551.お名前なぁんてぇの
教国歴四十一年夏の期 36日
月曜日で休日のこの日。
昼頃から天界からの観光客が大勢訪れるという事で、早朝からクラウスの妻達が忙しく観光客を迎え入れる準備に追われている。
とは言え巨大化したゲオルグの牧場で日頃から働いている為、餌やり体験の用意などを仲良くお喋りしながら手際良く始めている。
休日という事もあり、クラウスは教国軍の仕事も無く、師匠のトウシロウもこの所子供に付きっきりでまるで構ってくれない。
カミラも休日はララルルディと二人きりで仲良く過ごす事を優先し、クラウスの事は相手にしてくれない。
ララルージュやララグレースは平日も休日もなく本邸前を本拠地にアチコチに出かけているため稽古もつけられない。
まだまだ日が昇って間もない時間、クラウスは一人ぼんやりと賑やかな牧場の様子を眺めていたが、やがてゲオルグ牧場の看板犬のリオの子供をお腹に宿したラヤの出産の様子を見学しにいく事に。
昨晩からゲオルグとジーニャが付きっきりでラヤの様子を見守っており、そろそろ本格的にお産が始まると分かるとララミーティアが呼び出された。
ラヤの出産の為に土魔法で用意した特設の出産小屋は清潔さを保たれており、やがてクラウスの妻達や広場の集落に住んでいる面々も話を聞きつけて見学しにやってきた。
これまで犬の出産など見たことのないゲオルグ以外の面々は興奮しつつも真剣な表情で見守っている。
ジーニャやエステルはゲオルグの側で、今にも泣き出しそうなくらい必死な表情でラヤを励ましている。
ゲオルグの的確なサポートのお陰か、やがて30分おきに子犬が産まれ、リオとラヤの間には四頭の子犬が無事産まれた。
「いやぁ、これまで生きてきて犬の出産は初めて見たぞ!犬とは言え、なかなかに感動的だったなぁ!」
クラウスはそう言って豪華にガハガハと笑っていた。
ラヤの出産も終わり、関係者以外は出産小屋からゾロゾロと出てきていた。
クラウスのそばに居たイツキとララミーティアもそれには同意なようで、感慨深そうに頷いていた。
クラウスの側に立っていたペロも満面の笑みを浮かべながら口を開く。
「赤ちゃん、いっぱい産まれたね?可愛かったね?」
「おお、可愛かったなぁ!四匹も産まれたなぁ!赤ん坊が産まれるってのはいつだって感動的なもんだなぁ!」
クラウスはそう言ってペロをひょいと抱えて肩車してみせる。
ペロはクラウスに肩車されて楽しそうに頭にしがみつく。
「高ーい!ねえねえ!」
「んー?なんだー?ペロよ。」
「クラウスは全部で何人赤ちゃん産まれたのー?」
ペロの問いかけにはイツキとララミーティアも同意する。
「あー確かに気になるかも。クラウスさんって何人くらい子供が居るんですか?」
「そうね。600年近く生きてるんですもの。そもそも奥さんがどれだけ居たのかも気になるわ。」
そんな質問にクラウスは広場に繋がる道の方を眺めながら唸る。
「一人一人はしっかり覚えてはいるが、如何せん数を数えた事は無かったからパッと答えられんなぁ、うーむ…」
そう言ってクラウスは指折り数え始める。
途中、肩車したペロの指も借り始め、ペロはキャーキャーはしゃぎながらクラウスのお手伝いを始める。
こうして子供の扱いにとても馴れているクラウスの子煩悩さにイツキとララミーティアも微笑みながら見守っている。
「よしペロ、じゃあ次の指をだな?でだ…」
「あっ!馬車来たよ!」
ペロが折角折っていた指をリセットし、広場に繋がる道の向こうを指差した。
「あー、今日は天界から観光客が来る日だからよ。きっと観光客相手に対応する人達が街からきたのね。」
「はいはい、エキストラの皆さんか。」
二人の言葉にシンクロしたように頷くペロとクラウス。
「劇団スーゼランズってとこの人達だよ!」
「劇団?ほう!なるほどなぁ!天界からの客相手に芝居でもてなすってか!ほお!」
クラウスを納得させられたのが嬉しかったのか、どこか満足げなペロ。
馬車は宿屋の前で止まると、宿屋の中から出てきたニコと女主人のサブリナによって出迎えられた。
先陣を切って馬車からイサベラーネが出てくると、続いてテキパキと様々な格好をした劇団員達が降りてきて整列を始めた。
「さあ到着なのです!練習の成果を遺憾なく発揮するなのです!君達はあちしの教え子!!日夜稽古に励んでいる君達の姿はよーく見ているなのです!!そんな努力を怠らない君達なら出来るっ!!なのですっ!!」
馬車から降りてきて整列した面々にイサベラーネがそう言って檄を飛ばす。
劇団員達は宿屋のサブリナが言う通り、冒険者だったり吟遊詩人に踊り子など多岐にわたっている。
いずれもイサベラーネに心酔している様子で、一様に姿勢正しく立ったまま「はいっ!!」とイサベラーネの会話の要所要所で元気のいい返事が聞こえてくる。
「流石大所帯の座長って感じだなぁ。」
「ふふ、本当ね。みんなイサベラーネを心から慕ってるって顔をしているわ。」
「貫禄あるもんね本当。」
「長年劇団を引っ張ってきたものね。感心しちゃうわ。」
イツキとララミーティアが感心しながらイサベラーネ達の様子を見ていると、クラウスは無言のままゆっくりとペロを降ろした。
ペロは惚けた顔をしているクラウスを見つめながら口を開く。
「クラウス、どうしたの?お友達いた?」
そんなペロの言葉にイツキとララミーティアも気がついて思わずクラウスに視線を送る。
「…なあペロ…あの人、なんて名前だ?」
クラウスの視線の先にはイサベラーネ含む劇団の面々。
そしてそれを微笑みながら側で見守るニコと、宿屋からサブリナが来ている。
「え?ニコだよ?」
「そうか…ニコさんって言うのか…ん?ニコと同じ名前だな…」
「だって、ニコはニコだよ?」
ペロは不思議そうに首を傾げる。
クラウスはペロの隣でしゃがみ込んでペロの肩を軽く揺する。
「ち、違う違う!違うんだよなぁペロ。俺が聞きたいのはよ?「ニコの名前って何だ?」じゃなくて!ほ、ほら…あのすげえ美人の名前だ、居るだろほら!」
「美人?サブリナ?」
ペロの言葉にクラウスはだらしない表情を浮かべてイサベラーネ達の方を見る。
「ほほう…サブリナさんと言うのか…何というかよ…美人に良く似合いそうな名前…ん?宿屋のサブリナと同じ名前か…」
すぐにハッとした表情に戻り、泣き出しそうな顔でペロを見つめる。
「ペロよ!」
「ん?なぁに?」
「違うんだよなぁペロ!そりゃひょっとすると宿屋のサブリナだろ?蜂魔人のよ?」
「うん!サブリナ。すげー美人だよ?」
クラウスの反応に首を傾げるペロ。
クラウスは首を横にブンブンと振る。
「違うんだよーペロー、サブリナは確かに美人だ。美人だけどよ、俺が知りてえのはあの背が高くてスラーッとしたよ、あのとんでもねえ美人のお姉さん!何かよ、みんなに檄を飛ばしてただろー?」
「ひょっとしてイサベラーネの事を言ってるのかしら?ねえ、知り合いなの?」
痺れを切らしたララミーティアがクラウスの後ろからそう声をかけると、クラウスはスッと立ち上がって満面の笑みをララミーティアに向ける。
「それだよそれ!ほほう…イサベラーネと言うのか…」
「あ、俺分かった。クラウスさん、イサベラーネさんが気になるんだ?」
そう言ってシャドウボクシングのような仕草をするイツキに、ララミーティアも手のひらを拳でポンと叩いて頷く。
「なるほど!そういう事ね!うんうん、確かにイサベラーネもなかなかですものね!」
イツキとララミーティアは強者の匂いを感じ取ったものと思って、クラウスの反応に納得し合っている。
「ほほう、強者と…これは、ほほう…?」
ペロも漸く意図が理解できて、クラウスの足をグイグイ引っ張る。
「モジモジして、話しかけるの恥ずかしい?」
「なっ!?そ、そんな訳…ないだろ…!こちとらハイオーガの男だぞ?んなもんよ!…まぁ、うーん…あれだよ…」
ペロの指摘にドキッとしたクラウスは慌てて否定する。
しかし慌て顔のクラウスにペロがクラウスの足をペチペチ叩きながらニッコリ微笑みかける。
「ペロが一緒に行ってお話してあげようか?」
「なっ、なぬっ!?良いのか!?ペ、ペロはイサベラーネさんとお知り合いなのか!?」
「うんっ!!お友達だよ!!」
「おっ、お友達とっ!?」
クラウスの言葉にペロはニッコリ微笑む。
イツキとララミーティアにも視線を向けたクラウスだったが、2人とも同意の微笑みを浮かべた。
ペロの言葉は続く。
「ペロね、この姿になれたのはね?イサベラーネのお陰なんだよ!とっっっても強くて面白くて優しいの!ペロ、イサベラーネ好き!」
ペロは弾けるようにして喜びを身体で表現する。
クラウスもニコニコしながらペロの頭を撫でた。
「そうかそうか!つまりはよ、スッゴい良い女という事だな?」
「うん、スッゴい良い女の人だよ!ペロ大好きだもん!」
「そうかー、そしたら旦那さんとか子供とか…そりゃあ居るよな?いやぁ…迷惑かけちまうよな…んー、どうだろうかなぁ?よう?」
「ペロ、知らなーい。」
「そうかそうか、えーと…?」
クラウスはチラッとイツキとララミーティアに視線を向ける。
イツキは腕を組んだまま首を傾げた。
「ん?あれ、イサベラーネさんに旦那さんとか子供なんて居たっけ?居ないと思うけどな…」
「独身のハズよ?そんなの居るなんて聞いたことないわ?それにそんな心配いらないでしょ。イサベラーネはデモンパペッタ族の手練れよ?」
「はは、そりゃそうだ。クラウスさん、別に心配いらないですよ!」
手合わせによる負傷で伴侶やその子供に迷惑をかけると心配したと思しきクラウスにそう声をかけるイツキとララミーティア。
クラウスはこの上ない程ワクワクしたような顔をしてイツキとララミーティアに向かって順番に大きく頷き、そしてペロを再び肩車してからイサベラーネの方へと走っていってしまう。
「強者と知るとウズウズしてしまう、か。根っからの武人なんだなぁ。」
「強い人ってみんなそうね。ほら、私達も行きましょう?」
「だね、話が拗れたら大変だ!」
「拗れそう!ふふっ!」
クスクス笑いながらクラウスの後を追いかけるイツキとララミーティア。
「それじゃあ各人ニコ君の指示に従って配置につくなのです!あちしは奥から君達を見守るなのです!」
「はいっ!!」
イサベラーネの言葉に大きな声で返事を返す劇団員達。
その時、クラウスがペロを肩車したまま駆けてきた。
「あのっ!!イサベラーネさん!!」
「ん?あちし?えーと…誰なのです?」
クラウスから急に声をかけられたイサベラーネ。
イサベラーネは声のする方へ振り向いて首をぽてんと傾げる。
クラウスに肩車されてゴキゲンなペロが声を上げた。
「イサベラーネ!」
「おや、ペロちゃんなのです!どうしたなのです?その方は誰なのです?」
「クラウスはねー?テーゼウスのパパだよ!」
ペロの言葉に操り人形のように大きくこくっと頷くイサベラーネ。
「そうなのです?確かに似ているなのです!あちしは劇団スーゼランズの座長、デモンパペッタ族のイサベラーネと申しますなのです!」
「はじめまして!俺はハイオーガ族のクラウスと申します!」
ペロの両足をしっかり抑えたままガバッと頭を下げるクラウス。
クラウスの頭にしがみついていたペロはキャーキャーと大興奮だ。
「流石ハイオーガなのです!逞しくて生命力に溢れるなのです!テーゼウス君に似て男前なのです!」
イサベラーネは馴れ馴れしくクラウスに近寄り、何の断りもなしにクラウスの身体をペタペタと触りだす。
クラウスの顔は耳まで真っ赤だ。
「あはは!クラウス、顔真っ赤!」
「クラウス君は照れてるなのです?逞しい男前が照れる様は中々そそられるなのです!」
「クラウス逞しい?」
「逞しいなのです!男らしい男なのです!女はこんな逞しい腕に守られたいものなのです!」
ノリがイヴリンに似ているイサベラーネ。
グイグイとクラウスに馴れ馴れしく接する。
やがてイツキとララミーティアが駆けてきた。
「何かね、クラウスがイサベラーネに頼みたい事があるみたいなの。ね?」
ララミーティアがそう言ってクラウスに水を向ける。
クラウスは覚悟を決めたような表情でイサベラーネを見つめる。
クラウスの真剣な顔にイサベラーネは思わず顔を赤くして固まってしまった。
「イサベラーネさん!」
「はっ、はいなのです!!」
余りの大声に周囲にいた劇団員達やニコやサブリナまでもが動きを止めてクラウスとイサベラーネに視線を向ける。
「俺の妻になって欲しい!頼むっ!!」
「はっ、はいなので…えぇっ!?」
うっかり「はい」と返事をしてしまったイサベラーネは驚いてクラウスの顔を見つめたまま完全に固まってしまった。
時が止まってしまう宿屋前。





