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第3話 その勇者は吐き出したい——

俺はルーナを抱いて自室へ一歩、足を踏み入れた——


細かな装飾が施された壁が囲む、広い空間。

その壁際に、丁寧にベッドメイクされた豪華で大きなベッドが鎮座している。

艶のある手の込んだ木製の柱に綺羅びやかな金の刺繍の天蓋、ふかりと沈む分厚い清潔な寝具。その全てが権力を主張しているかのようだ。


部屋の中央には、大理石で出来た丸い石造りのテーブルと皮張りの荘厳な大きな椅子が二つ。

そんな空間を格式だけは妙に高そうな調度品の数々が彩り、ここが辺境の小さな田舎の城だなんて、初見なら誰も信じないだろう。


ただ一つ残念なのは、その雰囲気に決定的に似合わない異物が、部屋の隅に並んでいる事だ。

それは怪しげな魔道具たち。

見るだけで背筋がひゅっと冷えるような、悪趣味の展示会みたいな一角がそこにある。


これらは全てここの前の城主……前任の魔王の置き土産だった。


有数の魔道具コレクターだった彼は、とにかく色々な物を集めては宝物庫にしまい込み、それでも溢れてしまった大きな魔道具の一部を自室に置いていた。


そんな彼は、俺がこのランドリア地方の新しい魔王として着任してすぐの頃、病に倒れその命を落とした。

亡くなる直前、震える手で俺の袖を掴みながら『すべて託す、頼むぞ……』と言った顔が、いまも脳裏に焼きついている。

それ故に捨てることはどうにも憚られて、こうなっているというわけだ。


しかも、皮肉にも彼のコレクションの中にあったのが偽死の秘薬だったわけで、彼には返せないほどの恩もある。

あれがなければ俺の計画の最後の一手が成立しないのだから。


俺はいまだお姫様抱っこをしていたルーナを、そっとテーブルに備え付けられた大きな革張りの椅子へ下ろした。

鎧の金具が小さく鳴り、彼女の体温が腕からすっと離れていく。

その名残みたいに手のひらが熱い。


「よいしょ……大丈夫かルーナ。座れるか?」

「だっ……大丈夫に決まってるだろっ……バカにするなっ!」

「そっか。そうだよな……悪い」


どこか恥ずかしそうな、バツが悪そうな表情で頬を赤らめ椅子に座ったルーナは、俺から視線を逸らして辺りを眺めている。

俺はそんな彼女の前にテーブルを挟んで腰を下ろすと、彼女を真正面から見つめた。


やはり昔と変わらず美人だ。目尻の角度も、眉の癖も、口元の強がりも。

ちょっと口調が変わったが……。


でも、今はそんなことを気にするより、聞きたいことが山程ある。

特に彼女が俺を切らず、あえて捕えられた理由は早急に知っておきたい。


そう考えて口を開こうとした時、辺りを見回していたルーナが先に声を上げた。


「ちょっと……これがお前の部屋なのかっ!?……こんないやらしい所に私を連れ込んでなにするつもりだっ!」

「なにって、話すだけだけど……?」


「話すだけっ!?そっ、そんなわけないだろ!?あっ、あんなに大っきくて、なんでも出来そうなスケベなベッドもあるし……ああっ!しかもあの端っこにある悪趣味な拷問器具はなんだっ!?もっ、もしかして……あれで私をめちゃくちゃにする気かっ!?身体を拘束して……それで身体の隅々まで調べられて……(自主規制)に(自主規制)を(自主規制)されたりなんかして朝まで放置されたりっ……この変態っ!鬼畜っ!!……じゅるっ♡」


……いやだから、今なんてっ?! これ健全なラノベだぞっ!?書けねぇよそんなの!何だよこの字面っ!?


どうにもさっきから落ち着かず、様子もおかしいルーナに眉を潜める。


彼女の熱い視線の先にあったのは、前任の魔王が残した魔道具の一つ。

X型に組まれた木の板の先端の両端に金属の丸い輪っか……要するに手錠や足枷がぶら下がっていて、その輪っかに両手足を通して固定すれば、あっという間に四肢を拘束が出来ちゃうスグレモノ……。


所謂、X型の拘束台だ。それも魔法の。


……なんでそんなものを自室に置くんだよ。

と思いながらも、俺は文字通り頭を抱えながら弁明する他なかった。

最近ではあまりに日常に馴染みすぎていて忘れていたが、流石にあれはマズい。


「あっ、あれはだなぁ……俺のじゃなくて前の魔王のだからな!?勘違いしないでくれよっ!?俺があんなの使うわけないだろルーナ。お前ならわかるだろ?付き合い長いんだから……それとそのわざとらしい口調、どうにかならないか?ちょっと、話しにくいんだけど……」


つい口をついて出た俺のデリカシーのない一言が、ルーナの中の何かに触れてしまったのかもしれない。

彼女は何かに動かされるように、勢いよく俺に反論してきた。


「そっ、そんなのわからないじゃないっ!あなたは魔王なのよ!?それで私はそんなあなたを討ちに来て、しくじって捕まった勇者……私たち、敵同士なのよっ!?すぐに信用なんて出来るわけないじゃないっ!」


「それは、そうだけど……」


「しかも……私たち10年間一度も会わなかったのよ!?幼馴染なのにっ……ううん。許婚だったのにっ!連絡だって一切なし!10年よ!?……もちろん、これはあなただけのせいじゃないし、事情ってのがあるのはわかってるけど……」


悲しげな声色で溢れ出る言葉に、俺は声を失ってしまった。

今目の前にいるのは、間違いなくあの頃のルーナだった。


「ホントに……ホントに長すぎよ……ゼノ……。しかもふたりとも年頃の男女なんだし、変な性癖の1つや2つくらいあってもおかしくはないじゃない……」

「ルーナ……今お前、ゼノって……」


なにか最後の方はおかしな事を言っていたように思えたが、俺はそれどころじゃなかった。


ゼノ——それは俺のあだ名。ルーナだけが俺をそう呼んでいた、特別なあだ名だ。

それを久しぶりにルーナの口から聞いて、つい感無量になっていたから。


同時に胸の奥がぎゅっと縮む。ルーナの言う通り、十年の空白は長過ぎだ。

その言葉の重みを噛み締めていたその時、俺の部屋の扉が乾いた音を立てた。


——コンコンッ……


次いで室内に響く、低く、どこか枯れた男性の声。


「魔王様……今、よろしいでしょうか……?」——



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