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13.処理② 再びあの森へ

 エイミーの運転で、車は静かに走っていた。

 

 法定速度を守り、事故を起こさないよう慎重に進んでいる。

 彼女のハンドルを握る手は、がちがちに固まっていた。自分の命運を他人に握らせている万里奈は、それ以上に緊張している。


 山中に置いてきた白いバンのことを思い返す。何か見落としはなかったか。考えるほどに不安が膨らむ。触れた箇所の指紋は拭き取った。車載カメラのSDカードも抜いた。地面に染みたリックの血も、土ごと削って谷にばらまいた。

 

 それでも、足りている保証はない。

 

 だが、あの場に留まり続けるわけにもいかなかった。毎晩、母とビデオ通話をしている。夜までに寮へ戻らなければ、不審に思われるだろう。


 いま車は299号線を走っている。

 ジャオ・リン夫妻とこの道を走ったのも、もう遠い話のようだった。

 

 途中でアウトドアショップに立ち寄り、トレイルウェア一式と鍔の広い帽子を買った。監視カメラ対策にその帽子を被り、また別の店でスコップ二本と手押し車を購入した。勿論、支払いは現金だ。

 二人分を買いそろえるのは手痛い出費となったが、山中でもし人と遭遇した時に、私服では怪しまれる。必要経費だと割り切った。


「マ、マリナ……ごめんね」


 山間を渡す大きな橋に差しかかったとき、エイミーがぽつりと口を開いた。

 万里奈は、わずかに眉を上げる。


 「わ、私、自分がやろうとしてたこと、よく考えてなかった」


 ハンドルを握る手が、さらに強くこわばる。


「リ、リックに言われるまま、し、思考停止してたんだと思う」

 

 その通りだと思った。そして今も、彼女はたいして変わっていない。けれどそれは口にしなかった。


「許せはしないけど、分かるよ。彼が好きだったんでしょ」

 

 エイミーは一瞬、口をつぐんだ。


「す、好きだったのかな……よく、わからない」

「どうして?」

「は、はじめての恋人だったし、私、必死だった。農園の事件のことを打ち明けられて、助けてくれって頼られて、いい気になってた」

「……大きな秘密を明かされて、嬉しくなっちゃった?」


 エイミーが目をぱっと煌めかせた。


「そ、そう。そうなの。わたしは特別なんだって、リックの周りにいる他の女とは違うんだって、……そう、思っちゃったの」

 

 声が小さくなっていった。


「……馬鹿みたいだよね」

「……しょうがないよ、リックが悪い」


 承認欲求と優越感は人を狂わせる。エイミーを操るのは容易かっただろう。


「マ、マリナの彼氏は、やさしそうでいいな」

 

 エイミーが口調を変えて、話題を逸らす。サイラスはしょっちゅう泊まりに来てるから、顔を覚えられているらしい。

 

 ここはひとつ、自分も彼女を特別にしてあげようと思った。


「やさしいけど、それだけだよ。別に好きじゃない」

 

 彼女がきょとんとする。


「……実はね、グリーンカードが目当てなの」

「え、ええ、え?」


 エイミーの声が上擦る。その顔には奇妙な興奮が浮かんでいた。

 万里奈は指を立てて、ほほ笑む。


「内緒、ね?」

 

 ***

 

 今日のような日に限って、霧が薄らぎ視界が開けているのは、いったいどういう天の配剤なのだろうか。

 時刻は十七時を回ったところ。

 万里奈達はスマホで地図を開き、できるだけ人里離れた林道を選んで進んでいた。霧に覆われていないぶん、まるで裸で街中を歩いているような心許なさがある。


 「こ、ここまでで、いいかな」

 

 やがて林道が途切れた。ここまで来るまでに、すれ違う車は一台もなかった。

 人は来ない。そう、信じるしかなかった。

 エイミーと顔を見合わせ頷き合う。二人同時に車を降りた。

 

 後部座席から手押し車を引き出す。前に一つだけタイヤがついた、長い取っ手のある鉄製の荷台。巨大なスコップのような形をしている。

 エイミーは二本のスコップを抱えたまま、トランクの前で立ち尽くしている。

 

 そこに、リックがいる。

 

 万里奈はトランクを開ける前に、林道の奥へ視線を走らせる。誰もいないことを確認してから、取っ手に手をかけた。


 ガチャ。


 開けた瞬間、腕がだらりと車外に垂れた。思わず息を呑む。立ちのぼる血の臭いに、喉が詰まりそうになる。エイミーも同じ反応だった。

 トランクに片足を突っ込むと、リックの脇の下に腕を差し込む。


「エイミー、脚」


 エイミーがはっとして動く。脚を掴み、自分の体に固定する。その動きは、山で死体をトランクに運び込んだときよりも、ずっとスムーズだ。

 彼女と目を合わせる。

「スリーでいくよ。ワン……ツー……スリー!」


 砂袋のような重みが腕に伝わる。

 ずり落ちそうになる体を腰で支えながら、トランクから引きずりだす。


「頭、取っ手のほう」「おしりからのせて」


 エイミーに指示を飛ばしながら、どうにか手押し車に乗せた。

 両手足と頭が荷台からぶら下がったままのリックは、妙に間抜けに見えた。エイミーはどこか遠い目をして、それを見ていた。

 彼女の視線から隠すように、買っておいたポリエチレンシートを荷台にかける。


「行こう」

 

 そうして、万里奈達は深い森へ足を踏み入れた。

 



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