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蔦葉荘のいろは  作者: ミラ
第三章 彩葉とAIと道具

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 十一月も下旬を迎えた金曜日の午後、千春さんの指示でスポンサー営業に駆り出されていた。

 昼過ぎの日差しが入る日本家屋の一室で、私は今回の商談相手と向かい合っている。畳の上に置いたテーブルを挟んだ向こう側で、電動車椅子に座る彼に私は笑いかける。

「弊社が提案するのは、カメラ付きAIインカムです」

 開発資金の提供をお願いする相手は、犬沢巌いぬさわいわおさんだ。

 七十代前半の犬沢さんはたっぷりの白髪を丁寧に整えた老紳士である。きりりとした顔立ちで、臙脂えんじ色の薄いセーターがハイカラだ。

 彼は若い頃の事故で片足を失い、電動車椅子を使用している。

 八王子にある彼の屋敷は、艶めいた鳶色の日本家屋で段差が多い。しかし、歴史ある屋敷にはスロープが取りつけられ、車椅子でも過ごしやすいバリアフリー化が徹底されていた。

「AIインカムが実現すれば、入居者様の『生活の質』の向上に貢献いたします」

 渋い顔の犬沢さんは黙ったまま、最後まで話を聞いてくれた。私の隣に座る営業職の女性、林さんがにこりと笑う。営業未経験の私は林さんとバディを組んでここに来た。

「弊社からのご提案は以上です。犬沢さん、いかがでしょうか」

 彼には「AI嫌い」という情報がある。だが、障害者福祉の恩恵を受ける当人であるからか、彼は福祉への支援には熱いと評判なのだ。

 加えて、八王子の大地主でもある。弊社としてはぜひ協力を仰ぎたい人物である。犬沢さんは低い声で言った。

「介護は人の手でやるものだろう。AIなんてものを一度でも現場に入れてしまえば、しまいには俺らの世話までもAIがし始める未来がくる」

 犬沢さんは和室の端にある棚の上をちらりと見てから、私たちに向き直る。

「AIなんぞに、人間の領域を侵されてたまるか」

 犬沢さんの意思が宿る強い声に、私は一瞬、納得させられてしまった。

「人間の、領域……ですか」

 AIインカムが現場を助け、利用者さんのためになると、私は本気で考えている。

 けれど私には、金色の一文の経験がある。

 AIに一線を越えることを許してしまった私が、実際にここにいるのだ。

「それが守られると、納得できない限り俺はAIを受け入れられない。御社とは考えが合わなさそうだ。この話はなかったことにしてくれ」

 怒鳴られるわけでもなく、淡々と犬沢さんに断られる。林さんはしばらく犬沢さんの意見をうかがっていたが、私はもう何も言えなかった。

 AIに自分の領域を侵される不安に対して、私は答えを持っていないからだ。


 犬沢さんのお屋敷を後にし、帰りの道中で千春さんに電話をした。会合の結果を報告するためだ。

「彩葉の強みはどこいったの? AIインカムの魅力を、たった一人に納得させる物語も語れないわけ? 大手柄だね、お疲れ」

 と、ど真ん中の指摘に、胸が鋭く痛む。

 相手がAI嫌いという前情報があり、共感して話せる部分もあると思い込んでいた。大した準備もせず乗り込んでしまったのだ。全て見透かされていて、余計に痛い。

 千春さんとの電話が終わり、隣で会話を聞いていた営業バディの林さんは目を瞬かせた。

「千春くんって、いつもあんな言い方なの?」

「はい、いつもこうです」

「そ、そう……白崎さん強いわね。私なら怯えちゃうわ」

 林さんは震え上がったように両手で二の腕を擦るジェスチャーをして、茶化してくれる。彼女から「千春くん言い方が冷たいよね」と共感と慰めをいただいた。林さんは自動販売機で温かい紅茶を買って、私に渡す。

「白崎さん、次、がんばろう」

「次が、あるのですか?」

「もちろんよ。こんなの一回でうまくいくほうが珍しいんだから」

 林さんは泥臭い仕事をすると評判のベテラン営業だと、千春さんから紹介を受けている。「泥臭い仕事」というものが私にはよくわからないが、彼女は厚めの化粧をした顔に笑みを浮かべる。

「いい? 白崎さん、私は信頼関係の土壌をつくるから。あなたは『とっておき』を持ってきてちょうだい」

「とっておき、ですか?」

「そう、犬沢さんを口説けるとっておきの物語よ? 千春くんがそれをすごく期待してるようにね」

「期待……?」

 肩をすぼめながら、今月の千春さんの様子を思い返す。

 彼は今月、ピリピリしっぱなしだ。

 弊社は社員十数名の小さなスタートアップ企業である。

 少数精鋭の素早い意思決定により、カメラ付きAIインカムの新規プロジェクトが正式に決定して走り出した。私が夢いっぱいに語ったプロジェクトのリーダーを務める千春さんは、現実的なコスト計算に奔走している。

 ヒアリング要員として働いていた私だが、肩書きは千春さんの助手なのだ。

 だが彼の助手のはずの私は、計算が苦手だった。AIを使うにしても何を指示していいかもわからないのだ。

「箱入りの彩葉にコストダウンの概念なんてなかったよね。これくらいできると思った僕の愚かさを、大いに反省したよ。ごめんね」

 特大の皮肉をもらい、助手らしい数字の仕事は不適格の烙印を押されて、取り上げられた。

「コスト削減ができないなら、豊潤な資金を調達して。彩葉はもう数字を突き詰めなくていいから、一人だけ、着実に口説いてきてよ」

 うんざりしたような彼の声を思い出して打ちのめされる私は、目の前の林さんに言った。

「助手として役立たずなので、営業へと配置転換の指示を受けたのです……これが期待されているでしょうか」

 林さんは虚を突かれたように目を大きくしていた。

「あら、白崎さん知らないの?」

 彼女は打ち明け話をするように楽しそうだ。

「千春くんって、現実的なことしか言わない子でしょ? なのに突然、白崎さんを雇いたいって社内で言ったんだよ。『彼女なら介護の未来を紡いでみせてくれる』って」

「そ、そんなことが?」

「あの千春くんがそんな夢のあることを言い出すものだから、社員みんなで本当にびっくりしたんだから」

 そんな経緯があったなんて、全く知らない。目を丸くして言葉を失っていると、林さんが私の背を叩く。

「白崎さんは、あの千春くんにそこまで言わせたんだよ? だから、私もあなたに期待する。一緒にがんばろう!」

 千春さんと林さんが寄せてくれる期待に応えたい気持ちが膨らんでいく。

 だがまだ、何の糸口も見つからない。


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