表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蔦葉荘のいろは  作者: ミラ
第二章 彩葉とAIと手仕事

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/17

4

 オフィスへ出勤した日、私は隣の席の千春さんに問いかけた。横から見た彼の頬から顎にかけてのラインがあいかわらず綺麗だ。

「千春さん、明日のお休みに、現場主任の小野田さんとカフェに行こうと約束をしたのですが……職場の方とお茶に行っても、仕事上、問題はありませんか?」

 伏し目がちな彼の手にはプリントアウトした私の報告書があり、視線は文字を追っている。最近は書き直せ、と言われることが減った。

「別に、仕事に支障がないなら、僕から言うことはないよ」

 淡々とした返事に安心する。小野田さんと盛り上がって約束してしまってから、千春さんの許可が必要だったかもしれないと気づいたのだ。

「この常盤さんの件だけど、対策を打ちたいところだよね」

 千春さんは資料を読みながら、常盤さんの排泄課題について考えているようだ。私も大いに頷く。

「コップに溜まった不満がいつあふれるか、という感じです」

「現場のリソース不足。AIの入る余地があるのはここだよね」

 報告書を何度も見返して、紙をめくる音が鳴る。

「最近の報告書、現場感はよくわかるんだけど、そこからの彩葉の発想が足りないんだよ」

「発想、ですか?」

 彼は資料をぽんと叩いてから、私を見る。

「普通のヒアリング員ならね、この精度の報告書を上げられたら、まあ雇って正解レベル」

 思ったより良い評価だ。嬉しさを噛みしめる間もなく彼は続ける。

「でも、僕はこのくらいの価値で満足するために、彩葉をこの仕事に誘ったわけじゃない」

 彼は左右の均衡が美しい顔で、意地悪そうににこりと笑う。

「この現場の課題を打開するための、AIを使った対策。小説家っぽい発想を持ってきてよ」

 千春さんの依頼に首をひねる。

「AIに何ができるか、よくわかっていないのですが」

「できるかできないかを判断するのは、エンジニア側の僕の仕事だよ。でも最初の突飛なアイデア、空想力、あったらいいなの取っ掛かり、それを彩葉に持ってきてほしい」

 彼が「期限は来週中」と、言いたいことだけを言って、またパソコンに向かってしまう。

 AIで常盤さんの排泄課題を解決することなんて、できるのだろうか。

 考え込んでいると、千春さんが隣でさらりと言った。

「ちなみにAIはアイデア出しのブレインストーミングが大得意だよ。使いこなしなよ?」

 思わず口が半開きになる。

「えっと、AIを使って……AIのやることを考えてみては、ということでしょうか」

「そうだよ」

 彼は私の資料を脇に置いて、デスクの上にある違うファイルを開き始める。

「でもそれで、AIのアイデアだけで進めるならもう、人間はいらないけど? 彩葉って、その程度なの?」

 千春さんは本格的にキーボードを叩き始めて、話しかけるなモードに入ってしまう。

 彼は私のヒアリングをもとにした新しいプロジェクトの起案と、今まで自社で開発した製品のメンテナンス業務、他にも私が把握していない仕事を多く手掛けている。私にばかり構っていられないのだ。

 彼の挑発めいた言葉が耳の奥でキンと鳴り続ける。私は彼より早く終業して、蔦葉荘へ帰った。



 来週には、もう次のアトリエデーが迫っている。カマキリの紙芝居を完成させるために、仕事帰りにアトリエへ向かった。

「あ、彩葉ちゃんおかえりー!」

「彩葉お姉ちゃん、おかえりなさーい!」

「芽生くん、雛子ちゃん、ただいまです」

 アトリエでは今日も芽生くんと雛子ちゃんが、二人でスマホのAIに話しかけて遊んでいる。

「こちら芽生! ほうこくします! カエルは三匹でした!」

「こちら雛子! 芽生くんのほうこく、スマホでかくにん! 次の任務です!」

 二人はトランシーバーのようにスマホに話しかけ、口頭で記録をするスパイごっこをしているようだ。子どものAI遊びは多彩だ。

 胡桃のテーブル席につき、雛子ちゃんが持つスマホをつい睨みつけてしまう。

『彩葉って、その程度なの?』

 千春さんの言葉を思い出して、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。おそらく私は彼に、喧嘩を売られたのだ。

「金色の一文」に敗北した私と、AI。

 どちらが使えるアイデアを出すか試されている。

 湧きあがる怒りが口から噴き出た。

「千春さんは、性悪野郎です!」

 急に大きな声を出して立ち上がった私を、二人の小学生がきょとんと見つめる。

「あ……」

 二人にへらりと愛想笑いを向けて、席に座り直す。すると、芽生くんと雛子ちゃんがそろそろと私の両サイドにやってくる。二人が私の顔を覗き込んだ。

「彩葉ちゃん、大丈夫?」

「彩葉お姉ちゃん、千春くんにいじめられたの?」

「いや、その……違うのですが、ちょっと腹が立ったというか」

 口から出たものは戻らない。だが、子どもたちと交流がある千春さんの悪口をこれ以上言うわけにもいかない。私は首を横に振った。

「大丈夫です。いじめられたりしていません。ご心配ありがとうございます」

「でも彩葉お姉ちゃん、悲しそうだよ。雛子のAI、名前はアイコちゃんっていうんだけど、相談する?」

 雛子ちゃんが眼鏡を押し上げてから、私にスマホを渡す。差し出されたスマホを投げ捨てるわけにもいかず、そのまま受け取る。

 芽生くんはもっちりほっぺたでにっこり笑った。

「アイコちゃん、優しいよ? 僕たちに言えないなら、アイコちゃんに言ってみたら?」

 AIに相談なんて、心から遠慮したい。だが、二人の心配しているよという純粋無垢な瞳に押されて、断れない。スマホと睨み合う。

 千春さんの挑発に乗らず、自分の頭だけで考えることもできる。

 しかし、それはやはり限界が見えている。私はAIの素人だからだ。

 AIに何ができるのかは、AIに聞くのが一番早い。スマホをテーブルに置いて、両サイドにいる小学生たちを交互に見た。

「あの、お二人とも、私のそばにいてくれませんか」

「なんで?」

 芽生くんは首を傾げたが、雛子ちゃんはころころ笑う。

「いいよ~雛子のママもね、『雛子~抱っこさせて~こっち来てよ~』ってよく言うから慣れてるよ!」

 雛子ちゃんのママに会ったことはない。だが、この生命力にあふれた無垢な存在が横にいるだけで、何かをやってやろうという力が湧く気持ちには共感できる。

「わかった! ぼくもいるよ、彩葉ちゃん!」

「ありがとうございます、お二人とも」

 二人のリアルな熱を近くに感じながら、テーブルの上のスマホに話しかける。

 AIと対話する際は、こちらの正確な質問力が重要だと、小説の感想を書かせてきた経験から知っている。緻密に言葉を選んだ。

「介護現場の排泄介助において、現場と利用者の両方を助けるAI活用法のアイデアを出して」

 回答が長くなったからか、AIは音声で返事をせず、テキストのみで長々と回答をし始める。ぱぱぱと表示されるその文面を素早く追いかける。

「アイコちゃん喋らなくなっちゃった」

「どうしてかな」

 芽生くんと雛子ちゃんの呑気な会話は、私がここにいる人間だという実感を失わないための命綱のようだ。

 AIが複数出した回答の中で、特に目を引いたのはこれだ。

「排泄予知、ですか……あり得るなら、ぜひ欲しいですね」

 AIの回答を見て、なるほど、素晴らしいと思ってしまった。

 空想かと思われるようなアイデアだが、AIいわく技術的に可能だそうだ。急に重力が増したかのように身体が重い。

 私にはない発想で、突飛でありながら夢があり、千春さんが欲しそうなアイデアだ。完敗である。やはり私はAIに発想力で劣るのだと、突きつけられた。

「雛子ちゃん、貸してくれてありがとうございました。アイコちゃん、とても賢いですね」

 スマホの画面をオフにしてから雛子ちゃんに返す。

 雛子ちゃんと芽生くんは嬉しそうに笑って、またお絵描きコーナーへ遊びにいった。

 私は黒のクレパスを取り出して、黄緑色のカマキリの背景を強く黒く塗りつぶす。画用紙が破れそうなほどクレパスを塗り込む。

 私程度では、AIに対抗しても無駄だと悟った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ