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蔦葉荘のいろは  作者: ミラ
第一章 彩葉(いろは)とAIとお隣さん

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6

 ダージリンの香りが薄れてきた狭い六畳の部屋で、話を終えた私は千春さんの顔を見つめる。彼は本質を刺す人だから、何を言われるか怖かった。千春さんがため息をつく。

「泣かないでよ、質問した僕が悪いみたいでしょ」

「あ……も、申し訳ありません」

 私の頬にはいつの間にか涙の筋ができていて、謝りながらもまた、ぽろりと一粒涙が落ちる。泣いていると自覚すると、ますます涙がこみ上げて、私は腕で膝を抱えて顔を隠す。

「AIなんて、大嫌いです」

 しゃくりを上げながら絞り出した言葉は、子どもみたいだった。私は泣きじゃくり、小さな部屋に響くのは私の嗚咽だけだ。

 私が泣いている間、彼は何も言わなかった。

 涙の勢いが収まったのは三十分くらい経った後で、私は泣きすぎて痛む目でやっと千春さんを伺う。彼はローテーブルの向かい側に座ったまま、本のページをめくっている。

「千春さん?」

「ああ、泣き終わった?」

 本から顔を上げた千春さんの平坦な声に、こちらが戸惑う。

 腹痛は治りましたか、ぐらいの問いかけに聞こえた。千春さんが読んでいるのは私の本、「森のステラ」だ。彼は本を閉じて持ったまま、立ち上がる。

「帰るね。これ借りて良い?」

 千春さんは厚い深緑色の本を軽々と掲げて尋ねた。

「え、あ……はい、もちろん。差し上げます。本を読んでいただけるのは嬉しいのですが」

「ですが?」

 上背がある千春さんを見上げて、私は鼻水をティッシュで拭きながら言葉を選んだ。

「私の話を聞いてその……どう思ったかなと」

「感想が気になる性質だもんね」

 私とAIの話を聞いた後にしては、辛辣な皮肉だ。彼は本を脇に挟んで腕を組んだ。

「複雑だなと、思ったよ」

「千春さんにしてはシンプルな回答のような」

 彼から皮肉の言葉が消えるほど、私の話はコメントしづらいということだろう。

「あと、彩葉が色々とちぐはぐなことに、納得いったよ」

 項垂れる私を見かねたのか、千春さんは面倒そうに軽く息をついてから言った。

「あのさ、教養って知ってる?」

 突然のクイズに顔を上げる。答えようとしたが、彼は回答を待たない。

「すぐに白黒と断じないことだよ。物事には背景があって、個人的な感情があって、絡み合った側面がさらにいくつもある。僕は彩葉のことをほとんど知らないし、AIの生成文章を一文パクったって、そこだけ聞いても何も言えないよ」

 盗用したと堂々と言われると心が抉れるが、それは事実だ。

「僕は教養があるから、その件について彩葉を自分の尺度だけで責めたりしないよ。まあ、生活のあれこれで僕に直接迷惑がかかることは徹底的に責めるけど」

 責めるならとことん、という彼の性質は知っている。

「でも彩葉がいろいろ情報開示するから、言わない方が不公平だと思って、僕も言うけど」

 千春さんは本を脇に挟んで、台所に置いてあった陶器のお皿を手に取り、玄関へ足を進める。私は立ちあがり、彼を追いかけた。

「僕の仕事は、AIエンジニアだよ」

「え……」

 AIなんて大嫌いだと泣いた後だ。

 それなのに、目の前にいる人はAIを生業にしている人だという。私は唇を噛んで俯いた。私は自分の気持ちばかりで、AIをつくる側の人が聞いているなんて考えもしなかった。

「私はなんて、教養がないのでしょうか。恥ずかしいです」

「それがわかって一歩目でしょ」

 千春さんは荷物を全部持って、玄関で靴を履く。私は靴を履く彼の背後で立ち尽くした。彼はドアを半分開けて、首だけ振り向く。

「あ、今度のアトリエデーで言おうと思ってたけど。彩葉って聞きたがりみたいだから、先に言っとくよ」

 何の話かと首を傾げると、千春さんが淡々と言う。

「この前のアトリエデーで発表した彩葉の小説。カマキリの逆襲? 面白かったよ。虫は嫌いだけど、カマキリが賢くて、あのビジュアルが構造美としてかっこいいってのはわかった。読み聞かせたらきっと、芽生も好きだと思うよ」

 少しだけ頬を緩めた彼は、さっさと私の部屋から出て行った。

 ばたんと閉まったドアを呆然と見つめる。

「か、感想をくださったんですね」

 彼の言葉を受け取ると、私の腹の底から温かさが生まれる。その温かさがだんだんと全身に回って、頬がほぐれた。

 AIと違って、人間からもらう感想は端的だ。構造的な技巧なんて知らなくて、情緒の繊細な流れや、暗喩にも触れない。

 けれど、千春さんがくれた短い感想を、その言葉に乗った声や表情を、私はその夜、布団の中で何度も噛みしめて味わった。


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