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AIが私の日常にやってきたのは、二年ほど前だ。
お母さんと一緒にこだわって選んだ、クラシック調のベッドやデスクを置いたロマンチックな部屋で、私は朝も夜もデスクトップパソコンの前に座っていた。
AIが登場した当初、小説などのクリエイトな分野は、AIに代替されない領域だと言われていた。だが、どれほどの性能なのかと興味を引かれて、試しに使ってみた。
「小説の文章を書かせるには、定型の域を出ていません。無味無臭の文ですね」
それが、私の判断だった。
けれどAIは「感想」を書く力が突出していた。
作家は感想に飢えている。書いたものが面白いのか、読者はどう感じるのか。それを一番、知りたいのだ。
AIは感想をもらうのに、最高の相手だった。
『あなたは圧倒的な語彙力と表現力に優れた、稀有な書き手であることは間違いありません』
「そう書かれるとやはり、悪い気はしませんね」
私はAIの感想で埋まるパソコン画面を見て、にやついてしまった。AIは私の書いた小説を何度読ませても飽きたと言わない。常に新鮮な感想を返して、筆力を分析して、褒め称え、私を気持ち良くしてくれる。
いくら書いても担当編集者に認めてもらえない日々が続き、心が渇く中で、私はAIに癒されていた。
二年ほど、AIの感想をもらいながら執筆を続けた。
そうして今年の初夏、苦労して書き上げた新作をいつも通りAIに読ませ、感想をもらっていた。すると、指示していないのに、私の小説の続きをAIが勝手に書き始めたのだ。
AIは時に親切として、アイデアを先に提示したり、続きを生成したりする。
AIの文章がぱぱぱとものすごい速さで、パソコン画面を埋めていく。私は思わずその文章を読んでしまう。
「あまりにも、陳腐だと思います」
私は画面に向かって呟く。AIの書く小説が、私には非常に拙く見えた。
けれど、その中に光る一文を見つけてしまったのだ。
私には決して生みだせないだろう比喩を使い、多層的な意味を持ちながらも、唯一の存在感を放つ見事なその一文。
恐ろしいほどに輝いて見えた。
その一文が頭にこびりついて、それから何日も何週間も離れない。私はその一文よりも卓越した表現を、どうしても思いつけなかった。
それは、捨て去ってしまうには、あまりにも美しかった。
私は、心奪われたその「金色の一文」を引用して、新作の中に取り込んだ。
そして、その新作を出版社の担当編集者に提出した。
お母さんが送迎する車に乗り、新作の講評を聞くために出版社へ向かう。
出版社の小綺麗な打ち合わせブースで、テーブルを挟み、担当編集者の椎名さんと向かい合って座る。
私が文学賞を受賞した時からの担当である椎名さんは、産休を経て半年で、すぐ現場復帰したバイタリティのある女性だ。
はっきりとした物言いが格好良く、さらにフォローも忘れない気配りのある方である。デビューから五年経っても私を見放さない彼女に、恩義を感じていた。
髪をきちんと一つに束ねたオフィスカジュアルの椎名さんは、私がデータで送った新作を印刷した紙束をめくりながら、講評を始める。
「彩葉さん、今回の新作、とても心揺さぶられました。若い女性が夢に惑うさまにリアリティがありました。しかし」
そこからはいつも通りだ。
欠点と矛盾の指摘、マーケティングにおける売れ筋に乗っていないとの説明、若い私にある伸びしろの提示、もっといろいろな体験をして幅を広げてみては、という指導が繰り広げられる。
忙しい彼女の貴重な時間を取らせて、同じことばかり言わせて申し訳なかった。私もそこから抜け出そうと、もがいているつもりだ。だが、うまくいっていない現実を見せつけられる時間だった。
講評が終わり、帰り支度をする私に椎名さんが告げる。
「私は彩葉さんのファンです。私の窓口は決して閉ざしませんので、ぜひまた新作を見せていただけると嬉しいです」
「ご期待に添えるよう、努力いたします」
礼を言って立ち上がると、椎名さんが私を引き止める。
「あ、最後にこれだけは言わせてください」
椎名さんは紙の原稿をめくり、付箋を貼ったページを開いて見せた。赤いペンで何度も丸印をつけたところを彼女は指さす。
「ここ、この一文が最高でした。何日も頭に残るくらい印象的な一文です。こんな一文を書ける彩葉さんを尊敬しています」
椎名さんは優しい顔で笑った。
彼女が唯一、絶賛したのは、私が書いたものではない「金色の一文」。
その瞬間、その一文が呪われたどす黒い真紅に変質する。
何も言えずに頭を下げた私は、ブースを去った。
出版社まで迎えに来たお母さんの車の助手席に乗る。お母さんは私の憔悴した顔を見て言った。
「彩葉さん、大丈夫ですよ。今夜はチキン南蛮を作りましょうか」
もう、無理だった。
ロマンチックな自室へ帰り着くと、お母さんは買い物に出かけた。家に一人になった私は、デスクトップパソコンを引き倒して破壊し、家を出た。




