第二十四話 【珍獣】
ダーリム捜索が開始され、早数時間が経とうとしている現在。彼女の影や痕跡一つ見当たらない。途中他生徒に聞き込みをして回ったが、
『入学して以降、見かけた事が無い。』や『そんな生徒知らない。』、『姿を見た事すらない。』
などの回答が多く、在籍する生徒の大半がダーリムの存在を把握していない事が判明した。何故なのだろか。単純に接触が無いだけ、と言うのも理由としてあり得るが、彼女が人目に付く事を嫌う性格の可能性も考えられる。
現に魔法学校内の書斎や各教室を様子見、各教科準備室に校舎全域を捜索した。しかし、見当たらない。痕跡すらも。
アリス「全く見当たらないんだけど...。授業とか受けてないのかしらダーリム。」
シルフ「何かしらは受けてるんじゃないですか...?すれ違ってるだけで。」
アリス「でも今日の授業全部見学したからすれ違ってすらないって事に...」
シルフ「...なりますね」
既に2人が訪ねた場所は全て網羅済み。書斎、教室、準備室、職員室、屋上、休憩スペースなど、様々な場所を巡っても一向に遭遇する気配は無い。ダーリム、彼女は一体どんな日常を送っているのだろうか。
彼女の影を一つも見る事が出来ない日々が続く中、彼女の一日のタイムスケジュールが大きく関わっている事を悟る2人。時間帯によってダーリムの出現率は大幅に変化するのだろうか。
最早何かの珍獣と大差無いが、それに等しい希少価値を持つと言っても過言では無いかもしれない。しかし、シルフは唯一足を運んでいない場所を思い出した。灯台下暗しと言うべきか、一番彼女の生息地に適している場所を。
シルフ「あっ、校庭。」
アリス「校庭...?あっ、そう言えば行ってなかったわね。でも校庭で寝る?」
シルフ「もしかしたら、ですが、花壇あるじゃないですか。あそこで寝てるんじゃないかって。今日天気も良いですし。」
アリス「んー、でも汚れちゃわない?って言っても...確かめる他無いわね。」
2人は目視した方向へ視線を向けた。窓から望遠する事が可能な魔法学校の校庭。広く開放感のある校庭には一部に芝生が生え、中央にある噴水を中心に綺麗に整地された場所。更に端っこには美しい造形の花壇。
様々な種類の花が咲き誇り、色彩豊かな美しさが視覚的に表現されている。そして校庭を囲う様に石壁が建てられ、自然と人工の両者による調和の取れた空間である。
改めて見ると美しい校庭だと感じると同時に、よくもまぁ此処でヒュグルと戦ったなと感じるシルフとアリス。ラムの雷と炎の乱舞を耐え抜いた校庭こそが最強なのでは、とすら思ってしまう。
アリス「じゃあ行きましょうか。シルフ、信じてるからね?」
シルフ「えっ、失敗したら僕のせいですか。」
アリス「ふふっ、んー、そうかも。」
彼の肩を小突きながら冗談を飛ばすアリス。そんなアリスの様子に苦笑しながらも、自然と同時に歩む二人。校庭に向かう為に階段を降りて、廊下を進む。扉を潜った先には一面の緑と花壇が視界に入る。
今日は晴天。雲一つ無い空の元、彼等は風に吹かれながら景色を眺めた後に、噴水へ向かう。その先に花壇がある為に、そこで寝ているのではないかと憶測を立てて。
アリス「でもいるのかしらね...流石にいないと思うけど...。だってベッドで寝れば良いのにわざわざ花壇で寝るとかある?」
シルフ「...確かに。流石に、ですよね。」
アリス「ふふっ、流石にいないと思うわよ。まぁ真相はこの目で、ね。」
暖かな日差しに身体照らされ、二人は歩む。時折指が触れてしまっても。
________「...いた。」
二人同時にして口を開く。同時に同じ言葉を口走り、互いの顔を見て。
アリス「えっ、いるんだけど。」
シルフ「...いますね。」
花壇の前に置かれたベンチで気持ち良さそうに眠るダーリム。普段から眠っているイメージが強いが、寝床も意外な場所を選ぶとは。この行動が日常なのかどうかは未知の領域だが、少なくともこの場所に来ればダーリムは発見出来そうな予感がした。
しかし、人気の少ない場所にわざわざ睡眠の為だけに足を運ぶのか。疑問が残るが二人は目の前の光景に未だ目を疑うばかり。
アリス「シルフ、ちょっと頬っぺたむにーってして。」
シルフ「は、はぁ...あっ、柔らかい。」
突然の頬肉引っ張り命令を了承したシルフは彼女の白い頬に人差し指と親指を添えて、引っ張る。案の定、彼女の頬は柔らかい。しっとりした肌が吸い付くように密着しては指が沈み込んで。
不思議な感覚を指の腹で感じながら、シルフは引っ張った頬をゆっくり離す。結論で言えば、アリスの頬はとても柔らかい。それに加え、この現状は夢では無い。
アリス「シルフ、引っ張りぎ。」
シルフ「あっ...すみません。つい。」
アリス「んんっ、取り敢えずこの状況は夢じゃなくて現実なのよね。」
現実の光景、揺るがない事実。ダーリムが呑気に晴れ空の下で睡眠を貪る事実。そしてベンチでの睡眠も彼女なりの癖だろうか。しかしシルフ側は彼女には要件がある。
彼女が目を覚ますまで待機の策も存在するが、そもそも不確定要素が多い為に善とは言えない。ならば、少々強引だが起こす以外の策は無い。授業中に居眠りする生徒を起こす教師の様な感覚だろう。
可哀想と言えば可哀想だが、そもそも授業時刻に堂々と寝る方が悪い。だが教師では無いので彼女が起きるタイミングを待つ方法もあるにはあるが、待ちぼうけを喰らうのも避けたい。
色々な感情を綯交ぜになりながら、アリスはベンチの横に立ち、手を伸ばす。右手は彼女の顔にかからない様にしつつ、指に力を入れてトントンと。
アリス「ダーリム、ダーリム朝だから。起きて。」
ダーリム「んっ...ふぁあぁ...」
大口を開けての欠伸と共に目覚めるダーリム。珍獣と言う比喩は間違いでは無い気がしてきたシルフとアリスだが、目的である接触を遂行出来たのだから及第点と言った所だろうか。
瞼を開けた彼女が最初に視認したのは、真上から顔を覗き込むアリスの姿。ぼんやりした意識の中でも彼女は朧げな瞳で視認しようと、必死に努力を怠らない。
恐らく数秒も経てばダーリムは完全に覚醒し、アリスとのコミュニケーションを取る準備は万全となると予想して。
ダーリム「んっ...何、アンタらか...。鎖縛魔法の使い手と、金髪手刀女。何、用でもあるの。」
アリス「金髪手刀女、随分不名誉なあだ名を付けられたわね。珍獣ダーリムに。」
ダーリム「は?珍獣?人の事叩き起こしといて獣呼ばわりとか何なの。」
シルフ「そっ、そんなに怒らなくても。取り敢えずダーリムさん、僕達用があって。」
無意味な口論の仲裁に入るのは良くないのは重々承知だが、彼女達の争いが始まってしまったら誰が止めるのか。この場合、介入出来るのはシルフしかいないだろう。女性陣は互いに一癖二癖ある人材ばかりの為に。
そして仲裁に入ったシルフの方へダーリムは視線を向けた。瞳は相変わらず怠惰と睡眠に塗れた鋭い目つき。恐らく意図している物では無いだろうが、眼光だけで人を射殺す勢い。
ダーリム「んっ、用何。眠いから手短に。」
アリス「古代魔法、分かるわよね。鎖縛の事口に出したから。」
ダーリム「当然。それが何。」
アリス「ちょっと目を付けてる生徒がいて。その生徒が古代魔法使いの可能性がある。それで私達はその生徒を監視したい。だから古代魔法の使い手であるダーリムに協力を乞いたくて。」
ダーリム「無理、私に関係無い。」
あっさりと躱すダーリム。メリットが無いと感じたのか拒否以外の選択肢を感じさせない程に淡泊な返答。そしてベンチに座ったまま、左足を右膝に乗せ、交差させた脚。更に両腕をベンチに乗せる様は何処かの権力者さながら。
シルフ視点で物事を捉えると、彼女の協力は絶望的。アリスへ視線を向けるシルフ。しかしアリスの表情は以前変わり無く口角を上げたまま。むしろ好機と言わんばかりにシルフの方へ視線を送り返す。
彼女の意図は恐らく、勝ち筋が見えている、だろうか。何となく意図を汲み取ったシルフはアリスに全てを任せる様に。
アリス「はぁ、そう。仕方無いわね。行きましょ?シルフ。」
シルフ「えっ、はい。」
アリス「全く、折角良い条件があるって言うのにね?私達は古代魔法の使い手を探してるから、授業も自主的にしか受けない。自分の時間は沢山あるし、単位だってゼイ、あっ、ゼイ先生がどうにかしてくれてる。怪我とか最悪のリスクは背負うけど、自由に過ごせる。本当に充実した学園生活よね?シルフ。」
背を向け、去る仕草を包み隠さず見せるアリス。演技としては少々ぎこちないが人の興味関心を煽るには充分な材料。しかも、古代魔法の情報をある程度持っている、更に睡眠以外興味関心が微塵も無さそうな彼女にとっては有効だろう。
案の定、反応を見せるダーリム。アリスの予想していた展開だが、それでも多少焦った表情を見せて。背後からベンチを立つ音が聞こえた。
ダーリム「ちょっ、待って。古代魔法使いを探すって、探すだけでしょ。勝手に行動して単位どうにかしてるとか、どういう事。」
アリス「あら、協力する気になった?」
ダーリム「っ...別に、条件に惹かれた訳じゃ無いし。古代魔法使い探すなら、人数多い方が都合が良いでしょ。だから協力するだけだし。」
アリス「成程成程。よし、じゃあ協力体制はばっちり。これで私達は一時的だけど同盟。シルフ、良かったわね。珍獣ダーリム捕獲成功。じゃダーリム、着いて来て?」
シルフ「珍獣ハンター、ですね。」
アリス「んふっ、そうね。ありがとシルフ。貴方のおかげ。」
晴天の中、何処からか飛んで来た蝶が群がるダーリム。彼女には本当に珍獣と言う肩書きが似合うだろう、と内心思うシルフであった。




