第二十一話 【深夜の秘密】
時を同じくして、魔法学校の廊下には2人の男女が歩みを共にする。彼女達の表情は数時間前の激戦の影響か、疲弊した様な表情。その足取りは非常に重たい。
互いに心に重荷を抱えた様に見える2人、アリスとシルフだが、時折ぶつかる互いの肩を意識しては視線を何処かに持って行く。先程ゼイ達、教師陣と大切な話をしたにも関わらず、別の事に意識を回してしまう状況が生まれてしまっているのは何故か。
だから、半ば強引に意識を別の事へ持って行った。先程のゼイの話。魔法を悪用して、この魔法学校の崩壊を目論む組織が存在している事。この魔法学校崩壊を目論む組織の目的、それは一体何なのだろうか。
更には本題である魔法学校に潜む古代魔法の使い手を炙り出す事すら、まともに終わっていない。現在見つけ出した古代魔法の使い手は、シルフ、ウィズン、ダーリムの3人。残る5人をどうやって探すか。様々な考えが浮かんでは、泡の様に弾け飛ぶ。
アリス「...ねぇ、シルフ。古代魔法使いの件、どう思う?」
シルフ「どうって...何がですか?」
アリス「その、古代魔法使いは合計で8人いる訳でしょ?私達が見つけ出したのは、ウィズン先生とダーリム。貴方も含めて3人。残る5人、本当に見つかるのかなって。あらかた目星は付いてるけど...」
シルフ「目星?」
『目星は付いている。』恐らく、これまでに彼女が直感で感じた怪しい人物の事。過去にダーリムを古代魔法使いと炙り出した際に、直感が発動していた為に信頼は出来る。
ダーリムの際の直感。そして、もう一つ。未だ真実が明らかになっていない直感が存在している。
アリス「ええ。覚えてる?大講義堂で感じた違和感。貴方が見た、黒髪と白髪の女性の話。貴方をジッと見詰めてたって話。」
シルフ「あっ...あの2人ですか。確かに、凄く強い敵意感じましたし...。目が睨む様な目でした。」
アリス「えぇ。それじゃ、その2人は古代魔法使いの候補に...って感じかしら。」
シルフ「そうですね...。あっ、もうそろそろ部屋着きますよ。」
アリス「んっ、ありがとう。」
そうして共にアリスの部屋に足を踏み入れる2人。彼女達はもう二人きりの空間に対して、慣れた様子で。別段何か気恥ずかしい事がある訳でもなく、部屋に置いてあった椅子に腰を掛けるシルフに目も向けずに、部屋の一角にある本棚に手を伸ばすアリス。
目的の本が入っている棚を探し当てると、その場で膝を折り曲げて床に座り込んだ。そして黒いロングスカートを整えた後に、一冊の本を取り出して読書を始める。何の変哲も無い小説。
シルフ「あっ、アリスさん。お風呂入って来て良いですか?」
アリス「どうぞ。私の部屋の使う?」
シルフ「えっ、良いんですか。」
アリス「別に良いわよ?覗いたりしないから安心してね。」
シルフ「されたら困ります本当に。」
冗談交じりに会話を繰り広げつつ、シルフはアリスの部屋の脱衣所へ移動した。服を脱ぎ捨てる時も、浴室に入ってシャワーを浴びる時も、湯船に浸かる時も、アリスの事がやはり頭から離れない。
既に自覚している事なのに、認めたくない事実に蓋をして誤魔化し続けているのかもしれない。何か行動を起こす訳でも無く、ただ一緒にいて心地良いだけ。だけ、と言うには少し贅沢な気もするが別に恋人では無い。
どちらかと言えば友人と言う距離感の方がしっくりくる。だが、確実に友人以上の距離感を持っているとも感じる。アリスはどう思っているのだろうか。こんな関係に対して何か思うところはあるのだろうか。
シルフ「アリスさん...」
湯船で一言、呟いてしまう。確かに今の距離感は心地良い。だが、この関係性のままでは嫌だ。もしも彼女が他の男性の横にいたら。彼女が幸せならば良い、と言う気持ちもあれば、嫌、と言う気持ちもある。
この関係性を変えたい。だが勇気も出ない。悶々とした自問自答を繰り返し、脚を抱えて浴槽に浸かり続けるシルフ。その時間は刻一刻と過ぎて行き、暫くした後に彼はアリスの部屋へ戻る。
___約数時間後。時刻は月が天頂に登る頃。シルフはアリスのベッドにて休息を取っていた。変な話、彼女のベッドは何度も使用している。最初は申し訳ない気もしていたものの、既に慣れて安心出来る領域まで。
しかし、ベッドに横たわっているのはシルフのみ。肝心な部屋の主であるアリスは何処へやら、姿は一切確認出来ない。彼女は一体何処に行ったのだろうか。だが、それを裏付ける様に部屋の奥から漏れ出る水音が。
上から降る水の線が床に叩き付けられる様な音が断続的に。音の鳴る方向は脱衣所に続いていた。
シルフ「んっ...」
そして偶然か、はたまた運命の悪戯か。早い時間帯に寝付いた彼は良くも悪くも、夢から目を覚ましてしまう。起床と同時に周囲を見渡す彼。当然、アリスの姿は見当たらない。
更に寝ぼけた頭には薄く聞こえる水音が聞こえる訳でも無く。彼は身の沈むベッドから身体を起こして、大きく欠伸をして。彼の足はアリスを探す為に動き始める。椅子に腰掛けている訳でも無い。机に突っ伏している訳でも無い。
ならば、何処だろうと身体が脱衣所を通り過ぎようとした瞬間、ガラガラと音が響く。そして、シルフは反射的にその方向へ頭を向けた。向けてしまった。そして目と鼻の先にいたのは。
アリス「__あ。」
シルフ「なっ!?なぁぁあっ!!?」
身体が大きく仰け反ると共に勢い良く尻餅をついた。彼の視界に飛び込んだ信じ難い事実。それは、タオルを巻いたアリスが脱衣所から姿を現したと言う事。幸いなのは身体を隠す様にバスタオルを巻いていた点。
もし何も身に纏っていなければ、それは間違い無く記憶には残るが、同時に互いの関係が破綻してしまう可能性も高かった。そして彼の悲鳴がきっかけで、その声に釣られて部屋の中に入ろうとしたアリスはその場に佇んで。
慌てたシルフは咄嗟に両目を塞いだ。指の隙間から透けた景色には、やはり姿を表したアリスが立っている。しかし彼女の様子は一切動じる様子無く、堂々と、それでいて大袈裟なシルフの行動に小さ息を漏らしていた。
アリス「ふっ、何?」
シルフ「なっ、何って!そのっ、すみませんでした!事故なんですよ!僕だって起きるつもりなかったんです!!てかお風呂!!」
アリス「何、人がお風呂に入らない様な不潔な女だと思ってたの?」
シルフ「ちっ、違います!!そんな事思ってる訳無いじゃないですか!いつも良い香り髪から匂ってたし容姿端麗で才色兼備なアリスさんの事だから絶対お風呂入ってるって思ってましたけどこんなド深夜に」
アリス「はいはい、長文でお気持ち表明しなくても言いたい事は分かるわよ。」
半ば呆れ笑いを表情に浮かべながら、シルフの言葉を遮る様に告げたアリス。その声音は少し状況が状況な故に照れているのか、頬には僅かに朱が灯り、少しばかり身体を揺らして。シルフの早口による弁明には一理あり。
確かに女性として清潔さを保っている事も事実だし、容姿と知識量、その他諸々を踏まえれば彼女が美しく保つ行為をする事も妥当だろう。必死の思考がシルフの脳を駆け巡るが、同時にアリスは一歩シルフの方へ。
そしてタオルを片手で抑えた後に、彼の耳元で。
アリス「...えっち。」
シルフ「えぇっ!?ち、違いますって!ってか先に服着て下さい!!そのままじゃ寒いでしょうし早く!」
アリス「あら、心配してくれるのね。ありがと。じゃ、脱衣所で着替えて来るから。そのパジャマ取ってくれる?」
シルフ「は、はい...」
アリス「んっ、ありがとシルフ。」
彼女は濡れた髪の毛を垂らしつつパジャマを受け取り、身体から湯気を漂わせながら脱衣所へ。脱衣所の扉を彼女が閉める際、少しの微笑みを向けて来たが、それすらも今の彼には毒でしかない。
全身から熱が湧き上がる感覚が身体中を蝕んでいき、心臓が痛みを伴う様に跳ね始める。鼓動が早鐘の如く鳴り響き、呼吸すらも荒くなる。今までアリスと共に過ごして来て、こんなにも胸の高鳴りを感じた試しなど一度も無かった。
彼女と2人での食事も、2人で寝る時も、此処まで心臓が跳ね上がった事は無い。それもそうだろう。先程のアリスはバスタオル一枚。身体の輪郭は脳が拒んだが、視界には入って結局強烈に焼き付いている。
女性特有の身体のラインに柔肌、水を滴らせながら揺れた金髪。何より、絹の様に色白な肌。精巧に作られた人形の様に整った造形美。全てが彼の記憶に強く印象付けられてしまった。
シルフ「はぁあぁあ...喜んで良いのか、喜ばない方が良いのか...」
彼女の気配を感じない事を利用して呟くシルフ。つい漏れ出た本音は心の内をあからさまに表した物。そして、今だけはアリスが傍にいない事を喜んでしまう。
が、しかし。背後から柔らかな服が擦れる音がして。
アリス「んふっ、喜んでも良いのよ?」
シルフ「ぎゃあぁあああぁっ!!」




