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蔦葉荘のいろは  作者: ミラ
第一章 彩葉(いろは)とAIとお隣さん

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 蔦が這う窓の外が暮れ、千春さんは時間通りに私の部屋へやってきた。

 彼は本棚と小さなテーブルだけの殺風景な部屋を見て、汚いとは言わなかった。だが、何かもの言いたげだ。

 千春さんがわざわざ運んできてくれたロコモコ丼を前にして、私は歓喜に満ちた声を上げる。

「おいしそうです! 千春さんは料理がお上手ですね」

「料理は説明書があるから、そこそこのものは誰でもできるよ」

「説明書とは、レシピのことでしょうか」

「そう」

 陶芸と違って料理に必要なのは手先の器用さよりも、分量を量る正確さかもしれない。千春さんは計量なら得意そうだ。

 先日アトリエデーで発表されたアイボリーのお皿に、白米とハンバーグではなく、挽き肉のまま炒めたお肉が乗り、さらに上には半熟卵が揺れていた。

 私の想像するロコモコ丼とはやや相違があり、手間を省いた効率性が見える。

 だが、挽き肉炒めからは肉汁とケチャップの混ざりあったソースが香り、食欲をそそる。

 それに、ぐにゃりとした部分にきちんと鮮やかな紫色の南国の花が添えられている。

「お花まで! エディブルフラワーのデンファレですね」

 エディブルフラワーは食用に育てられた花のことだ。ロコモコ丼を置いたローテーブルの向かい側に座る千春さんがふと止まる。

「花の種類までよくわかったね」

「私の母の料理は手が込んでいて、花もよく飾られていました」

「食事に花が飾られるなんて。『箱入り』ってのは僕の勝手な想像だったけど、本当に良いところのお嬢さん育ちだね」

 嫌味のつもりではなさそうな感想に、胸がちくりとする。

 私は肩をすくめて濁してから、両手を合わせた。白米、お肉、半熟卵をスプーンですくって一口食べる。ケチャップ強めの肉と、まろやか半熟卵の相性は抜群だ。

「んー! おいしいです!」

「どうも」

 返事は素っ気ないが、彼の食べ進める手も止まらないので、本人もご満悦の味のようだ。

「食後は、私に紅茶を振る舞わせてください」

 食事を終えてから、私はぽってりとした硝子のティーポットを使い、ダージリンの茶葉を蒸らした。

 茶こしで茶葉をこしながら、千春さんの目の前で純白のカップに丁寧に注ぐ。

「ティーバッグより時間はかかりますが、茶葉から淹れるのが好きなのです」

 家を飛び出してお金が足りなくても、ティーセットだけはどうしても欲しくて買ってしまったのだ。誰かに披露する機会があって嬉しい。

 千春さんは淹れたての香り高い紅茶を一口飲んでから、カップを持つ私を見た。

「紅茶はこんなに丁寧に淹れられるのに……洗濯物は風で飛んで、ご飯はカップ麺? ギャップがありすぎて引くんだけど」

「え、上手にできたのに引かれたのですか……どうして」

 二人して真顔で見つめ合ってしまう。どうも互いの溝が埋まらないようだ。千春さんは無言で紅茶をまた一口飲んでから、私の本棚を指さした。

「ここに来てずっと気になってたんだけど、あれ、同じ本が何冊も並んでる」

 彼のようにものをよく見ている人が、私の本棚の異様さに気づかないわけはなかった。

 私はティーソーサーごとカップを持ち上げ、ダージリンの香りをひと息吸って、彼の言葉を待つ。きっと彼は、正解を言う。

「あの本は、彩葉が著者の本ってこと?」

 私はソーサにカップを戻して千春さんを見つめた。きちんと笑うように心掛ける。

「そうです。十七歳の時に文学賞をいただいて、出版させていただきました」

 千春さんはほぼ確信してその問いを投げたのだろうが、私の顔を見て口ぶりが重くなった。うまく笑えていなかっただろうか。

「若い時に、大きすぎるものを手にした感じだった?」

 千春さんの質問に息が詰まる。

 誰でも最初の一言は大抵、「すごいね」と言ってくれるのに彼は違う。そう聞きたくなるくらい、私は酷い顔をしていたのかもしれない。

 私はティーソーサをテーブルに置き、本棚から私の著書『森のステラ』を手に取った。

 深緑色の硬い表紙が美しい、厚い単行本だ。私は千春さんの前にそれを置いた。

「十七歳の時は嬉しくてたまりませんでした。けれど、千春さんのおっしゃるように身に余るものだったのでしょう。それ以後、出版社の担当編集者に認めてもらえるようなものは……一つも書けませんでした」

 何年も出版社に通い、話し合い、アドバイスをいただき、家の中で真摯に執筆に向き合ってきたつもりだ。

 千春さんは本と、私の部屋をぐるりと見回して言った。

「この部屋、物が少なすぎるよね。入った瞬間からいびつさが強烈だよ。書けなくなって、家出して、今はここにいるってこと?」

 彼の言葉は的確に私を突いてくる。そう、以前にも思った。

 まるで、AIだ。

 いや、千春さんは全くAIなんかではない。

 私の考えがすぐAIに引っ張られるのは、引け目を感じているからだ。

「AIに夢を汚されて、衝動的に家を出ました」

 ずっと誰か、生身の人間に、これを打ち明けたかったのかもしれない。私の言葉に、千春さんの眉がぴくりと反応する。

「AIがどうやって、彩葉の夢を汚すことができるの?」

 私は深緑色の表紙を手で撫でて、そう思うに至った経緯を話し出した。


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