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蔦葉荘のいろは  作者: ミラ
第二章 彩葉とAIと手仕事

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 真っ黒な画用紙ができあがった次の日の休日、小野田さんとカフェに赴いた。家族以外の人と出かけた経験がほとんどないので、楽しみにしていた。

 八王子の山側、森の近くにある紅茶専門カフェ「不思議の国のアフタヌーン」は、英国風邸宅の一軒家。外観も内装もロマンチック一色の、最高に私好みのお店だ。

 森の木漏れ日が美しいテラス席で、私と小野田さんはケーキスタンドに一目惚れする。

「小野田さん、このお店すごいです、世界観が可愛いです!」

「でしょ! 何回来てもここは最高なのよ」

 三段のケーキスタンドには小さくて愛らしいサンドイッチ、焼き目が香ばしいスコーン、真紅のベリータルトが、下から順に並んでいる。

 ガーデンの光の中、ロイヤルブルーにゴールドのエンブレムが入ったティーカップに手をかけて、まるで物語の中のひとときを味わう。

 半分ほど紅茶を飲んだとき、小野田さんが私に問いかけた。

「白崎さんの会社って、介護に役立つAI製品を作ってるんでしょ? 白崎さんとはたまたま気が合ったけど、今までヒアリング員のことあんまり好きじゃなかったんだよね」

 彼女はスコーンを口に運びながら、あっけらかんと笑う。

「知っていました。前任者の方から聞いていて」

「あら、やっぱりバレてたか。でもさ、実際にAIで介護とか、利用者さんに失礼でしょ?それに私たちはさ、介護っていう、人間の手でする仕事に誇りを持ってんだから」

 思わぬところからAI批判が入ってきて、黒い気持ちを抱えていた私は激しく同意する。

「わかります!」

「え、わかっちゃうの?」

 小野田さんはケラケラ笑いながら、優雅にロイヤルブルーのカップを持ち上げる。

「白崎さんはAIが介護の役に立ちます! っていう立場の人間なのに」

「そうなのですが……AIは発想も表現も飛び抜けていて、ついていけないというか、好きになれないと思うこともあります」

 つい正直に言葉を重ねてしまうと、彼女がこくこく頷く。

「わかるなぁ……ていうかさ、知ってる? うちのフロアの介護士って平均五十歳よ? 今さらAIとか言われても、困るって感じなのよねぇ」

 目をつむって紅茶の香りを吸い込む彼女の深い共感が、私の黒ずんだ心を慰めてくれる。千春さんなら絶対に言わない言葉のオンパレードだ。

 小野田さんのざっくりした雰囲気にほだされて、私は口が軽くなる。

「今も現場で役に立つAIのアイデアを考えているのですが、もうAIが答えを出してしまって。私なんていらないのでは、と思っているところです」

「へー、どんなアイデア?」

 マーマレードジャムを塗ったスコーンを一口かじってから返答する。

「排泄予知です」

 小野田さんも「それはすごい」と言うだろうと思っていたのに、彼女は呆れた声を出した。

「あーそれね。白崎さんの前任者も言ってたわ。すごい頭のいいバカの回答って感じ」

「え? 小野田さんはそう感じるのですか? 私は素晴らしいと思ったのですが」

 彼女はティーカップを乗せたソーサーを、静かにテーブルに置く。

「まだまだだなぁ、白崎さん」

「どうダメなのでしょうか? 赤外線センサーやベッドセンサーを使った排泄予知は、現実として可能な技術だそうですよ?」

 AIの回答を伝えると、小野田さんは耳に髪をかげてニタリと笑う。

「その回答、全くズレてるんだよ。だってベッドだ、センサーだって。うちのフロアの利用者さんたちは、日中みーんな起き上がってうろうろしてるっての」

 目からうろこが落ちた。

「あ……センサーは寝たきりの人にしか通用しないということですか」

 AIの回答は、ベッドで寝たきりの人であるならば、可能な方法だったのだ。

「しかも脈拍や、体温とか、皮膚温度? とかをもとに、排泄を予知するとか言うけど」

 小野田さんが次々と言葉を繰り出す。

「そんなのずっと測ろうと思ったら、腕時計みたいな機械をつけなきゃいけないでしょ?なんとかウォッチみたいなやつよ。そんなのうちの利用者につけたら、一分後には放り投げられてるわ」

 ガハハと豪快に笑った小野田さんは、今度は苺タルトに手を伸ばす。

「だからAIで排泄予知なんてムリムリ。私ら介護士の経験と勘の方がまだ予知できるよ」

「スペシャリストですね……」

「まあしょっちゅう外してるけど! ほら、白崎さんも食べな」

 私も苺タルトをお皿に乗せる。さくっとしたタルト生地と甘酸っぱいベリーを口に入れて味わう。甘酸っぱい刺激に、目が覚めていくようだ。

 金色の一文の強烈なイメージのせいで、私はAIを格上だと思いすぎていたのかもしれない。

 AIの回答は、穴だらけではないか。

 すぐに白黒を断じない。その姿勢が教養だと、千春さんに教えてもらったというのに。

 私は本当に、まだまだだ。

 アフタヌーンティーを終えた帰り道、並んで歩く小野田さんに前から気になっていたことを問いかけた。

「もしAIが介護まわりの雑事を楽にしてくれたら、小野田さんは……どんな支援に力を入れたいですか?」

 私の問いに彼女は間髪入れずに答える。

「そりゃあもっと、利用者さんとおしゃべりしたいよ。みんな暇そうにテレビばっかり眺めてるからね。レクレーションももっとやりたいし、一緒に笑う時間を増やしたい。でもまあ、なかなかそうはいかない現実もわかってるけどね」

 小野田さんの快活な笑顔が、夕陽に照らされる。

 この笑顔と前向きな想いこそが、介護現場の活力の根本だ。

 実家で祖母の介護をしていたとき、介護者たちで集まって「笑顔でいられるだけの余裕を持とう」と話し合った。

 その経験は、森のステラに書き残してある。

 けれど現実問題、現場は忙しく、利用者さんの生活を回すことに追われ、心の交流は後回しだ。

 そうして日々に忙殺されるうちに、介護者の笑顔はしぼんでいく。

 小野田さんのように介護に真摯な人材を活かし続けるために、二十四時間働かせても疲れないAIを使い倒すのは合理的だ。

「小野田さん、私、排泄予知のAIについてもう一度考えてみます」

「えー、だから無理だって」

「でも、あったら嬉しいですよね?」

 小野田さんを真剣に、強く見つめる。すると、彼女はおずおずと頷く。

「もちろん、あったらいいなと思うよ?」

 夕暮れの橙色の中で、私はにっこり笑った。

 私になら、できる気がする。

 だって私は、あらゆる角度から想像を働かせて、物語を書き続けてきた。今回だって、構造は同じだ。

「排泄予知AIがある介護」という物語を、現実に即する形として、私がこの手で編み上げればいいのだ。


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