第1話 その魔王はヤラれたい——
これは、勇者軍と魔王軍が日々政治的な戦いを続けている、よくある剣と魔法の世界の物語の皮を被った“ほのぼの?ラブコメ”である——
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俺には小さい頃、将来を誓いあい、両親からも許婚とされていた幼馴染がいた。
彼女の名はルミナ——ルミナ・エルシオン。
それは幼き頃の戯言にとどまらず……。
互いに思い合っていた俺達は、いつしか勇者軍に入軍し、どちらかが勇者、もう一方はパートナーとなり、二人で世界を平和にして自分たちも幸せになる……そんな夢を追って互いに剣と魔法の道を歩んでいった。
俺たちは結ばれるはずだった……なのに、どこで道を違えたのだろう?
ルミナと共に受けた勇者軍の入隊試験に落ち、就職活動に見事失敗した俺は……紆余曲折の末、一国の魔王となっていた——
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俺はゼノン・アークブラッド。
平和で豊かな自然が宿るこのド田舎の辺境——ランドリア地方を任された魔王。
普段ならここは争いなどもなく、城の窓から見える森の輪郭を眺めているだけで心が落ち着くほのぼのとした所なのだが……生憎、今日はその平和さは皆無だった。
狭い城内に響く轟音と怒声。俺が作り出した護衛用ゴーレムたちが崩れてゆく音。
そこに金属が歪む悲鳴みたいな音まで混ざっていて、侵入者の気配が遠慮なくこちらに迫ってくるのがわかる。
その音を聞きながら、俺は城の最奥にある、古めかしくも荘厳な装飾に彩られた玉座の間の玉座へ腰を下ろし、静かに目を閉じた。
「…………いよいよ……か……」
高ぶる気持ちを抑え、低く呟く。
次の瞬間——蹴り上げるような激しい扉の開閉音と共に、玉座の間に声が響いた。
「魔王ゼノンっ!見つけたぞっ!」
猛々しくも澄んだ、どこか懐かしいその声色。
それを耳にした俺は、期待を胸にゆっくりと目を開く。
視界に収まったのは一人の女性——
白くスラリとした身体を白銀の鎧で包み、その手に握られているのは眩く光る蒼い剣。
煌めく柔らかな長い銀髪を複雑に編み込んで結い上げ、均整の取れた美しい顔立ちに宿る、意思の強い翡翠色の眼差しはまるで戦乙女のよう。
……何も変わっていない。あの頃のままだ……。
目の前に立つその勇者は、間違いなく俺の幼馴染であり許婚——ルミナ・エルシオンその人だった。
俺は王座から静かに立ち上がり、嬉しくてニヤけそうになる顔を必死に堪え、真面目で眼力のある……いかにも魔王っぽい顔を作ると、これまた、いかにもなセリフで彼女を出迎えてみせる。
「……待ってたぞ……勇者ルミナ……」
「魔王ゼノンっ!勇者庁の名のもとに、貴様のその首……このルミナ・エルシオンが貰い受けるっ!」
ルミナは片手に握る蒼い剣をピシッと俺の喉元へ向け、鋭く言い放つ。
宣言は迷いの欠片もなく玉座の間に響きわたり、冷気みたいな緊張が肌の上を滑ってゆく。
……いいぞ、ここまでは完璧なくらい順調だ……。
「そっか……久しぶりに会ったのに、世間話の一つもできないのか……まぁ、仕事だもんな……」
俺はニヤリと口を歪めて意味深な笑みを作り、胸の奥で跳ねる武者震いを、魔王の余裕に塗り替えルミナを誘った。
「じゃあ……さっさと始めようルミナ。殺し合いを……」
「魔王……いや、ゼノン…………いくぞっ!」
叫びと共に地面を踏みしめたルミナ。
一瞬で彼女の気配が濃くなり、世界が激しく動きだす。
それに合わせ、俺も全身からありったけ魔力を迸らせ臨戦体制を取る……フリをした。
キタキタキタキターー!ついにっ、ついにこの瞬間がきたぁーー!
ある計画の為に魔王軍に入隊してからはや10年……死に物狂いで努力して魔王の座を勝ち取り、ルミナがいるこの辺境の地に派遣されるように工作し、日々ご近所付き合いをして地域に貢献し、寝る間も惜しんで鍛錬に鍛錬を重ね……俺は究極ともいえるほどの力と財力を手に入れていた。
全てはこの日、この瞬間の為——
やっと………………やっと俺は勇者にヤラれる事が出来るんだっ!!
ある計画……それは至ってシンプルだ。
無尽蔵ともいえる体力を手に入れた俺は、ルミナに切られてもたぶん死なない。
だから、ヤラれたフリをして死を偽装し、稼いだ富を持って全く別の人間に成り代わってルミナに近づき、事情を説明してある物を彼女に渡す。
ある物……それは偽死の秘薬——今は製法が失われた魔道具で、これを飲むと1週間仮死状態になるという、この世に一つしか無い代物。
それをルミナが飲んでさえくれれば、ルミナの死も偽装することができ……晴れて二人とも除隊して争いとは無縁の別の人間として、新たな人生を共に歩んでいける。めでたしめでたし……といった具合だ。
なぜそんな回りくどいことをするかと言えば、魔王軍も勇者軍も一度入隊すると、自分の意思ではやめられないというのがこの世界の理だからだ。それ故、給料もいいのだが……。
きっとルミナならわかってくれる。俺はそう信じている。
「ゼノンっ!覚悟ぉぉぉ!!」
両手で剣を握りしめたルミナが、俺に向かって一足飛びで切りかかって来ている。
鎧が光を弾き、蒼い刃が軌跡を引く。
足捌きは洗練されていて、俺の知っているルミナの剣に知らない重みが乗っていた。
が……俺にはその動きが止まって見える程に遅い。
たぶん、俺は強くなりすぎたようだ。
「はぁぁぁぁぁ!!」
頭の上からルミナの刃が降り注ぐ。それでも心穏やかだった。
——その調子だ!いいぞルミナ!ザクッと派手にヤッちゃって!ザクッと!俺は適当に断末魔あげてヤラれたフリするから!魔法とかで派手に爆発霧散した感じも出すからっ!
刹那——鋭い斬撃の音が鼓膜を揺らした。
——ブォン!
………。
……………。
………………………ん?
………………………………。
……斬られた感触が……ない?
肌を撫でる涼しい風。
刃の抜けた音は確かにしたのに、肌は無傷のまま。血の匂いもしない。
頭が???で満たされてゆく。
ルミナは一歩後ろへ飛び退き一度距離を取ると、剣を構え直し、再度渾身の力で切り込んでくる。
「せぇぇぇいぃぃ!!」
——ブォン!!
……………………。
…………………………?
………………………………??
距離も角度も完璧なのに、刃先が俺の体に届く寸前で逸れていく。
避けているのは俺じゃない。マジで俺は動いていない。
「はっ!!せいっ!!うぉぉぉりゃぁぁぁぁ!!」
——ブォン!ブォン!!ブォン!!!
…………………………???
えっ……なにないなに?怖い怖い……どしたん………これ……?
俺は強くなった。が、人間だ。剣が身体を傷つけられないようなモンスターとは違う。魔法で身を守ることだってしていない。だってヤラれたいんだから……。
しかもだ。
念には念を入れて、試しに台所の果物ナイフで小指をちょっと切ってみたりもしたが、その時はちゃんと切れて血が出た。
なのに、目の前のルミナの剣は俺の身体の周りをすんでの所でかするように空を切り、その刃は俺に一切届いていない……。
みるみるうちに険しい顔になって息を荒げるルミナを前に、状況が飲み込めないまま俺はその場に立ち尽くしていた——
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