第2話 - 保護
「いただきまーす!」
「いただきます」
昼下がり。程よい疲労感を感じた午前中の仕事を終え、休憩時間となった私たち。街の喧騒からは少しはずれた場所にある、お気に入りのカフェで昼食を摂っていた。人気の窓際席が確保できて、少しだけラッキーな気分。
私たちの仕事は昼食の規定がなく、それがとても嬉しい。本部に戻って食事をすることも稀にあるけれど、やはりお気に入りの場所で過ごす時間の方が楽しいから。
「ふぁ、ふぉふひへは――」
「飲み込んでから喋って」
テーブルを挟んで正面に座るシナリスは、早速大きな口を開けてサンドウィッチに齧り付いている。両手で持つパンが手の力で少し歪んでおり、ふわふわ感が伝わってきた。実際美味しいんだろうけど、この人は特にめちゃくちゃ美味しそうに食べるから、思わず気になってしまう。
そんな微笑ましいがお行儀は良くない光景を見ながら、私もフォークとスプーンを持ち、目の前のボロネーゼパスタに取り掛かった。これはソースが飛び跳ねないように気をつけないと、大変なことになりそう。一応、魔法で消せるはずだけど。
「んくっ……。そういえば、チーズ乗ってるけど大丈夫なの?」
「まあ、粉チーズくらいなら。これお肉やトマトの味が強くて美味しいわよ。……食べる?」
「遠慮します……」
珍しくげんなりとした表情を見せるシナリス。何を隠そう、彼女はトマトが嫌いだった。だからサンドウィッチも、トマトが入ってないものを選んでいる。もちろん分かった上で聞いたので、彼女は「意地悪!」と野次を飛ばしてくる。
と、そういう私は私でチーズがそこそこ苦手。とはいえ、ここのボロネーゼはあまりチーズがかかっていないし、ソースが美味しくて頼むことが多かった。
「ね、この世界がチーズ料理だけになったらどうする!?」
「何よその陳腐な質問」
「そういう日が来ても良いように、克服したほうがいいよ~?」
「……じゃあ逆に聞くけれど、世界がトマトだらけになったらどうするのよ?」
「そんな世界は一生来ない!!」
「だったらチーズ料理だけの世界も来ないわよ……」
既にサンドウィッチを平らげた彼女は、満足そうな表情を浮かべ、頼んでいたアールグレイティーに手をつけている。私も同じものを注文していたけど、ボロネーゼとストレートティーってどうなのかしら、と注文してから気づいた。でもここのお店は何でも美味しいから、普通に合うか、と自分を納得させてみる。
シナリスは魔法で少しだけ引き寄せたシュガーポットから角砂糖を取り出し、こちらに要る?と目線を送ってくる。いらない、とパスタを咀嚼しながら首を横に振った。
「オッケー、3個ね」
「……ごめん、そんなに意思疎通下手だっけ?」
「冗談だってばー。ほらあたし甘いの好きだしさ、ミリルの紅茶も美味しくなればいいな~って」
「そんなに入れたら太りそう……」
「まあそれで胸が大きくなるならあたしは手段も厭わないけどね!」
「砂糖じゃ無理だと思うけど」
「ぐぬぬぬ、その余裕に腹が立つ……!この妖怪隠れ巨乳怪物め……」
「妖怪なのか怪物なのかどっちよ」
「あっ、いっそ魔法でなんとか!」
「人体変化に関わる魔法の発明は厳重処罰の対象」
「もー!ミリルは真面目ちゃんなんだからー」
2コほど自分の紅茶に角砂糖を落とし、ティースプーンでくるくると回しながらシナリスは笑う。ランチ客で賑わっている店内だから、こんな無駄話をしてもまあ許されるか。と、念のため周囲を見渡した。今も魔道治安部の制服を着ているわけだから、変なことは出来ないし。腕章は外しているから、休憩中だと街の人も思ってくれてるはずだけど。
とはいえ、本当に彼女が悪戯をすることはほとんどなくて、だからこそ安心してこんなやり取りが出来る。心を落ち着かせて、休憩時間を存分に楽しむことができる。なんだかんだで、やっぱり彼女とは馬が合う。そんなことを思いながら、私は最後のひとくちになったパスタを口に運ぶ。ごちそうさまでした。これくらいの粉チーズならやっぱり問題なかった。
「ちょっとお花摘んでくるねー」
いってらしゃい、とお手洗いに立ったシナリスを見送り、冷めきらないうちにストレートティーも飲んでしまおうとカップに口をつける。……ボロネーゼにも意外と合うかも。次回の参考にしよう。
店内にかかった壁掛け時計を確認すれば、そろそろ休憩時間も終わりのころ。シナリスが帰ってきたらそのままお会計をして出ましょうか、と考えていた。
音が出ないよう、ゆっくりソーサーにカップを置く。いつでも出られるようにと、先に腕章をつけておくことにした。ポケットの中にしまい込んでいたそれを取り出す。魔道治安部、と書かれたクリップで留める腕章。
――お気をつけて。
耳元の髪を整え、ふっと目を瞑る。さっき見た女性の顔、そして自分で発した言葉が、脳内にフラッシュバックする。
"保護"されたあの人は、今ごろ馬車に乗っているだろうか。
ひとくちに魔道治安部といっても、複数の組織がある。私たちは第三隊で、いわゆる街のパトロールを行う、文字通りの治安を担う係。
そのうち最も特徴的なのは、やはりさきほど見た"保護隊"になってくる。
あくまで魔道治安部のいち組織で、平たく言えば私たちの同僚。でも仕事の内容は私たちと全く違って、魔法が使えない人間を"保護"するためにある組織だ。
この世界には、魔法が使えない人間を"保護"する決まりがある。
決して、魔法が使えない人が"悪人"なわけではない。むしろ被害者かもしれない、と世間に思われている。だからそれは、至極当たり前の制度。このスフラルだけの特殊な決まりではなく、魔法にあふれた世界で暮らしを維持するためのもの。
ただ、昔からこの街が中心になって整備されてきたらしく、今でも魔力に関する研究はスフラルが一番進んでいる、と聞いたこともある。何を隠そう、シナリスもこの街の外から来たと言っていた。本当に人気の場所なんだろうな。……私はあまり気にしていないけど。
魔力。この世界で魔法を使うには、自分の中に溜まった魔力を使う必要がある。そして、世界には自然発生する魔力が満ちていることが知られている。魔法が使える人は、その自然界にあふれた目に見えない魔力を、何の意識をしなくても自分の魔力として蓄えることができる。呼吸して酸素を取り込むように。
もっとも、私たちが普段使っている程度の魔法では、莫大な魔力は消費されない。ただ、どこの誰が使っているか分からないし、基本的には節約していこうねというのがこの世界の共通認識だった。
一方で、魔法が使えない人もわずかに存在する。
基本的には"魔力を持てない"と同義で、一般に「無魔力者」と呼ばれている。それは体質的なものがほとんどで、魔力を持てる体になっていないらしい。つまり、生まれた瞬間から魔力を持てない……魔法が使えない可能性がある。
でも一番の問題は、魔法が使えないことじゃない。魔力というのは、その人が魔法が使えようが使えまいが、体に入ってこようとする。そして無魔力者がこの世界の魔力を浴び続けると、身体に悪影響が出てしまうということ。具体的には、
記憶が、無くなってしまう。
「……ん」
カップを再び手に取り、残りわずかになった紅茶を喉の奥に流し込む。少し冷めてしまったけれど、その穏やかな香りは、私を癒そうとしてくれていた。ありがとね、アールグレイ。紅茶に気を遣ってもらうなんて。
小さく息を吐いて窓ガラスをちらりと見れば、映るのはぼんやりとした自分の姿。サファイアの瞳は少し、揺れているように見えた。
もし、無魔力者に悪影響がなかったら「ちょっと不便」程度で生きられるかもしれない。でも、そうはいかない世界。
ちなみに、無魔力者の記憶は瞬時に無くなるわけではない。魔力を受け付けられない体が"蝕まれる"うち、徐々に徐々に記憶が消えていくことが分かっている。
それに、子どものうちは魔力が体にたまらず、全員等しく魔法は使えない。これは記憶に影響がないことも確認されているらしくて、基本的には学校――魔法学校へ通って魔法を学ぶ。そして卒業と同時に、無魔力者かどうかの判定がされることが多い。実際は、保護されるまでの猶予期間なんかもある。
猶予期間でも改善せずに保護された無魔力者は、それぞれの地域に応じた施設に送られる。スフラルの施設もそのうちの一つで、街から遠く遠く離れた僻地に建てられている。
そこはそもそも発生する魔力濃度が薄い土地で、さらには特殊なバリケードで魔力を完全にシャットアウトしているそう。だからその中にいれば、魔力の影響を受けず、記憶をなくすこともなく生活ができる、らしい。
……とはいえ私も行ったことはないから、詳しくは分からないけど。
無魔力者のためだから、追放や逮捕ではなく「保護」と呼ぶ、んだと思う。もちろん刑務所なんかではないから、施設の中では快適に暮らせるようにはなっていると聞く。
ただ……お店を出したり、研究をしたり、旅行に出たりといった自由な生活はできない。バリケードの中で、一生を終える。
それはもはや、"無魔力者はこの世界に存在してはならない"と同じだと、私は思う。
別に誰が悪いでもない。世界の理が、そう決めていると。
「はぁ……」
飲み終えた紅茶のカップは、呆気ないほどに軽かった。
考えても仕方のないことだって、分かってる。でもやっぱり、保護隊を見かけるたびに私は胸の奥がもやもやする。
……もしかすれば、馬車に乗っているのは私だった。数年前の私なら、きっと。
でも、今はこうして魔道治安部にいる。その事実そのものが、自分がここにいることを不思議に思わせた。
シナリスが「おまたせ~」と戻ってきたのを見て、ため息がばれないよう笑って迎え入れた。
貼り付けた笑顔になっていたかもしれないけど、多分大丈夫なはず。




