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蔦葉荘のいろは  作者: ミラ
第二章 彩葉とAIと手仕事

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15/41

7

 

 週明けはルミナスへ出勤する日だ。

 だが、小野田さんに連絡を入れてから、私は急遽オフィスへ出勤した。隣の席の千春さんにまず頭を下げる。

「千春さん、先日は片づけもせずに飛び出して、申し訳ございませんでした」

 オフィスで私の顔を見た千春さんが眉をひそめる。

「それより、今日はこっちの出勤じゃないけど?」

 就業時間中の千春さんは、プライベートより仕事の確認が先だ。

「承知しています。ですが、先週末に頂いた課題『ルミナス三階フロアのAIアイデア』について、お話ししたいことがあったのでオフィスに出勤しました。お時間よろしいですか」

 紙束を抱いたまま、椅子に座る彼に詰め寄る。

 そこにちょうど、社長が通りかかった。ワイシャツを着たお腹がふっくらしている社長が私と千春さんを見てにやにや近づいてくる。

「仲良しだねぇ。何の話?」

 千春さんが額の広い社長をちらりと見て言った。

「今から彩葉が、新プロジェクトのプレゼンをしてくれるそうですよ。社長も同席しますか」

 何も言っていなかったが、彼には私のしたいことが見えていたようだ。社長はぱっと顔を明るくして快諾した。

 二人を伴い、小さな会議室のホワイトボードの前に立つ。

 一人分しか用意していない資料を、机の前に座る二人の前に置いて、私はひとつ深呼吸した。

 プレゼンは未経験だ。

 だが、担当編集者の椎名さんから「いろんな体験を増やしてみて」と言われ、教養として様々なカルチャースクールに通って勉強をした。その中でプレゼンの仕方も学んだことがある。

 それに私は、私が作った物語を、人に紹介するのが大好きなのだ。プレゼンは私の物語を披露する場と言って間違いない。

 千春さんと社長に向かって話し始める。

「私が提案するのは『カメラ付きAI接続インカム』です」

 社長は「おお、面白い」と言い、千春さんは資料に目を走らせる。

「このAIインカムで達成したい最終目標は『排泄予知』です」

 私の頭の中には、ルミナス三階フロアで排泄失敗を起点として、介護士たちの仕事が滞っていく一連の流れが再生される。

「排泄の失敗を減らし、おむつが汚れている時間を極力短くする。これは介護現場の悲願です」

 千春さんは資料を見つめて顎元に指先を添えたまま何も言わない。私は続けた。

「排泄を予知するために必要なのは記録です。いつ、何をどれくらい食べ、何ミリリットル飲み、いつ排泄をしたかの精密な記録。これが積み重なれば、AIにより平均的な排泄時間を割り出せます」

 実際に祖母の介護の際に排泄記録を行った経験がある。そのときは、絶大な効果があった。

「ですが、この記録を取ることが、現場にはひどく重い作業です」

「どうして? 記録は日々、書いているでしょ?」

 社長の無邪気な声が放たれて、私は軽く頷く。

「そうです。記録は義務です。しかし、現状の記録は最低限で、予知に使えるほどの精度がありません」

 欲しいのは精密な記録だ。今は食事量なら、半量、全量、にチェックを入れる程度。これでは足りない。

「介護士たちは忙しい業務の合間に、各利用者に起こったことを全て覚えておき、のちに落ち着いたタイミングでパソコンに向かい、記録の文章を考えて、パソコンに打ち込みます。この作業が現場に重くのしかかっています」

 千春さんと社長の顔を交互に見て語りかける。

「さらに、現状現場の職員の平均年齢は五十歳、記憶力が良い年齢とは言えません」

 詰め所で紅茶を飲みながら記録を打つ介護士たちが、覚えてないと愚痴を言うのを何度も聞いた。

 利用者を前に必死になればなるほど、介護士の体は疲労する。

 疲労困憊したあとに、記録という頭脳労働が待っている。疲れて作業効率が落ち、余計に時間がかかるという悪循環が起こる。

「今よりさらに細かいデータを取るのは、現状では難しいです。ですが、そこで私は『カメラ付きAIインカム』を提案します」

 私はインカムを耳に引っかけるジェスチャーをして、耳の付け根あたりを指さした。

「例えば介護士がこのあたりにカメラをつけておきます。そうすれば、食事残量や飲水量を、簡単にぱしゃっと写真に撮れます。撮った写真はAIへ自動送信され、記録されます。AIなら、写真から残量のグラム数まで推測できるでしょう」

「ほう、そりゃあ便利だ。排泄も、例えば褥瘡や気になる部位も、記録に残したいなら撮ればいいわけだ」

 社長の素直な反応に、こくこくと頷いて返す。

「欲しい情報をパシャリと撮るのは、五十代でもできます。さらに、日常の記録は歩きながら残します」

「歩きながら?」

 千春さんが資料を片手に、私を見た。芽生くんと雛子ちゃんがアトリエでしていたAI遊びは、音声入力と、ログ取りだ。そこから発想をもらった。

「プロの介護者から見た利用者さんの日ごろの様子、運動量、精神状態の記録も全部欲しいです。だから、記録は時間があるときにまとめて書く、のではなく、歩きながらその都度インカムに話しかけて残します」

「介護職員が立ち止まっていることはほぼないからね」

 千春さんの頭の中でも、ルミナスの職員の動きが見えているような反応だ。

「動きながらタスクをこなせる。この利便性が欲しいのです。例えば『AI、記録して。常盤さん、十五時に呼び出しあり。トイレ誘導。排泄なし。』でAIに記録させて終わりです」

「長い報告がある場合でも、口頭で説明してしまえば、AIが自動的に文章を整理してくれる。文章を考える手間がないってことだね」

 話が早い千春さんににこりと笑いかける。

「その通りです。介護者は動きながら情報を吐き出し、まとめと整理までAIに丸投げする。そうすることで、覚えておくという頭脳労働から解放されます。記録を細かく残すためのハードルを下げて、精密なデータを集めやすくする土壌をつくる。そして最終的に」

「「排泄を予知する」」

 声が重なった千春さんと見つめ合いながら頷き合う。

「そう、目標はそこです。おそらく緻密な情報が収集できれば、AIは予知の精度を上げていけると予想していますが、どうでしょうか千春さん」

「精度の高いデータが揃えば可能」

 素早く端的な返事を受けて、私の笑みが深くなる。

「その予知をもとに、AIが排泄スケジュールを組めば、介護者は先回りできる。そうすれば……?」

 私は千春さんの前にとんと両手を置き、明るく宣言する。

「常盤さんへの過剰なトイレ誘導が防げます。常盤さんもご機嫌です!」

 私がこのハッピーエンドはどうだ! と笑いかけると、千春さんは驚いたように目をぱちぱちする。隣で社長が大きな声で笑った。

「いいねぇ~! 夢いっぱいだ! 僕は好きだけど、どうなの千春くん? これできるの?!」

 社長が千春さんの肩にばしんと手を置く。彼はひとつ咳払いをしてから言った。

「一考の価値があります」

 社長をぱっと見ると、社長も私を見返した。二人で思わずハイタッチしてしまう。

「やりましたよ、社長~!」

「やったね、白崎君! 経費をドカ使いしたときはどうなるかと思ったけど~!」

 私と社長が盛り上がっていると、千春さんがすっと立ち上がった。

「まあ、考えるべきところは山ほどあるけど」

 冷や水を浴びせられた私と社長は、そろって肩をすくめる。資料を手にドアへ向かった千春さんが振り返る。

「何やってんの彩葉、早くこの資料のデータを送ってよ。これからやる事いくらでもあるよ。やる気あんの? カメラ付きAIインカム」

「やる気あります!」

 千春さんから合格をもらったのだと知って、慌てて彼の背を追いかけた。社長が手を振って私たちを見送ってくれる。

「あ、社長!」

 一旦廊下に出た私は、ばたばたと走って会議室に舞い戻った。社長の前に立って頭を下げる。

「お願いがあります。ボランティアとしてでいいので! ルミナスに三日間、泊まり込みさせてください」

 社長はきょとんとしていたが、理由を説明すると私のお願いを承諾してくれた。


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