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第1話 - 魔道治安部


「よし!そいじゃ今日もお仕事がんばりますかー!」


 朝食の美味しさに名残惜しさを感じつつ、今日も私たちが暮らす街・スフラルでの仕事が始まる。綺麗な石畳で舗装された街の噴水広場では、謎の形をした石のモニュメントから吹き出す噴水が、朝日に照らされて輝いていた。

 広場の脇には既に、数人の同僚によって列が形成されている。その先頭には私たちのリーダーがいて、点呼を行っている。

 ここで仕事の開始許可を貰って、実際に街中へと繰り出すのが、私たちの仕事の決まり。きゅ、と胸元についたブラウンのリボンを閉め直した。


 列に並んでわずか数十秒、私たちの順番が来る。

 魔法で浮かせた出勤簿を見ながら、柔和だけど真面目な空気を漂わせるリーダーに向かって、私とシナリスは小さく敬礼する。


「はい!魔道治安部第三隊、シナリスです!」

「同じく第三隊、ミリルです」

「……第三隊のシナリス、ミリルだな。確認した。今日は西地区のパトロールの予定となっているが、伝達事項はあるか?」

「ありません!」

「君たちもそろそろ1年か。仕事にも慣れてきていると思うが、普段通り気をつけるように。……そうだ、こちらから一点」

「なんでしょう、リーダー」

「今日は西地区に保護隊がいるから、もし見かけたら挨拶しておきなさい」


 はい!と返事をするシナリスの横で、私は静かに頷いた。おとなしい性格だから、という振る舞いのおかげで言葉に出さなくても許されるのは、少しだけ便利だった。

 踵を返したシナリスに続いて、私は彼女の少し後ろをついていく。私たちの後ろに並んでいた人の点呼が始まっている。

 名前までは聞こえなかったけれど、その所属は耳に入ってきた。保護隊です、と。

 どうやら新人さんだったようで、他の人にも増して元気な宣言が後ろから聞こえた。


「本日も、魔法が使えない方の安全な保護に努めます!」


 安全な保護。その言葉は決して間違ってはいない。

 ……でも、私はその響きが好きじゃない。

 「西は遠くて疲れるよね~」と小声で話してくるシナリスに対して、そうね、とだけ答えた。






 

 パトロールといっても、この街は平和だ。私たちのような若手2人組にも、単独で仕事を任せてもらえる程度には。

 なので実質、住民や旅人が困っているときにお助けする仕事がほとんど。私もシナリスも右腕に付けている「魔道治安部」の腕章は、この街に住んでいれば当たり前の光景。困った時はとりあえずあの腕章を付けている人に頼れば良い、なんて風潮にもなっているらしい。……便利屋になったつもりはないけど、実質そんな感じ。


「すみません、このお店ってどこにあるか分かりますか?」


 西地区。賑わっている商店通りの付近で、旅人と思しき青年に声をかけられた。お店の名前が書かれた紙が魔法で浮かんでいた。横から覗き込んでみたけど、あいにく見覚えがない店名。新しいお店かしら。


「……ごめんシナリス、このお店分かる?」

「あ、出来たばっかりの!あたしがご案内しますね!」


 こちらです、と言うシナリスに旅人はお礼を告げて、ついていく。結果的に隣にいたシナリスに丸投げしてしまった。彼女はいつも、持ち前の笑顔とコミュニケーション力で、迷い人を軽快に案内していた。

 すごいなあ、と心から尊敬する。私も別に地図が苦手とかじゃないけど、突然お店の名前を言われて即答できるのがすごい。普段から出かけていて、色々なお店を見ているからかな。……私も休日に本ばかり読んでいないで、街に繰り出したほうがいいのかも。少しだけ反省しながら、シナリスと旅人に少し後ろからついていく私。案内が終わったら、シナリスにちゃんとお礼をしよう。


 そして道案内だけではなくて、街なかの巡回も私たちの仕事の一つ。せめて私は私でちゃんと仕事をしないと、と歩きながら街を見渡す。

 露天商たちの活気あふれる客寄せに、住民の井戸端会議、そして子どもたちが道端で遊ぶ楽しそうな声。さまざまな音がこの街を作っていて、この街に生きている人々を表している。

 その中には、指先を動かして魔法を使っている人たち。

 どれも大それたものではない。たとえば店先のライトに明かりを灯したり、今朝見たように荷物を浮かべて運んだり。魔物を召喚するだとか雷を落とすだとか、物騒なものはひとつもないし、逆に人物を瞬間移動させたり物体を生成したりといった、便利すぎるものも一切ない。魔法はあくまで、日常生活を少しだけ便利にしてくれる存在。

 それがこの世界のあたりまえ。私が見ている、いつもの光景。なんの異常もない、平和な一日だ。


「つきましたよ、こちらです!」


 彼女の案内は的確で、あっという間に到着。旅人はありがとうございますと頭を下げ、店内に入って魔法でドアを閉めた。

 シナリスは相変わらずの笑顔で、小さく手を振っている。子ども相手じゃないんだから、と私は思ってしまうけど、遊園地みたいで大人でも嬉しいのかな。彼女に後ろから声をかける。


「ありがと、いつも」

「いやいや。あたしもたまたま知ってるお店でよかったよ」

「私もちゃんと、お店の情報仕入れないといけないわね……」

「あ!休日のランニング一緒にしちゃう?」

「……遠慮するわ」


 そう言うと思った、と彼女はまた笑ってくれる。

 私が朝が苦手で、かつ運動も得意ではないのを承知の上で言ったんだろう。

 それには嫌味がなくて、心が少しほっとする。本当に明るくて、本当に素敵な人。

 ……でも、たまに本当にツッコミづらい冗談を言うのはやめてほしいけど。


「ねえ、せっかくこっちの方まで来たから、このまま住宅街の巡回済ませちゃおっか」

「そうね、もうすぐお昼だし」


 案内したお店は比較的住宅街に近いところにあった。午前中のうちにそちらの巡回もすることになっていたから、ちょうどいい。私たちは小道に入り、巡回をはじめた。

 がやがやとした喧騒が一気に静かになり、コツコツと私たちが地面を蹴る音、そして人々の生活音だけが聞こえてくる。快晴、とまではいかないまでもよく晴れた空を見上げれば、爽やかな日差しが心地よい。仕事中だというのに、まるで二人でお散歩している気分。

 そんななか、シナリスが立ち止まって遠くを指差す。


「……ん、あれ」


 ふと、左右に住宅が並んだ一本道の先に、私たちと似たような制服の3人組が見えた。男性が1人、女性が2人。あの制服は魔道治安部で間違いない。制服の色が少し違う――私たちはブラウン、あちらはネイビーだった――ことから、違う隊だということはすぐ分かった。その色がなにか、当然私たちは知っている。


 保護隊だ。


 挨拶しておけって、言われてたっけ。向こうがこっちに近づいてきたらしようと一瞬考えたけれど、彼らは動いていないようで、むしろ私たちのほうから近づくことになりそうだった。耳にかかった右の髪を掛け直した。


「すれ違うときに挨拶しよっか?」


 シナリスが耳元で囁く。まるで小さな子どもに問いかけるような言葉。でも、いまの私にはそれがありがたかった。彼女は私がかなりの人見知りであることもよく知っていたから。うん、とだけ答えて、しっかりと歩いていく。たぶん「向こうも完全に仕事中だけど挨拶して大丈夫だよね」、という確認の意味もあったと思う。

 ついぞ保護隊の近くを通らんとするとき、二人で「おはようございます」と言葉を交わす。それに気づけば、向こうも爽やかな笑顔でおはようございますと返してくれる。別に怖いことはない。ただの同僚だし、向こうからしても同じく同僚だ。そのうちの一人は「パトロールお疲れ様です」と、こちらを労ってもくれた。私も会釈をして返した。


 なぜだろう。彼らの変哲もない笑顔を見るたびに、胸がざわつく。

 理由は私にもわからなくて、それがまた怖い。

 ただ、あのネイビーを見ると、そわそわして落ち着かなくて、自然と目線は彼らの顔から外れていた。無意識に、制服の袖口をきゅっと握る。


「――おまたせしました」


 私たちが通り過ぎるより前。保護隊がいた目の前の家のドアが、がちゃりと開く。

 その中から出てきたのは、私たちより少し年齢が低く見える若い女性。表情はどこか浮かないが、まるで長期休暇で海外に旅行にいくかのような、重そうな大きいバッグの持ち手を片手に掴んでいる。扉の鍵をもう片方の手で閉めていた。その様子を見て、保護隊のうち2人が近寄っていく。残った1人は、手元で浮かせた資料でなにかを確認し始めた。


「おはようございます。保護隊です」

「保護施設への送迎に参りました。ご同行いただけますか?」

「……はい。よろしくお願いします」


 保護隊の落ち着いた声に対して、女性は当然とばかりに小さく丁寧に答えた。鍵をポケットに仕舞い、よいしょ、と両手で重そうに荷物を持ち直す腕は、少し細く、白く見えた。


「では、近くに専用の馬車をつけておりますので、そちらまでご案内します」


 女性はおとなしくついて行く――直前に、自身が出てきた家をちらりと振り返った。中はとても静かで、もしかしたら一人暮らしだろうか、それとも家族がいて仕事に出ているのだろうか。しかしすぐ家を背に歩き出す。荷物を持つ手に少し力が入っているように見えた。

 その女性はこちらに気づくと、軽く会釈をしてくれた。魔道治安部、という私の右腕につけた腕章を見ながら。


「……お気をつけて」


 私は無意識に、彼女にそう告げていた。

 どうしてそんなことを言ったのかも、自分でよく分からなかった。


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