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7.ジャオ・リン捜索隊④ 再会と予兆

 森の出口は、蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。

 

 パトカーの赤色灯が木々の間を断続的に照らし、無線の声が重なり合っている。救急隊員が担架を準備し、保安官たちが地図を広げて何かを確認していた。その喧騒の中心に、自分が踏み込んでいくことに現実感がなかった。


「ハンク」


 前を行くマルティンが、ぽつりと呟く。

 目線の先には、ハンクがオレンジ色の毛布に包まれ、救急車の搬送口に腰をかけていた。右腕には止血帯が巻かれ、ガーゼの上から血がにじんでいる。保安官が一人、無線機を肩に当てたまま、淡々と状況を聞き取っていた。


「やだ、彼、撃たれたの」

「みたいだね。命があってよかった」


 捜索隊の他の面々もすでに下山しており、おのおの離れたところで聴取を受けていた。万里奈たちは後続組だったようだ。

 

 ちょうど聴取を終えたのか、一人の保安官がこちらに気づいて近づいてきた。


「捜索隊だね?」


 西部劇に出てきそうな口ひげを生やした年配の保安官が、場にそぐわない柔和な顔で尋ねる。

 マルティンが短く応じると、「下山早々悪いが、話を聞かせてくれ」といって、近くにいた別の保安官を手招きし、マルティンを引き離した。


「大丈夫、あったことを話せばいい」


 万里奈の不安を察したのか、マルティンはそう耳打ちしてから保安官に連れられていった。その背中は、すぐに人の波に紛れていく。


 聴取は、おおむね想定内の質問ばかりだった。

 森であったことを、とつとつと話していく。

 年配の保安官は、孫にでも話すような穏やかな声で接してくれた。やはりジャオ・リンの親族かと問われたが、ボランティアの学生だと伝えると、歓心したように目を細め、殊さら態度が軟らいだ。


「そうか、学生さんか。怖かったろう」

「はい……でも、彼がいてくれたので」


 保安官は納得したように頷いて、「恋人?」と聞いた。あわてて首を振る。


「違います。たまたま無線で捜索隊の会話を拾って駆けつけてくれて。それで、夫妻と一緒のルートには行けそうもない私を見かねて、ついてきてくれたんです」

「はあ、彼は飛び入りだったわけだ」

 

 手元の使い込まれたメモ帳に、なにかを細かく書き込んでいく。重要な証言だったのだろうか。怪しんでいるような素振りはないのに、わずかに居心地が悪くなる。


「ラッキーだったね」


 虚を突かれて保安官を見る。彼は手元のメモに視線を落としたままだ。


「そうだろう? 彼がいなけりゃ、君も銃撃戦に巻き込まれてたかもしれない」


 いわれてみればそうだった。まるでマルティンがこの混沌を引き連れてきたように感じていたが、彼が現われずに谷縁に行くことを断行していたら、今ごろ万里奈は夫妻とともに地に伏していたかもしれない。だとすれば、死神は自分だけなのだろうか――。

 保安官がメモ帳をパン、と閉じる。


「お疲れさん。後日なにか確認で連絡があるかもしれないが、今日は忘れてゆっくり休みなさい」

 おずおずと頷くと、保安官はまなじりを緩めて肩を叩き、静かに去っていった。

 

 聴取から解放されると、頭上では、州警察のヘリが低く旋回し始めていた。SWATの車両が次々と到着し、隊員たちが無言で装備を整えていく。

 

 大変なことになってしまった。

 

 映画のようなどこか浮世離れした情景に、心は逆に凪いでいく。

 マルティンは聴取が長引いているようだ。飛び入りながらも、無線での活躍といい、サブリーダーのような役割をこなしていた彼には確認すべきことが多いのだろう。所在の無い万里奈は、林道の端にへばりつくように小さくなって腰を降ろした。

 

 すると、町の方角の林道がわずかに騒がしくなる。こちらに向かってくる車を、押し止めるように数人の保安官が取り囲んだ。

 警察車両ではない。見慣れた4WDだった。

 

 まさか。

 

 気づけば立ち上がり、もつれる足に舌打ちをしながら駆けだした。

 霧にけぶる車体が近づくにつれて、運転席の顔が見えてきた。


「サイラス!」


 サイラスも万里奈の姿を見とめた瞬間、すぐに車を停めて駆け寄ってきた。保安官達は彼を制したが、万里奈の存在に気づくと、肩をすくめてちりぢりに去っていった。


 「マリナ! よかった、無事だったんだな」

 

 サイラスが、顔をくしゃくしゃにして力強く万里奈を抱きしめる。


「ったく、メッセージだけ寄こして、そのあと何度かけても電波が繋がらないもんだから、生きた心地がしなかったぞ」


 万が一を考えて、電波がつながる町でサイラスにメッセージを送っていたことを思い出す。まさか、ここまで来るとは。

 予想外のサイラスの登場に狼狽し、抱きしめられたまま立ち尽くした。


「……心配かけて、ごめんなさい」

「ほんとだよ。いったいなんの騒ぎなんだ、これは」


 体をはなしたサイラスが周囲を見渡す。


「ジャオ・リンの両親が、銃撃にあって……それで」


 視界が、急にぼやけた。

 今日あったこと。あの日から始まった日々。すべてが綯い交ぜなってこぼれていく。


「私の、せいかも」


 サイラスが息を呑みこむ音がする。もう一度抱き寄せられ、頭にキスをされた。


「……そんなこというなよ、君は頑張ったんだろ」


 ちがう。

 心はそう否定する。だが、しょうこりもなく目の前の腕を利用する自分は、嫌気がさすほどに浅ましく、罪深い。 

 サイラスのシャツをしとどに濡らした頃だった。


「万里奈」


 背中に、日本語の発音がささる。

 サイラスもその声に反応して抱擁を解いた。


「……聴取、長かったね。お疲れ様」

「ああ、そっちも――僕はお役御免かな」


 肩に回るサイラスの手が、わずかに強張る。


「よかったな、優しい恋人が迎えにきてくれて」


 何か含みのある言い方だと思ってしまうのは、うがった考えか。


「うん、良かった。……サイラス。こちらはマルティン。地元のハンターで、今日はいろいろと助けてくれたの」

「サイラスだ。世話になったな」

「どうも」

 

 二人は握手を交わす。サイラスにしては珍しく声が固かった。

 男たちの視線は直ぐに外された。


「特殊部隊、突入したな」と、マルティンが森の奥に目をやる。気づけば確かに、林道に居る人の数がごっそりと減っていた。


「夫妻が無事だといいけど」

 

 万里奈のつぶやきに、マルティンは沈黙を選んだようだった。


「……ところで、二人はどうするんだ? もう帰宅は許されてるんだろ」

 

 そう問われて、サイラスと顔を見合わす。


「私は、夫妻の安否がわかるまでここにいたい。サイラス、今日は友達と集まるんじゃなかったの?」

「馬鹿言うなよ。君を置いて帰れるもんか」

 

 そんな二人の様子を見てか、マルティンがかすかに笑い声を漏らす。


「僕も残るよ。乗りかかった船だ。――なあ、いったん町に降りて飯でも食わないか」

 

 飯?

 この三人で?


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