第二十五話 【渦巻】
珍獣ダーリムの捕獲から数分後、シルフ達は神話学準備室へと足取りを進めていた。理由は、ダーリムも古代魔法使いを捜索する事と等価交換で、学内における自己責任での自由行動を得る為。
授業の出席自由に加えて単位の自動取得。そんな破格の待遇を彼女も享受したいと考えた果てに、シルフ達に同行している形となる。本人は条件惹かれて無いと明かしたが恐らく条件無しでは『知らない。』『私に関係無い』の一点張り。
どちらが本命かは不明だが、三人は横並びで真紅のカーペット上を歩いて行く。
ダーリム「...で、金髪手刀女。アンタ普段何してる訳。」
アリス「私?シルフと古代魔法使いの捜索して、夕方はラム先生と運動とか。」
ダーリム「げっ、あの酒カス女教師と体力増強してるとか信じられないんですけど。アンタ戦闘科の教師と体力増強とかイカレてるでしょ。」
アリス「そう?良い人よ。私ラム先生から友達認定されてるし。」
ダーリム「...やば。」
彼女達の会話を聞き漏らさないシルフ。案外馬が合うのか、会話が弾むアリスとダーリム。アリスの話を聞く限りだと、ラムは優れた人柄を兼ね備えた教師。
だがダーリムは彼女に対して何かしらの偏見を持っている様子。シルフからのラムの印象はヒュグル戦で突如助けに入り、ヒュグルをボコボコに叩き潰した女性としか印象が無い。
確かに魔法の力量は到底一般魔法とは思えない程だったが、ラムと直接話した事は無い為に推測でしかラムを構成出来なかった。
アリス「...で、ダーリム。貴方何であんな場所で寝てるの?部屋とかあるじゃない。」
ダーリム「私の睡眠は他人に邪魔されたく無いから。それに部屋は夜寝る用。朝とか昼は太陽が暖かいから外で。」
アリス「え、授業サボってるの?」
ダーリム「当たり前でしょ。私は睡眠時間が削られるのが一番ストレスが溜まる。私は眠かったら寝る。授業なんて知らない。ってか私アンタ達より一個上だからね。」
アリス「えっ、そうなの?同い年かと思ってた。」
ダーリム「はぁーっ...舐められてた訳。まぁ魔法学校の生徒で私を認識してる奴居ないし、クラスメイトどころか担任の先生からすら私の話聞いた事無いんだけど。」
軽々と語られる内容に耳を傾けていたシルフは脳内で想像を膨らませる。ダーリムはまさかの自分達の一個上。更に授業をサボっているのではと言う予想は的中。恐らく毎日の様に寝過ごし、眠り続ける生活をしているのだろう。
的中して欲しく無い予想が全て的中してしまい、事実は小説よりも奇なりを痛感したシルフだが、彼の心情とは裏腹に楽しそうに笑うアリス。
アリス「ふっ、あなたが悪いじゃない。まぁそんな話ももう終わりにしましょ。着いたから。」
ダーリム「へぇ...こんな部屋あるんだ。」
神話学準備室。今回も扉をノックして入室許可を願うと、扉の向こう側から相変わらず飄々とした声色で許可を。真紅のカーペットを踏み締め、扉を押して開くシルフ。開け放たれた先には神話学担当教師が机に腕を乗せ、丸眼鏡を整えていた。
独特な香りを浴びたダーリムが眉を顰めるも、平然を装うゼイ。彼は椅子から立ち上がり、三人を手招きして自らの隣へと。
ゼイ「おや、君がダーリムか。私は神話学担当教師のゼイ。シルフ君とアリスに古代魔法使いの捜索を頼んでいるんだが、君も協力してくれるのかい?」
ダーリム「えっ、あっ、うん。...はい。」
流石のダーリムも魔法学校の教師に対する距離感は理解しているらしく、敬語を交えて返答する。急な猫被りに内心拍子抜けしたアリスとシルフだが、表面上には出さない。
ゼイもそれ以上言及せず、会話を続けようと話を振った。アリスとシルフは二人の会話を眺めながら、ダーリムを観察して。一方で机に腕を組んでいるゼイはダーリムの気怠げな瞳を捉え、ダーリムはそれを見詰め返す。
ダーリム、彼女が古代魔法【純夢】の使い手である事を彼は知っている。それ故に彼女を見定める様に。
ゼイ「そうかい。それは心強いねぇ。あぁ、シルフ君とアリス。ウィズン先生とラム先生への協力の件だが、両者共引き受けてくれるそうだ。」
シルフ「あっ、本当ですか。ありがとうございます。」
ゼイ「いやいや、礼は二人に直接言ってくれたまえ。しかし、【鎖縛】【豊穣】【純夢】の使い手が味方についてくれるのは非常に助かる。私も____」
言い掛けた瞬間、突如としてその場の全員が異変を感じ取る。地に足着けていた三人は地に倒れ伏し、椅子に腰掛けていたゼイは横に倒れる様に肘掛けに凭れかかる。
突如として全員を襲う激しい眩暈に圧倒的な倦怠感。目の前が渦巻く様な、世界その物が螺旋に歪んでいく様な感覚。脳をぐるりと一周するかの様な感覚に、その場の全員が苦悶の表情を浮かべていた。
アリス「うぅっ...ちょっとっ、何なのよこれっ...!!」
シルフ「分かんないですっ、ただ気持ち悪くてっ...!!」
ダーリム「はぁっ...マジで無理なんだけど、アンタら知ってんじゃないの原因っ...」
ゼイ「いや、これは少々...まずいねぇ。確実に古代魔法だ。私が目を付けていた生徒が動き出したか。」
零されたその一言。ダーリムの独白に応える様に吐かれた言葉。明らかに彼らより状況を把握しているゼイの言葉に対し、疑問が浮かんだのは二人。アリスとシルフ、二人は同時に首を捻った後に原因であろうゼイの方へ視線を向ける。
二人の瞳が見据えた先は、椅子に凭れ掛かる様に座る彼。額には玉の様な汗、乱れた髪と呼吸が不規則に溢れ出す彼。
ゼイ「あぁ、シルフ君にアリス...君達に伝えていなかったね。私が目を付けていたのは古代魔法【螺旋】の使い手と思しき生徒だ。細長い瞳の中に淀んだ鉛色の瞳を宿した、黒髪のウルフカットの女性でねっ...恐らく最上級生の生徒だっ...。」
ゼイ、彼の一言にシルフとアリスは吐き気が消え失せる程の衝撃を受ける。細長い瞳の中に淀んだ鉛色の瞳を宿した、黒髪のウルフカットの女性。それは紛れも無く自身が追っている人間の一人。
二人に明確な敵意を向けた初めての『敵』。彼女の存在が魔法学校の教師の注意を引いていた事実は想定外だったが、今はそれを考える余裕は無い。全身を駆け巡る痙攣に足腰は覚束無いものの、シルフは全身の震えを意志だけで抑え込んだ。
脳を支配する霧を取り払い、現状を打破すべく脳を稼働させる。すると、幸いにも魔法を唱えられる程には身体は安定した。螺旋の様に渦巻く視界が安定したから。
シルフ「落ち着いた...?」
アリス「そうみたい。はぁっ...ふぅっ...。一旦全員で外に避難しましょ?現状を確かめないと。」
ダーリム「はいはい...単位の為に。」
痛みを伴う嘔吐感に苦しめられる事は無くなったが、未だ脳はズキズキと痛む。三人の中で最も痛みが薄いのはゼイだろう。しかし一番影響を受けているのは、恐らくアリス。魔法を使えない彼女にとって古代魔法の威力は身体に相当な負荷がかかる。
ましてや古代魔法を解析する事も出来ずに攻撃を喰らえば、通常の人間であれば卒倒する。そして彼女の頭を支配する謎の威圧感は消えていない。常に重圧を押し付けられている様な、身体が妙に重いのだ。全身に押し付けられる謎の圧力。
幻像でも見せられている様な。
そんな感覚を持ちながら二人と共に神話学準備室を後にするアリス。外に出た光景は普段と何ら変わり無い魔法学校。ただ少し、いや。確実な異変があるとすれば、魔法学校の廊下が霧で満ちている現状。
先を見渡す事は可能だが、薄く靄がかかったかの様な状況。それは神話学準備室のみの発生ではなく、少なくとも周辺のエリアにおいて該当する。
ゼイ「ふむ...霧か。アリス、君には何が見える?」
アリス「えっ。霧がかかってる魔法学校の校舎だけど...それ以外何が見えるのよ。何か他に効果があるとか?」
ゼイ「...そうか。私には、あそこに白いシルクハットを被った女性が見えるんだがね。」
彼が指し示した方向、そこには何も存在していない。無論シルクハットを被った女性など見当たらない。白いシルクハットを被った女性、エーギルの事だろうか。
しかしエーギルの姿など見当たらなければ、彼女の天真爛漫な声色など一切聞こえない。周辺には三人以外、誰の気配すら感じられない。その事を告げるとゼイの表情が強張った
。明らかな緊迫感。彼がここまで緊迫した表情を露わにする様を初めて見るアリス。ダーリムとシルフも例外では無い。
ゼイ「シルフ君、アリス、ダーリム。この現状、君達だけで無く、私達も遭遇した事の無い事態になりそうだ。」
シルフ「それってどう言う...」
アリス「何が起こってるのよ...教えて、ゼイ。」
ダーリム「もう変な前置き良いから、早くして。」
結果を急ぐ彼等を一瞥し、彼は目の前に広がる霧を見詰めながら言葉を紡ぐ。その声色は珍しく真剣で、一切飄々とした雰囲気を感じられない。
ゼイ「この状況、確かに【螺旋】の使い手が絡んでいる事は確実だ。だが、しかし。この霧、そして私にしか見えていない幻覚。恐らく敵は...一人では無い。」
「二人だ。」




