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第6話 そのメイドはねだりたい——

ジルベルトに連絡をしてからものの数分。俺の部屋のドアが叩かれた——


——コンコンッ……


控えめな音が部屋に響き、次いで優しげな女性の声色が続く。


「ゼノン様……お呼びでしょうか?」

「ああ、クロエ……入ってくれ……」

「かしこまりました、失礼いたします……」


扉がゆっくりと開いてゆくと、廊下の空気と共に、甘く妖艶な香りが部屋に舞い込む。まるで柔らかい花の匂いが一滴落ちるみたいに。


入ってきたのは、艷やかな長い黒髪をポニーテールにした、どこか気品ある顔立ちの王道メイド姿の女性——俺の従者の一人でメイド長のクロエだ。


背筋の通った歩き方に無駄のない優雅な所作。

軽い足音に反して重心がブレず、鍛えられた身体の気配が制服の下からでもわかる。

そして、その高貴な見た目からは想像できない、メイド服でも隠しきれないほどに膨らんだ胸元。

爆乳という表現が正しいのだろう。

その大きさには、いまだに目のやり場に困ってしまう俺がいる。

今まで会った女性の中で、誰よりも大きい。


そんな彼女が、一歩、部屋の中へ足を踏み入れた瞬間。

視線が自然に部屋の隅へ吸い寄せられ——そして、完全に固まった。


「え゛っ!?……ちょっ……ちょっとゼノン様!?こっ、この状況はどういうことでして!?」


驚愕で声がひっくり返り、すました表情が一枚剥がれる。

無理もない。魔王の自室にある怪しい拘束台に、勇者が両手に手枷を掛けられ吊るされていればそうなる。

唯一の救いはルーナがまだ鎧を纏い、服が一切破れていないことだ。

俺は潔白という証明になる。たぶん。


「いやっ、むしろ俺が聞きたいんだけど……なんかこうなってた……」


俺は両手を上げて無実を主張する。

視線を動かしちらりとルーナを見ると、吊られたまま頬を赤くしつつ、なぜか勝ち誇ったような目をしているのがマジで腹立つ。

私は魔王にヤラれたと言わんばかりに……何をとはいわないが。


「ルミナ様とは色々あったと聞いておりましたけれども……流石にヤること早すぎませんことっ!?出会ったその日に即パコですの!?わたくしというものがありながら……わたくしでもこんな事されたことありませんのにっ!?」


……おい待てクロエ、そのノリはいけない……しかも“わたくしというもの”ってなんだ……。

案の定、ルーナの声が低くなる。


「《《わたくしというもの》》がありながら?ふーーん……こんな事《《以外》》はしてるってわけ……?ほーーーん…………」

「ルーナ!?誤解するなって!俺とクロエはそんなんじゃないからな!?てかクロエもいつものノリは辞めてくれっ!」


先に言わせて。俺はそんな事一切してないから。部下に手を出すとかありえないから。

クロエはどうにもおふざけがすぎるというか……そういうノリで俺に接してくるのだ。普段から。


「なんですのいつものノリって?わたくし、そんなの知りませんことよ?」

「クロエっ!?お前なぁ……」


クロエは涼しい顔で首を傾げてみせた。

この女、わかっててやってる。この状況を楽しんでる節がある。


俺は一度深呼吸して焦りを沈め、話を現実に戻した。

いまはそれどころじゃない。


「まあ、とりあえず……クロエ、お前を呼んだのはこの魔道具の手錠?手枷?の外し方とかを聞きたかったからなんだけど……わかるか?」


なぜこれをクロエに聞いたかと言えば、こういう魔道具の類や、宝物庫の物品の管理をすベて彼女にお願いしているからにほかならない。

把握しているとすれば、彼女しかいないのだ。


クロエは一歩拘束台へ近づき、『はじめましてルミナ様、私クロエと申します。ちょっと失礼しますわ』と軽くルーナと挨拶を交わしてから、手錠とルーナを交互に見てサラッと一言。


「これは確か……専用の鍵があれば簡単に開きますわよ?」

「ふぅぅぅ……よかった。それで、その鍵はどこにあるかわかるか?全部クロエが管理してるだろ?こういうの……」


安堵に包まれ、思わずため息が漏れていた。

そんな俺を見つめていたクロエは、ふと口元に指を当て、わざとらしく天井を見上げるフリをしはじめた。


「そうですねぇ…………どこにあったんでしたかしら?う〜ん……ゼノン様がなにか後でご褒美をくださるなら思い出せる気もするんですけれど……」

「……クロエ…………お前なぁ……」


マジで頭痛がしてきた。

今日は俺にとって勇、者にヤラれて生まれ変わる最高の日になるはずだったのに、むしろ厄日になってしまっている。

だが、クロエはここで引く女ではない……それは嫌ってほど俺はわかっている。


「いいんですのよ?わたくしは別にルミナ様がこのままずっとその状態だったとしても……むしろその方が好都合ですわ?ゼノン様を独り占めできますもの……」


……さらっと物騒なことを言うな……ほんとに……。

でもココは折れるしかない。


「……わかったよクロエ……何が欲しい……?」


俺が折れるとクロエの瞳が光を強め、嬉しそうに細まった。

こうやって俺はいつも彼女に負けるのだ。魔王?そんなの肩書だけ。


「良かったですわ、ゼノン様が物わかりがよろしくって♡そうですわねぇ……じゃあ……夜伽1回でいいですわよ♡(自主規制)付きで♡」

「ブッ!?……バカやろうっ!そんなんダメに決まってんだろ!?」


俺はその一言に盛大に噴きだしていた。でも、これはクロエの通常運転。

ルーナも大概だがコイツもだいぶヤバい。だからルーナに再び会った時、彼女の秘めたヤバさに気づいたんだ。


一瞬、ルーナの呼吸が止まった気配がしたのも、気のせいにしたい。


「本当にゼノン様はお硬い方なんですから……まあ、そこが素敵なんですけれど♡じゃあ、わたくしをぎゅ〜ってするので手を打ちましょうか?5分間……」

「……いや、1分までだ」

「……それなら思い出すのやめちゃおうかしらぁ〜……」

「くっ……じゃあ3分……」

「う〜〜ん……まあいいですわ♡じゃあそれで……」


言質を取った、と言わんばかりの微笑を浮かべるクロエ。

完全に負けた。が、せめてもの抵抗だけはした。そこは褒めてほしい。


「…………ゼノの浮気者っ……女たらし……ばかっ……」


俺の背後からぼそっと言うルーナの声が刺さる。ちょっと胸が痛い。

でもルーナ、マジでそういうのじゃないんだって……。

弁解したくてもこの状況じゃ無理がある。まずは事態を収めてからちゃんと話そうと思う。


「それじゃ、わたくしは宝物庫にこの魔道具の鍵を探しに行ってまいりますわ……」

「ああ、頼む……クロエ……」


クロエは優雅に一礼し、なぜかルーナの方を見つめてニコッと笑うと踵を返す。

その背中には確かに勝者の余裕が漂っていた。


「では後ほど……」


そう言ってクロエが扉へ向かった、その瞬間。

ルーナの声が急に色を変えた。それは本当の驚きの声。


「ああっ!やっと思い出したっ!」


流石にその声のトーンに驚いてしまい、俺とクロエの動きが同時に止まる。

しかしルーナはそんな事を気にせず、吊られたまま身を乗り出すようにして叫んだ。

その声色はこころなしか勇者に戻っている。


「あなたは……もしかしてランドリア貴族、アーテル家のクロエお嬢様ではありませんかっ!?髪色が黒くなっていたから気づきませんでしたが……生きていてらしたのですか!?」


その一言に、この部屋の空気がすっと冷えた。

クロエの背中がほんの僅かに強張る。

けれど彼女は振り返らずに、声だけを低く整えた。


「…………どなたですか、その方は?そんな方、知りませんことよ?」

「いやっ……そんなはずない、確かに私はこの地方に派遣された時、要人一覧で見たんです……確か盗賊に襲われ、皆亡くなったと聞いていましたが……」


食い下がったルーナに、俺の喉がきゅっと縮む。

しかしクロエはなおも冷たく、丁寧な口調で言い切る。


「なんのことですの、ルミナ様?人違いですわよ?わたくしはゼノン様の身の回りのお世話をさせていただくメイド長のクロエですわ……」

「そっ……そんなはずはっ……」


これ以上はいけない。たとえそれがルーナの善意でも……。

俺は一歩前に出て、わざと低い声でルーナを制する。


「ルーナっ!…………それ以上は……やめてやれ。クロエは俺の部下のメイドだ……それ以外の何者でもない……」


言葉にした瞬間、ルーナの目が小さく揺れる。

たぶん気づいたんだろう。俺とクロエとの間にある何かを。


「ゼノ…………」


ルーナは俺とクロエを交互に見つめた後、唇を噛み、やがて小さく頭を下げてクロエに声を掛けた。


「ごっ、ごめんなさいクロエ……私の勘違いだったみたいね……」


クロエは言葉を受け、数拍遅れてようやく振り返った。

表情は微笑のまま。けれど、目の奥が少しだけ柔らかい。


「…………いいんですのよルミナ様、人は誰しも間違うものですわ……」


どうにか空気に温度が戻り始めた。

俺はその場の空気がまた壊れないうちに、話を元へ戻してクロエを送り出した。


「すまないなクロエ、引き止めて……それじゃ、鍵の件頼むぞ?」

「ええ、お任せ下さい。その代わり……ぎゅ〜の事、お忘れなく♡」

「ああ、わかったよ……覚えておく」


クロエは最後に一度だけ俺を見て、意味ありげに微笑むと、扉の外へ消えていった。

残ったのは拘束台に吊られた勇者と、色々な心労が溜まった魔王。


——そして、ルーナの目に残った俺への疑いの火種……。


たぶん、その手錠の鍵が見つかるまでのこれからの時間が、今日いちばん長くなるかもしれない——


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