12.処理① エイミー
エイミーの後ろに控える車を見て、万里奈は状況を把握した。
盗難車を、移動する役目か。
万里奈はリックの体からナイフを引き抜いた。使う気はない。念のためだ。
エイミーは血の気の引いた顔で、口を手で覆っていた。
万里奈はナイフを背中のカバーに収めると、口を開いた。
「エイミー」
彼女の体がバネ人形のように跳ね、半歩退く。両手を前に広げて、彼女に見せる。
「大丈夫、あなたを傷つけない」
彼女に向けた言葉の形で、自分に言い聞かせる。
「リ、リ、リック、死んじゃったの……?」
エイミーは追い詰められた小動物のように、呼吸を浅くして震えている。
「たぶん。……仕方なかった」
「やだ!」
弾かれたように駆け寄り、リックの体を揺さぶる。力が返ってこないとわかると、ひっと息を吸って手を離した。
「け、警察……救急車」
ポケットに伸ばす手を、咄嗟に掴む。こちらを見たエイミーの目に涙はなく、ただ、置き去りにされたような目をしていた。
「警察はだめ。救急車も」
「で、でででも、殺人だよ? リック、死んじゃったんだよ?」
「そうだね。でも、あなたも捕まる」
その言葉に、彼女の目が大きく揺れる。
「自分たちがやったこと、わかってるでしょ?」
視線が落ち、まるで地面に答えでも書いてあるかのようにうろうろと彷徨った。
その目線が上を向き、すがるようにして万里奈を見た。
「……じゃ、じゃあ、どうすれば、いいの?」
それを、人に聞くのか。思わず溜息を飲み込んだ。
エイミーから視線を外さないように、慎重に言葉を選ぶ。彼女を安心させ、導いて、逃げられないようにしなくては。
「エイミー。あなたは巻き込まれただけ」
彼女の背をやさしく撫でる。強張った体が、少しずつほどけていく。
「でも、やったことの責任は取らなくちゃ」
その背がぴん、と伸びた。彼女の瞳が揺れる。
いいよ。今度はわたしがあなたの糸を引いてあげる。
「死体を、隠そう」
***
そうは言ったものの、万里奈は途方に暮れていた。
死体がなければ殺人事件にならない。捜査の手も鈍る。それは過去の経験からわかっていたので、間違いではない。
だが、以前と明らかに違うのは、その計画性のなさだ。遠い昔に犯した殺人はいま思えば粗だらけだったが、それでも時間だけはあった。
でもいまは違う。この先の処理を、いまこの瞬間に決めなくてはならない。
このまま山中に埋めるのが最善だ。だが道具がない。かといって死体を放置して買い出しに行くのも危険だ。どちらかを残すのも論外――エイミーが途中で通報する可能性がある。
「ねえ。この白いバン、誰の車?」
車を替えるってことは、足の着く車なのか。
エイミーは心ここにあらずといった顔で答える。
「リ、リックのお兄さんの……仕事用の車」
「そう。あなたが乗ってきたのは、盗難車なんでしょ?」
「う、うん。ナンバープレートもいじってるって……」
なら盗難車は放置だ。問題は、リックと、白いバン。
帰る手段も考えなくてはならない。タクシーは使えない。人の目に触れるのは得策ではないと思えた。
こり、
気づいたら爪を噛んでいた。口中に広がる血の味に気づき、唾をぺっと吐き出した。苛立ちのままに髪をかきあげる。
リックの家族だ。彼の家族の気持ちになって考えよう。
リックが行方不明になる。兄の車も消えている。
きっと車両追跡くらいはされるだろう。この国にも、日本のNシステムのような、ナンバー追跡装置は道路に張り巡らされている。バンが最後に確認された地点から、同心円状に捜索される。この山も捜索範囲に加わるだろう。
なら白いバンは、囮だ。
ここに置いていく。見え透いているが、でも他に手はない。
万里奈は振り返って、盗難車両をみる。薄いブルーのありふれたセダン。あれでリックの死体を運び、道具を購入してどこかの山中に埋める。もうそれしかないように思えた。
実際のところ、偽造ナンバーなら安心とは言い切れなかった。
でも完全犯罪なんて、どこにも存在しない。万里奈が、一番それをよく理解している。
胎を決めると、エイミーに話しかけた。
「エイミー、わたしのバッグは?」
「あ、あるよ。あ、でもスマホは……壊しちゃった」
「分かってる。あそこに置き去りじゃないならいい。あの時、周りに人はいなかった? 監視カメラがないところを選んだんでしょ?」
「う、うん。誰にも見られてないと思う。し、し、しばらく様子みてたけど、誰も寄ってこなかったし……」
「ならいい」
そう言って、リックのポケットからスマホを取り出す。近くに転がっていた石を拾い、何度も打ち付けた。画面がひび割れ、やがて粉々に砕けていく。情報を読み取れないよう、磨り潰すように叩き続けた。
満足すると、谷に向けて投げ捨てた。草が擦れる軽い音を立てながら、斜面に転がっていく。
「今回の計画、リックとはメッセージでやり取りしてた?」
エイミーは恐ろしいものを見る目でこちらを見ていた。
「だ、だだ大丈夫。全部、電話。リックが、そうしろって……」
「よし」
万里奈は一度だけ頷く。
「エイミー、よく聞いて。今から盗難車にリックを積んで、別の山中に埋めに行く」
エイミーが壊れた人形みたいに何度も頷いた。
「わたしは地元の人間じゃないし適した場所が分からない。エイミー、心当たりはある?」
「や、山の深さで言ったら……シ、シックスリヴァー、だけど……」
「シックスリヴァー? あそこは事件があったばかりじゃない」
そう言いながら、考える。
あそこは、富士の樹海が点に思えるほど広い。事件の現場は、その中のごく小さな一点にすぎない。林道も蜘蛛の巣のように枝分かれし、車で奥まで入れる。人目にもつきにくい。なにより、一度その森に足を踏み入れた経験が、その考えを後押しした。
――案外、悪くないかもしれない。
脳裏に一瞬、マルティンの影がちらついた。かぶりを振って、それを追い払う。
エイミーをみる。
「シックスリヴァー。いいと思う」
エイミーは褒められた子供みたいに、顔をほころばせた。




