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PERFECT WORLD  作者: ヤトミ
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第二十話 【あの頃】


数時間後、太陽が消えた頃。星降る夜に真紅の上を歩く。足音を響かせる彼女達は過去へ思いを馳せて、互いの微妙な距離がいじらしくも分厚い壁を形成しており、それを壊す事を躊躇ってしまう程に。それでも共に居続けようと足掻いてしまう弱さ。

2人共それを自覚してはいる物の、肝心の行動の起こし方が分からなくなっていた。昔はこうでは無かった。昔、もっと純粋で酔狂だった彼女と、消えない過去が根付いた彼女。


『昔の私達に戻りたい。』


そう願う心を互いが持っているか。それは本人達にしか分かり得ない事で、知る由も無い。果て無い疑問を頭に浮かべ続けていた時、片方が角部屋の前で歩みを止めた。

それに呼応して片方も歩みを止めて視界を前に向けるが、木製の扉は記憶に残っている様で。その扉の奥に眠る思い出の数々。忘れる事の出来ない談話や何度も交わした晩酌。心を覆う懐かしさに下唇を噛んでしまう植物の様な女性。

そんな彼女を横目に見た片方の女性が、彼女を気に掛けた様で。


ラム「...大丈夫?」

ウィズン「あっ、うん...大丈夫よ。部屋...失礼するわね。」

ラム「...うん、」


端的な会話。意味を持つ言葉の羅列が少ない2人の会話には、互いが真意を汲み取る事の重要さが求められる。しかし、それが可能だったのはどれ程前の話だっただろう。どれ程長い年月が経ってしまったらこんなにも不器用な会話をしてしまうのだろう。

互いにそう思いながらも彼女達は視線を交わす事無く。そして扉が閉まった瞬間、鍵が締められる。密室となった部屋の中には2人以外に誰も存在せず、外からは誰も侵入出来ない状態となって。


ラム「...ごめん、鍵かけちゃった。」

ウィズン「...別に、嫌じゃないわよ。」


互いに言葉を返し合いながら、少し前を行くラムはウィズンを招き入れる様にソファの方を視線で送る。そこに座ってと言われているのか、彼女は彼女の指示に従う様にして腰を下ろした。

柔らかい質感の布地は何処か懐かしく、いつぞやの記憶が蘇る香り。しかし蘇る記憶は再び壁によって遮られて。

いつからだろうか、隔てた分厚い壁を平然と流す様に出来たのは。互いの距離を測る事に億劫となり始めた事実もいつの日か、当初からそうだったかの様に記憶を上書きされていた。こうして最初の言葉を踏み出せずにいるのも同じだろう。

何も言い出せない自分達が、あの頃から何も変わっていない気がして耐えきれなかった。


ラム「その...ウィズン。」

ウィズン「...何?」


応答した。彼女が自身の問いに答えた。彼女は次に発せられる言葉を待つ様に此方を見ている。雫輝く葉の様な緑色が此方を見ている事実が胸に突き刺さるのが煩わしい。そう感じた彼女は壁際の棚に置かれた酒瓶達に視線を送る。

彼等に頼れば、楽に言葉を紡げる。謝罪の言葉を口にするなんて、酔ってしまえば容易い。だが、本当にそれで良いのだろうか。彼女と対面。更には自身が勝手に生み出した壁を切り崩す際にも酒に縋って。

酒に頼って出た言葉を本心と呼んだら、本物の本心は何処に行くのだろう。彼女の心の在処を見失ってしまうのでは無いか。そんな不安が過った時だった。

彼女が口を開いた。しかし、その言葉は途中で区切られる。


ウィズン「...ラム、私も...」

ラム「...先に言わせて欲しい。」


その声音は何処か儚げで、しかし毅然として。その声音で名を呼ばれてしまったが故に、彼女は瞳を見開いて相手を見る他無く。目を捉え合う2人。その光景はまるで時間が停止したかの如くに、何秒経とうとも互いを瞳に宿し続けた。

そして言葉を交わそうと唇を開いて。過去と決別する為に、酔狂な彼女の口が紡いだ言葉。しかしそれは、言葉で表すにはあまりにも大きくて。今まで自分が抱いて来た悩みを簡単に吹き飛ばしてしまう程の威力。

それが心に流れ込み、喉と息を揺らして、思いを。


ラム「その...ウィズン、私、勘違いしてた。生徒と比べられる様になった時からあなたを妬んで、勝手に突き放した。ずっと逃げてた。自分の事が分からなかったから。

でもあなたはずっと優しくて、一切私を傷付けるとか陰で物を言うとかの事は無くて、むしろ距離を保ってくれて。私、あなたの事を羨ましがってた。だから...ごめん、ウィズン。謝るタイミングが遅くなっちゃって、ごめんなさい。

本当に、身勝手で、あなたを傷付ける事なんて考えないで、ごめんなさい...!!」


途切れる息と震える息と共に零れ落ちる涙。過去の罪が脳を巡り、つい涙腺が緩んだのだろう。ウィズンの方へ向き直るラムの目尻から零れ落ちる涙。そんな彼女を安堵させる様に、ウィズンは優しく手を伸ばした。

細い指は頬を伝った後に、潤む目尻へ伸びていく。泣いている姿など滅多に見られない。そもそも見られる訳が無い。彼女がここまで感情を露わにするなど、ましてや他人に感情を曝け出すなど珍しい事なのだから。何なら初めてかも知れない。

初めて見る彼女の泣き顔に、自然と頬が綻ぶ。


ウィズン「ラム、私こそ謝らなきゃいけないのに。あなたの心を察せずに、寄り添えなかった。心配の一言とか、寄り添う事はいくらでも出来たはず。あなたが苦しむのはあなたが悪い訳じゃない。本当に、あなたは悪くないの。

なのに私があなたに歩み寄らなかったから。ラム、ごめんなさい...!私も本当は、昔の私達に戻りたかった!!」


溢れる思いに身体が耐えきれず、ラムを勢い良く抱き締めてしまうウィズン。背中で腕をギュッと結び、胸の内の感情を吐露する様に。


『昔の私達に戻りたかった。』


この言葉が全てを物語る。ウィズンは自分を抑え込んでしまった故に、彼女への対応を冷徹にせざるを得なかった。そしてラムもまた、自分が弱い存在だと思い込み、嫉妬深い醜い存在だと感じていたから、それを相手に悟られまいと避ける様に。

2人の複雑な心境が絡み合った結果として、2人の距離は歪になって。それが今解きほぐされて行く感覚を2人は覚えて。

お互いの存在を確かめ合う様に身体を強く抱き締めたまま、温もりを身体いっぱいに受け止めて。そして2人にしか作る事が出来なかった空間が構築される。


ウィズン「ねぇ、変わらないのね。お酒好きなのは。」

ラム「仕方ないじゃん、これなきゃやってられないって。」

ウィズン「ふふっ、本当に変わらない。当時からそんな事言ってたわよね。でも今じゃ、見る限り比にならないくらい増えてるわよ?」

ラム「ん、これは趣味。...また、晩酌する?エピソードいっぱい溜まってるでしょ。」

ウィズン「んっ、喜んで。」


2人はベッドから軽々しく腰を上げ、机を挟む様に置かれた二つの椅子に互いに腰掛け合う。

何故、椅子が二つあるのかはラムにしか分からないが、彼女の隠し切れない心の内の部分が垣間見えて思わず頬が緩んでしまいそうになりながら、酔狂な彼女は棚から棚からグラスと共に酒瓶を取り出す。

そしてキッチンと思しき場所へ足を運ぶと、何か作業をした後に再びウィズンの元へ。手に持ったグラスの片方を彼女に差し出し、自身も残ったグラスを持ってウィズンの対面へ腰を下ろした。

グラスの中を漂う液体は濃い琥珀色に染まり、中の氷塊は妖艶な煌めきを放って。


ウィズン「綺麗ね、流石はラム。あなたの事だから、酒言葉とかも意識してるんじゃないの?」

ラム「ありがと。流石はウィズン。そっちのはモスコミュール。私のはモヒート。酒言葉は___」


そうして開かれる宴の席。三年分の話を喜々として語り合う互いの笑い声が部屋に反響して、互いの顔を赤らめる様に心を通わせる。最早、互いに隠すべき秘密も無い2人は、互いの顔を見て心底嬉しそうな笑顔を咲かせていた。

昔の彼女達の戻った様に、当時の記憶と異なる笑顔で、その瞳には幸福の雫が滲む。2人の共通した思いは叶った。酒言葉はそれを祝福する様に。


『仲直りをしましょう。』『心の渇きを癒して。』


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