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第7話 その魔王は探りたい——

クロエが鍵を探しに行ってからしばらくの間、俺は室内を歩き回り、使いやすそうな椅子を探していた。

拘束台に吊られたままのルーナを立たせておくのも不憫で、せめて座れるようにしてあげたかったからだ——


あのまま吊られっぱなしはどう考えても拷問だ。

本人は『ご褒美』とか言いそうだが、俺の良心が許さない。

そして探しまわった結果……部屋の隅に置いてあったホコリまみれの簡素な1対の椅子を見つけた俺は、それの埃を払って引きずってゆき、片方をルーナの下へそっと滑り込ませた。


「ほらっルーナ。立ってるの疲れるだろ?少し汚れてるけど、これに座ってくれ」

「あっ、ありがと……ゼノ」


ルーナは一瞬目を瞬かせた後、少しだけ頬を赤くして椅子へ腰を下ろす。

一方俺も、もう一脚の椅子を目の前に置くとそれに腰を下ろし、同じ高さで真正面から彼女と向き合った。


「ふぅぅ、これでやっと落ち着いて話せるな。それで……だ。」


口に出してみてすぐに気づく。落ち着いては正直。嘘。

目の前に十年ぶりに再会した想い人がいて、その人が両手を上げたまま手錠に繋がれ、妙に絵になる姿勢を保っているという時点で、落ち着けるわけがない。


けれど、聞きたいことは山程あるわけで……。

ここで色々整理しておかないと、また邪魔が入ってなぁなぁになるのも癪だし。


「ルーナ、聞いてもいいか?色々と……」


俺は息を整え、なるべく穏やかにルーナに声を掛けた。

その言葉を聞いた次の瞬間——ルーナの顔がぱっと赤く染まる。


「くっ、魔王め……尋問かっ!!わっ……私は何も喋らんぞっ!たとえこの身を犯され堕とされようとも、心まではお前の自由にはならん!」


……あ、こいつ、もしかして……。

たぶん勇者の役に入ると、この口調になるみたいだ。さっきもそうだったし。

しかも無駄に格好いい感じで、卑猥な言葉をしれっと混ぜてくるのが本当に厄介。


「……おっけおっけ、わかったから。心まで堕ちないのね。ルーナ、今真面目な話しようとしてるから……」


つい呆れてしまい、思わず額を押さえながらため息を一つ。

そんな俺が気に入らないのか、ルーナの頬が膨らむ。


「んんっ!ゼノのケチっ!こんな経験はもう一生出来ないかもしれないのに、少しくらい魔王っぽい感じで接してくれてもいいじゃない!このクソ真面目魔王っ!」

「……お前なぁ……」


言い返したいことは沢山ある。

が、ここで口喧嘩しても俺の頭痛の種が増えるだけだ。

だから俺はルーナを真正面から見つめ、ある作戦を決行した。

それは……取引——


「じゃあルーナ、こうしよう。俺の質問にちゃんと答えてくれたら、この後ルーナのやりたい事にも協力してやるってのはどうだ?」

「えっ!?いいのゼノ!?ホントっ!?ホントにっ!?」


まるで子犬だ。尻尾でも付いてるのかってくらい声が弾んでいる

目がきらきらして、子どもの頃のルーナがそのまま戻ってきたみたいだった。


「ああ……まあ、限度はあるからな?」

「うんっ、それでいいからっ!……やたっ!」


素直に喜ぶルーナに、俺はもう一度ため息を吐いた。

クロエに続き、負けた気分だ。

でも、こういうとこが昔から変わらない。

ルーナは真っ直ぐで、なにをやるにも真剣で、欲しいものが見えると一直線だった。

込み上げる懐かさしさを胸に、俺は一度咳払いをして声を整えると、慎重に口を開く。


「じゃ、気を取り直して……ルーナ。単刀直入に聞くけど……お前、なんで俺を斬らなかった?なんで斬撃を、わざと外したんだ?」


その質問はシビアで、どうしても避けて通れないないものだった。

言い終えた瞬間、空気が目に見えて変わる、

さっきまで部屋に漂っていた軽さがすっと引いていき、体感温度だけが一段落ちたみたいに。


俺の質問を受けたルーナはいったん視線を落とし、小さく息を吸って言葉を探していた。


「やっぱ気づいてたんだ、ゼノ…………斬れるわけないじゃない、あなたのこと……」

「なんでだよ……お前は勇者だろ。仕事じゃないのか、俺を討つのが……」


……どの口が言うんだ。俺だってルーナを傷つけることなんて出来ない。だからルーナにヤラれようとしてたのに……。


ルーナはゆっくり顔を上げてゆく。

魔法灯の淡い光が彼女の端正な顔を縁取り、悲しげに輝く翠眼が、まっすぐ俺を射抜く。


「なんでって……あなたは魔王だとしても、ゼノなのよ。私の幼馴染で、許婚で……そんな人を斬るなんて、私にはできないわ……」


その一言に胸の奥が熱くなり、同時に現実が脳裏をかすめる。

俺はそのまま言葉を続けた。なぜか、聞かずにはいられなかった。


「でも……もし俺が、ルーナの事をこうやって捕えずに襲いかかってたら。どうするつもりだったんだよ?」


残酷な質問。

それにルーナは一瞬だけ口を噤み、静かに言った。


「その時は……潔く死ぬつもりだったわ。ゼノに殺されるなら本望よ。こんな世界、生きてても仕方ないもの……あなたと敵同士の世界なんて……」

「……ルーナ……お前……」


喉の奥が詰まったみたいに、言葉が続かない。

それは愛情で、絶望で——同時に彼女の危うさそのものだった。

俺の知らない十年が、彼女の心にこんな刃を仕込んでたなんて……。


でもルーナは続けた。今度は、ほんの少しだけ笑って。


「でも私、なんとなくわかってたの。ゼノなら私の意図、わかってくれるって。私を捕えてくれるって……ゼノは、あの頃のままだって……」

「意図か……」


俺は眉を寄せた。

ルーナの誘導はずっと感じていた。どうにか捕われる方へ向けてくる、あの不自然さ。

でも、これだけははっきりさせておきたい。俺の部下を守るためにも。今の俺には、責任があるから。


「お前、やっぱ俺に捕まるのが目的だったんだな?なんでだ?潜入任務でもあるのか?」

「潜入任務?そんなのないわ……これは全部、私の独断でやったことよ……」

「じゃあ俺に捕らわれた後、どうするつもりだったんだ?」


問いを重ねる俺にルーナは少しだけ困った顔をして、それから照れたように目を逸らし肩をすくめてみせる。


「それは……ゼノと一緒に考えればいいかなって。たぶん、私たちならどうにかなるって、なんとなく思ってたの。……まあ、その過程でゼノとか他の人に拷問とかされたら……それはそれで経験として、いいかなって……」

「真面目に話してんのに、お前時々そういうの混ぜてくるな……」


思わずツッコむ。

その瞬間だけ、二人の間の空気が少し軽くなった気がした。


「だって、興味あるんだもん……いいじゃない妄想するくらい、悪い?」

「いや、悪くはないけどさ……」


俺が言い終えるより先に、ルーナの瞳がぱっと光った。

刹那、急に話の舵を切った彼女。


「じゃあ今度は私が質問する番ねっ!」

「おいっ!?急になんだよっ!?」


あまりの鮮やかさに、まんまと話題が変えられてしまう。

たぶん俺がルーナの思惑を聞いたのと同じように、今度は俺の思惑を聞かれるんだろう。

だって敵同士なのに、こんなにもルーナを丁重に扱っているんだから。


そう身構えた。……が、その予想はあっさり裏切られた。


「ねえ、ゼノ……」


ルーナは妙に小さな声で俺の名前を呼び……一度だけ唇を噛んでから、まるで恐る恐る針を刺すみたいに、言葉を落とした。


「あの、ゼノはさ……そのっ……クロエとはもう……えっちしちゃったの……?」



「………………はぁ?………………」


素っ頓狂な声が勝手に漏れ出していた。

完全に不意打ちだ。そんな話を振ってくるとは流石に思わなかった。この雰囲気で。


「だって、なんか凄く親密そうだったし……クロエってすっごく綺麗だし、可愛いし、おっぱいも私よりおっきいし……ジルベルトだっけ?あの執事の人もなんか、クロエの服装とか聞くの手慣れてたし……」


嫉妬が混ざったその声色。わかりやすすぎて逆に胸がきゅっとなる。

だから俺は全力で否定した。だって本当のことだから。


「ばっ……バカっ!するわけないだろ!?あれは誤解だって!!クロエは部下なんだぞ!?上司と部下がそんな関係になったら色々と職場的に問題があるだろ!?」

「でも、王っていうからには……そういうのするのかなって……」

「しねぇよ!魔王って言っても、やってることはほぼ管理職だわっ!」


言い切った後、ルーナの表情がふわっとほどけた。

緊張が解けたみたいに、頬の赤みが少しだけ柔らかくなる。


「ふふっ、そっか……安心した……まだ私の場所……残ってたんだ……」


それは純粋な……誰よりも可愛い笑顔だった。

十年ぶりに見た、俺だけが知ってる顔。


「ルーナ……」


俺が名前を呼びかけたその瞬間——

甘い空気を割くように、扉からノックの音が響く。


——コンコンッ……


「ゼノン様……おまたせ致しました……」


その言葉で部屋の空気が中和され、俺たちだけの会話は中断された。

少しの名残惜しさを残して——



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