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世界最強の神獣たちを育てた飼育員、百年後に目覚めたら全員俺の家に住み着いた ~竜王も神狼も俺の前では昔のままです~  作者: てへろっぱ


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第1話 百年寝ていたら、うちの仔が神様になっていた



 目を覚まして最初に思ったのは、


「……腹減ったな」


 だった。


 次に思ったのは、


「ここ、どこだ?」


 である。


 俺――レオン・ハルトが最後に覚えているのは、《王立神獣育成所》の地下だった。


 警報が鳴り響き、施設中が火の海になっていた。


 まだ幼かった神獣の仔たちを避難区画へ押し込み、最後に緊急保存結界を起動した。


 そこまでは覚えている。


 だが、今。


 俺の周囲にあるのは、ひび割れた石壁。


 天井から伸びた木の根。


 床には苔。


「……随分荒れたな」


 保存結界の透明な膜を手で押す。


 ぱきん。


 ガラスみたいな音を立てて、あっさり割れた。


「こんなんだったっけ?」


 まあいい。


 とりあえず皆を探そう。


「ルビィー?」


 返事なし。


「シロー?」


 返事なし。


「フェニアー? リヴィー? ライカー? ミコー?」


 ……誰もいない。


「おーい。ご飯だぞー」


 しーん。


「…………」


 おかしい。


 いつもならルビィあたりが壁をぶち破って飛んでくる。


 シロは音もなく俺の背後に立つ。


 フェニアは寝たふりをして、リヴィは水槽から顔だけ出す。


 ライカは「我は腹など減っていない」と格好つけながら一番食べる。


 ミコは勝手に他の仔の分まで確保している。


「まさか……全員逃げたか?」


 ちょっと寂しい。


 いや。


 逃げてくれたのなら、それでいい。


 あの襲撃の中、生き延びてくれたということだから。


「さて」


 まず外へ出よう。


 俺は崩れた廊下を歩き始めた。


 歩く。


 歩く。


 また歩く。


「……こんなに広かったか?」


 途中から明らかに様子がおかしい。


 育成所だった頃には存在しなかった石柱が立ち並び、ロープが張られ、何やら説明板まで設置されている。


 その説明板にはこう書かれていた。


 ――《六大神獣生誕の聖地》。


「…………は?」


 その下。


 ――今より百年前、この地に存在したとされる伝説の《王立神獣育成所》。


 ――六大神獣は、この聖地より世界へ旅立ったと伝えられている。


「百年前?」


 俺はもう一度読んだ。


 百年前。


 さらに読む。


 百年前。


「…………」


 頬をつねった。


「痛い」


 夢じゃない。


 俺は説明板の前でしばらく固まった。


 いやいや。


 待て。


 保存結界だぞ?


 確かに長期保存用とは聞いていた。


 せいぜい数日か、長くても数ヶ月だと思っていた。


 百年?


「給料どうなってんだよ」


 真っ先にそれが出てきた。


 百年分の未払い給与があるなら結構な額になる。


 ……勤め先そのものがなくなってそうだけど。


 さらに先へ進むと、外から声が聞こえてきた。


「皆様、こちらをご覧ください!」


 人だ。


 助かった。


 俺は崩れた壁の隙間から外へ出た。


 眩しい。


 久しぶりの太陽だ。


 そして――。


「……多いな」


 目の前に、三十人くらいの人間がいた。


 皆、俺を見ている。


 俺も皆を見る。


 沈黙。


 先頭にいた制服姿の若い女性が、おそるおそる口を開いた。


「あの……どちらから入られました?」


「地下」


「地下?」


「ああ」


 女性の顔が引きつった。


「この遺跡の地下区画は立入禁止ですが」


「そうなの?」


「そうなの? ではなく!」


 怒られた。


 俺の職場なのに。


「いや、俺ここで働いてたんだけど」


「…………」


「飼育員」


「…………」


 女性がかわいそうなものを見る目になった。


 後ろにいた観光客らしき爺さんが、孫へ小声で言った。


「見るんじゃありません」


 何でだよ。


「お兄ちゃん、神獣さんのお世話してたの?」


 子供が聞いてきた。


「してたぞ」


「すごい!」


「おお。分かってくれるか」


「何歳?」


「二十八」


 周囲が静かになった。


 女性職員が額を押さえる。


「あのですね。六大神獣がこの地を旅立ったのは百年前です」


「さっき知った」


「では何故二十八歳なんですか」


「俺が知りたい」


 女性職員が深く息を吐いた。


 完全に不審者扱いされている。


 まあ逆の立場なら俺でもそうする。


 そんなことより。


「なあ」


「はい?」


「あいつらどうなった?」


「あいつら?」


「ルビィたち」


 空気が止まった。


 さっきとは違う。


 女性職員の顔から表情が消えた。


「……今、何と?」


「ルビィ。赤い竜。昔から甘い果物ばっか食いたがる奴」


「…………」


「あとシロ。銀色の狼。無愛想だけど腹撫でるとすぐ機嫌良くなる」


「…………」


「フェニアは風呂嫌いで――」


「やめてください!」


 突然怒鳴られた。


「え?」


「六大神獣様をそのように呼ぶのはおやめください!」


「様?」


 俺は首を傾げた。


 女性職員は震える手で、広場の向こうを指差した。


 そこには巨大な石像が六体並んでいる。


 赤竜。


 銀狼。


 黄金の鳥。


 巨大な海蛇。


 雷を纏う獅子。


 九本の尾を持つ狐。


「六大神獣様は、この世界を百年間守護されてきた至高の存在です!」


「…………」


 俺は赤竜の石像を見上げた。


 やたら威厳がある。


 翼を広げ、天を睨みつけ、口元から炎が漏れている。


 台座には、


《炎竜皇ルビリア》


 と刻まれていた。


「……ルビィじゃん」


「だから呼び捨てにしないでください!」


「いや間違いないって」


 この角。


 尻尾。


 右の翼のちょっと欠けた鱗。


「こいつ、小さい頃寝小便してたぞ」


 ざわっ。


 広場中が凍った。


「あと寂しくなると俺の枕を勝手に持っていって――」


「衛兵を!」


「何で!?」


「神への冒涜です!」


「事実なのに!?」


 面倒なことになった。


 数人の衛兵が走ってくる。


 これは逃げた方がいいかもしれない。


 俺がそう思った――その時だった。


 ごおおおおおおおおおおおおおっ!!


「うわっ!?」


 突然、昼間だった空が赤く染まった。


 雲が渦巻く。


 大気が震える。


 広場にいた人々が一斉に空を見上げ――青ざめた。


「ま、まさか……!」


「炎竜皇様……!」


「炎竜皇様が降臨なされるぞ!」


 遠くから巨大な影が飛んでくる。


 速い。


 しかもでかい。


「全員伏せろ!」


「頭を上げるな!」


「無礼があればこの都市ごと焼かれるぞ!」


 観光客も職員も衛兵も、一斉に地面へ膝をついた。


 俺だけ立っている。


 巨大な赤竜が翼を広げた。


 太陽が完全に隠れる。


 全長数十メートルどころじゃない。


「……でっかくなったなあ」


「馬鹿! 伏せろ!」


 隣の衛兵が俺の服を引っ張る。


「何で?」


「死にたいのか!?」


 赤竜が地上へ降りた。


 どおおおんっ!


 地面が揺れる。


 風圧で俺の髪がぐちゃぐちゃになった。


「うわっ、ちょっ!」


 赤竜は周囲など見ていなかった。


 真っ直ぐ――俺を見る。


「…………」


 俺も見る。


 大きくなった。


 本当に大きくなった。


 でも。


 目は同じだ。


「……ルビィ?」


 赤竜の目が大きく開いた。


「き、貴様ァ!」


 衛兵が悲鳴を上げる。


「炎竜皇様を再び呼び捨てに――!」


 その瞬間。


 巨大な赤竜の身体が光に包まれた。


 見る見る小さくなり――。


 そこに現れたのは、腰まで届く真紅の髪を持つ一人の美女だった。


 美人になったな。


 俺がそんなことを考えていると。


 彼女の真紅の瞳から、大粒の涙がぼろぼろ零れ始めた。


「……え?」


 次の瞬間。


「レオンっ!!」


「ぐほっ!?」


 全力で抱きつかれた。


「レオン! レオン! レオンっ!!」


「待て待て待て! 苦しい! お前力加減!」


「本物!? 本当にレオン!?」


「本物だって! あと熱い! 火! 火ぃ消せ!」


「あっ、ご、ごめんなさい!」


 周囲。


 静寂。


 国の衛兵も。


 観光客も。


 遺跡の職員も。


 全員、口を開けて俺たちを見ている。


 俺は泣きながらしがみついてくる昔の仔を見て、頭を掻いた。


「……とりあえず」


「うん!」


「腹減った」


 ルビィの顔が輝いた。


「ご飯作る!」


「お前が?」


「作れるようになった!」


「本当に?」


「…………たぶん!」


「百年経ってもそこは変わってねえな」


 その日。


 世界中が崇める炎竜皇が――。


 百年ぶりに現れた正体不明の男を抱えて、そのままどこかへ飛び去った。


 そして翌朝。


 王国上層部には、さらに理解不能な報告が届くことになる。


 ――六大神獣のうち、残る五柱も一斉に動き始めた、と。


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