第2話 その勇者は捕われたい?——
状況がわからず困惑をする俺に、苦戦の様子を滲ませるルミナ。
この玉座の魔は混沌と化していた。
「はぁ……はぁ……はぁ……くっ、くそっ!……なぜっ……なぜ私の剣が届かないっ!?」
「………………はい……?」
……それに関してはむしろこっちが聞きたいんですが……?
唖然としてつい心で突っ込んでしまったが、内心はパニック寸前。
その間も、ルミナは必死の形相で俺に乱舞を繰り出している。
「せいせいせいっ!!当たれぇぇぇぇ!!」
——ブンブンブンブン!!…………
虚しく空を切り続けるルミナの剣。
ここまでくると、明らかに自ら外してるとしか思えない。
……コレわざとだろ?俺を斬りたくないのか?
そう思った俺は、ルミナの斬撃に合わせてほんの少し身体を動かして当たりにいってみると——
——ブンブンッ!サクッ…………
「あっ……痛っ……」
皮膚の表面だけ薄く裂け、熱が線になって走り、遅れて赤が滲む。
やはりちゃんと当たれば切れるっぽい。ということは……ルミナは絶対わざと外している。
まるで子供のかすり傷のようなうっすい傷。
しかし、それを見たルミナの表情が急転した。
「あっ…………やべっ……」
……今やべって言った?言ったよね?勇者が魔王を傷つけてやべって言ったよね!?
目が激しく泳ぎ、顔から血の気が引いてゆくルミナ。
もう意味がわからない。なんか逆に怖くて身体が硬直する。
狂気とは魔より恐ろしいらしい。
混迷を極める俺を前に、今度は何を思ったのか、ルミナは手に持った剣をおもむろに宙へぽいっと投げた。
高く舞い上がる蒼い刃。その回転に合わせて光が瞬いて、玉座の間を照らす。
「ちょっ、ルミナ!?おまっ、何やって——」
「くっ……あぁぁぁぁっ!?私の剣が弾かれただとっ!?なぜだっ!?」
こっちがなぜだっ!?である。マジでなんなん、その奇行。
まるで舞台役者みたいに大げさに手を振り、震えた声を作るルミナ。
次いで、彼女が放り投げた剣が大きな金属音を立て地面に突き刺さり……甲高い金属音があたりを包み込む中、ルミナは地面にへたり込み力なく俯いた。
……えっ……マジなにしてんのルミナ!?発作!?もうなんかの発作だろこれ!?
噴き出す焦り。
計画通りなら既に俺は派手に散っているはずだったのに……この惨状はなんだ。
「…………るっ……ルーナ?大丈夫……?医者呼ぶ?」
つい口をついて出たルミナの昔からの愛称。ルーナ。
気づけば俺は、焦りのせいか幼い頃のようにルミナ、改めルーナの元へ歩み寄り、手を差し出しだそうとしていた。
その手が彼女の眼前に差し出された瞬間——
彼女はビクッと肩を跳ね上げ、まるで熱い鉄に触れたみたいに苦悶の表情で苦しみはじめた。
「うわぁぁぁぁ!!くっ、苦しい!?なにをするつもりだっ!?……私の心臓を……離せぇぇ!!」
「……え゛っ……心臓!?……まてまてまてっ!?何もしてないって俺っ!」
今度は胸の辺りを押さえて悲痛な叫びを上げ始めるルーナ。
鎧越しに自分の心臓を握り潰されてるみたいな顔で、息を詰まらせ、涙さえ滲ませる。
何度も言うが、俺は何もしていない。ルーナに優しく手を差し伸べているだけ。
絶対に彼女は演技している。
それかワンチャン薬盛られてるか何かに操られてる……いやないな、その線は。
ここまでくると下手なホラーよりホラーだ。
身体が恐怖を感じ、ワナワナと自然と震え始めた俺を前に、ルーナの口からどっかで聞いたことがあるセリフが放たれた。
「くっ…………こっ、殺せっ!!……貴様に……貴様に捕われるくらいなら死んだほうがマシだっ!!貴様に捕われるくらいならぁぁ!!」
くっころ、いただきました。魔王冥利には尽きる。が、ちがう。それ、今じゃない。
迫真の演技で顔が紅潮してゆくルーナ。彼女の暴走に血の気が引いてゆく俺。
いや待って。囚われる?誰に?俺に? 俺そんな事言ってなくない?
あまりに計画から外れたこの状況。
そこへルーナがダメ押しの追撃する……息継ぎもろくにせず、言葉を叩きつけるように。
「なっ……なにをするつもりだっ!?かっ、身体が動かない!?これは魔法かっ!?……私を拘束してなにするつもりだっ!?捕えるのか!?捕えるだなっ!?……捕えるんだよなぁっ!?」
なんかハァハァと息を荒げてそんな事を言い始めるルーナ。
念押ししておくが俺は魔法なんて使ってない。だから彼女は自由に動ける。これだけはわかっておいてほしい。
言葉は拒絶なのに、あからさまに流れがそこに誘導してる……そんな違和感が頭の中で点滅した。
……これ、捕えてほしいってこと……だよね?
理由はわからない。が、なんとなく意図は読めた。ルーナとは長い付き合いだから。
俺とルーナは幼い頃から考えることが同じだった……そうだとしたら……俺と同じくなにか作戦があるのかもしれない。
……ここから俺がヤラれるのっての無理そうだし、だったらルーナの作戦に乗ってやるべきか?わかったよルミナ。その作戦、乗ってやるよ……。
半分諦めムードで喉の奥に溜まった焦りを飲み込み、俺は目の前でへたり込むルミナの腕を掴んでクイッと引っ張ってみせる。
「そんなに捕まえてほしいなら……お望み通りそうしてやるよっ!こっちへ来いっ、ルーナ!!」
「あっ……あんっ♡」
つい口調が荒くなってしまった俺に、彼女は一瞬だけ目を見開き——それから大げさに頬を染めて光悦の表情を作った。それもなんか甘い声付き。
……えっ、なにその顔?誰この人……?
「くっ♡……私をどっ、どこへ連れていくつもりだっ!?拷問部屋か!?それとも地下牢かっ!?……そこで酷い事をするつもりだなっ!?なぁ、そうなんだろっ!!この鎧を剥ぎ取り……私をあられもない姿にして、恥辱の限りを尽くすつもりだなっ!?それでビックビクに弱りきった所を狙って、夜な夜な純血を……くうぅ♡……このっ……卑怯者っ!エッチ!変態っ!強姦魔っ!凌辱魔っ!!」
「……えっ、お前…………ひどっ…………」
言われたことのない罵倒のフルコース。
好きな人からだと尚更、心が削れる。
だが、今はとりあえずこの異常な場を収めるのが先決だ。
小さくため息を吐いて視線を下に向けると、未だ艶っぽい表情を保ったままこちらを見つめ、身体を妙にくねらすルーナの姿がある。
「……ルーナ?歩けるか?」
昔の調子で話しかけると、ルミナはキッと俺を睨み返してくる。
「くっ……やっ、やるならやれっ!いまさらこの身体なんて、惜しくないっ!」
「えっ……あっ、うん……歩けないのね?」
「………………腰が抜けて歩けるわけないだろっ!バカッ!」
話が噛み合わないし、なにやら今のルーナからは危険な匂いがする気がする……そういう危険じゃなくて……その、性的ななにか。
もちろんこれがルミナの作戦の可能性は高い、が……10年間、連絡は愚か顔さえ合わせていないわけで……彼女の中の色々な何かが変わっていてもおかしくはない。
考えたくはないが。
「じゃっ、じゃあとりあえず俺の部屋にいくか?……ほらっ……抱っこしてやるから……」
言いながら俺は膝を折ってルーナの背中と膝の裏へ腕を回した。
いわゆるお姫様抱っこの要領で彼女持ち上げると、胸の中で驚きの声が上がる。
「きゃっ!?」
「ルーナ……驚かせちゃった?」
「もっ……もうっ!……もっと優しく扱えっ!」
「ごっ、ごめん……」
なぜ俺が怒られるのかもわからず、ちょっと納得がいかないまま、ルミナを優しくお姫様抱っこして俺は自室へ向かう。
所々、鎧から露出している肌の感触は昔のまま、あの優しい太陽とハーブみたいな良い香りもそのままだ。
けど、なんか中身が違う気がする……。
「くっ……私はこれから魔王の部屋に捕らわれてしまうのか……そこで何をされてしまうんだっ!ああっ、考えるだけでっ……濡れてくるっ……♡」
……今なんつった……?
呆れながらも辺りに意識を向けると、城内は静まり返っていた。
俺の頼れる部下がきっちり収めてくれたのだろう。計画通りだ。
一方でこの展開は本当に予想していなかった。
でも、わかることが一つだけある。
理由はまだ掴めないが、きっとルーナもなにか事情や作戦を抱えているに違いない。
それなら、ちゃんと話し合って落とし所を見つけてあげないと……
こうして、俺とルミナの奇妙で幸せな同棲生活が幕を開けたのだった——




