た。

 巨人は泣いている。

 涙を流しながら、両手をばたばたさせている。

 まるで何かを探しているようだった。

 トーマは、呆然と呟いた。


「……赤ちゃん?」


 その言葉が、妙に静かに響いた。

 誰も答えない。

 答えられない。

 だが、誰かが言った。


「……赤ちゃんだ」


 そしてもう一人。


「巨人の……赤ちゃん?」


 トーマは空を見上げた。

 落ちてきた場所。

 巨大な身体。

 泣き声。

 そして、小さな指。

 いや。

 小人から見れば、巨大すぎる指。

 その指が地面を掴み、何かを探している。


「母親を探してるのか……?」


 トーマが呟いた。

 誰も答えなかった。

 ただ、兵士たちが少しずつ武器を下ろしていく。

 目の前にいるのは、ガリバーではない。

 国を滅ぼそうとしている怪物でもない。


 ただの――


 迷子の赤ん坊だった。


 問題は。

 その赤ん坊が、家より大きいことだった。

 トーマは頭を抱えた。


「……どうすんだよ、これ」


 赤ん坊は泣き続けている。

 そして、その泣き声を聞きながら。

 王立巨人対策局の人間たちは、誰一人として答えを持っていなかった。


 その日。


 小人の国の歴史に、新たな一行が刻まれた。


 ――ガリバーが去ってから、百二十年。


 空から、二人目の巨人が降ってきた。


 ただし。


 その巨人は、生後間もない赤ちゃんだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。