549.親バカと近況
イツキの身体に「タイキ・モグサ」と名付けられたドリアード族の赤ちゃんが入り込んで、その翌日。
朝食も食べたイツキとララミーティアは二人で首都ミーティアの大聖堂へと足を運んでいた。
このところマーウーもルキア達の側にいたり、ジーニャやクラウスの妻で妊娠中のカルミラと過ごしたりと、自分の生活スタイルを確立している。
ペロについてもエステルと連んで遊ぶか、ララミェンが聖女の仕事でララグレース達と出掛けていなければララミェンも交えて遊んでいるか、イツキにベッタリという訳でも無くなっていた。
「何だかさ、早く姿を現さないかなってソワソワしちゃってな。」
大聖堂でララミーティアと並んで座っているイツキはそう言ってワクワクした顔で大聖堂へやってくる人達を眺めている。
ララミーティアはクスクス笑いながら口を開いた。
「ふふ、自分を選んでくれて、自分で名前を付けて、自分の魔力でスクスク育って…ワクワクして仕方ない気持ちは良く分かるわ。」
「なんかタイキが居るって感覚がある訳じゃないから、城塞の守護者で把握するしかないんだけどさ、愛おしくてしょうがないって感じだよ。もう一度ゆっくり顔を見たいなぁ。」
そう言って自身のお腹を撫でるイツキ。
「そんなお腹を撫でてるけれど、果たしてどこから出てくるのかしらね?」
ララミーティアが眉を八の字にして肩を竦める。
その時、イツキの胸の辺りからゆっくりとタイキが姿を現した。
イツキは驚かせないよう声を殺してそっとタイキを両手で包み込む。
(出てきた出てきた…!本当に小さいなぁ、でも立派にドリアードっぽい!)
(本当ね!あらら、可愛いわ…)
(おっ、目が開いたぞ?)
目を閉じていたタイキがゆっくりと目を開けた。
常にイツキから魔力を吸っているからなのか、タイキはイツキの顔を見ると安心したように再び目を閉じる。
(安心したみたいな顔したよ!俺を見てさ、安心したような…!)
(ふふ、ちょっと!何も泣くことないじゃないの、ふふ!)
ララミーティアは笑いを堪えながらイツキにそう言った。
イツキはタイキを見て微笑みながらもさめざめと泣いていた。
(な、なんか不覚にも感動しちゃって…ああっ!また消えちゃった…)
イツキは袖で涙を拭いながらついつい笑ってしまう。
「はは、こりゃ親バカになっちゃうな。自分のことながら、先が思いやられるよ。」
「四六時中イツキから魔力を貰ってるんだから本当の子供同然ですもの。親バカにもなるわ。」
ララミーティアは微笑みながら大聖堂全体に聖女の力を振りまく。
そんな風にタイキは日に一度か二度はフッと姿を現し、イツキの顔を見て暫くするとまたイツキの身体に戻っていった。
その度にイツキは愛おしげにタイキを愛でていた。
教国歴四十一年夏の期 30日
教国の三本柱との定例報告会はあれからも何度か行ってきたが、結局大マーリング連邦とランブルク王国並びに神聖ムーンリト教国との戦争が始まる事はなく、大マーリング連邦側は徐々にランブルク王国との国境に展開していた兵を全て引いて、国境封鎖も解除されたとイツキ達にも報告がなされた。
イツキ・モグサ暗殺未遂について大マーリング連邦からおざなりの謝罪と賠償金が支払われたそうだ。
旧モードラド王国は自治権を与えられただけで、政治的権力はエルピディオシティにある大マーリング王家が握っているというスタンスを取っている。
なので責任を旧モードラド王国に擦り付ける事もできず、大マーリング連邦はどこも侵略できず、鳴り物入りで訓練していた結界破りも使えなくなって訓練も無駄に終わり、ムーンリト教、実質神聖ムーンリト教国へ賠償金を支払い、もはや侵略戦争を起こすような体力は残っていないようだ。
大マーリング連邦は自らランブルク王国やエフェズ王国との国境を封鎖していた事で貿易や通行税による収入は激減。
またチャーリーとイザークの暴走のせいで余計な賠償金を負った上、軍備増強に多額の金を注ぎ込んでいた影響により、各地の貴族の財政に大きな打撃を与え、各地で税は上がり、市民の経済活動は瀕死寸前となっていた。
更にランブルク王国や神聖ムーンリト教国の諜報員達の地道な活動により、大マーリング連邦国内で頻発していたランブルク王国軍や神聖ムーンリト教国軍による大量殺人は大マーリング連邦の自作自演だったらしいと噂で持ちきりになっていた。
「そんなの…革命が起きるんじゃないの?」
フランク達から報告を受けていたイツキがそう言うと、フランクは涼しい顔をしたまま小さく頷いた。
「そうなるでしょうね。絶対君主制の国というものは上に立つ者が馬鹿だとあっと言う間に転覆してしまいます。もはや他国の介入もなく徐々に自滅していく事と思いますよ。」
フランクの言葉にララミーティアが続いた。
「あちこちから大マーリング連邦の人達が逃げ出してきそうね。」
「その辺は教国も受け皿になるつもりだよ。」
アンジュがそう答えるが、イツキはぎょっとして聞き返してしまう。
「受け皿に?」
「元々大マーリングとは外交関係は殆どありません。それに領民が逃げ出せばそれだけ領主は税収が減り苦しくなりますが、ランブルク王国や神聖ムーンリト教国相手に弱っている大マーリング連邦ができる事など皆無に等しいです。教国であれば首都ミーティアでいくらでも受け入れ可能ですし、住居も職業も提供出来ます。」
フランクの言葉にヴィクトールも腕を組みながらうんうんと頷き、口を開いた。
「じいちゃんの結界のお陰だぜ。あれがあるからガンガン受け入れられんだよ。農業をやるも良し、どこかの店で働くも良し、ムーンリト教で働くも良し、教国軍で剣を振るも良し、大歓迎だぜ。」
「だね。他の国と違って首都ミーティアは働いた分だけ儲けるって事は出来ないけどさ、それでも大陸のどこよりも幸せな暮らしを提供出来る自信はあるよ。」
そう言うアンジュの表情はどこか誇らしげなものだった。
その後も報告を受けた中で、首都ミーティアの住民登録が完了したという報告はイツキを驚かせた。
「凄いな!シモンはあと100年はかかるって言ってたのに!」
イツキの言葉にフランクは誇らしげな表情で口を開く。
「首都ミーティアの住民に家名を決めてつけるよう徹底させたのと、後は先代達の詳細な都市計画が功を奏したのですよ。細かな地区割、各地区長からブロック長へと住民情報が定期的に上がってきます。それを最終的に中央が取りまとめる事で全住民の把握が出来るようになりました。」
「いやいや!何十万人居るか知らないけどさ、紙媒体の資料でなんて把握出来る規模じゃないよね!?」
イツキが慌てた様子でそう言うと、イツキの隣で聞いていたララミーティアがクスクス笑いながらイツキの肩を叩いた。
「ふふ、そんなの三つ目族が居れば何の問題も無いじゃないの。」
「あっ!…ファンタジー世界にはファンタジー世界の流儀ってもんがあったな…」
あくまで地球感覚で考えていたイツキは、生きるデータベース三つ目族の存在を思い出して苦笑してしまう。
「その通り。三つ目族の文官達が完璧に把握してくれます。現在首都ミーティアだけで人口は22万人です。」
「「22万!?」」
イツキとララミーティアの言葉が重なる。
「ええ、22万人です。15歳未満の比率が約三割、今後も首都ミーティアはドンドン成長しますよ!後は種族によって寿命が異なるので一概に言えませんが成人の殆どが農業に携わり、後は商業、工業、教国軍、ムーンリト教、冒険者稼業、各種芸術家など、働ける者はほぼ何かしらの職を得ています。ハッキリ申し上げて首都ミーティアはこの大陸のどの都市よりも発展し、右肩上がりで成長を続けております。」
「ほら、南北の交易の要衝だしね、大陸唯一の宗教であるムーンリト教の総本山。おじいちゃんのお陰で難攻不落の要塞都市だし、芸術とかも含めて文化の中心地。大陸最大の大都市になるべくしてなってるんだよ。」
アンジュの言葉にヴィクトールもにんまりしながらうんうんと腕を組んで頷いている。
イツキは頬をポリポリかきながら口を開く。
「は、初めは100人程度の集落だったのにな…でもアンジュの言うとおりだ…全部の要素が揃ってるのに、俺の加護のお陰で悪意を持つ人が入ってこれない。」
「とんでも…ない都市になっていたのね。」
ララミーティアも改めて聞く首都ミーティアの現状に息をのむ。
フランクは穏やかな微笑みを浮かべながら口を開いた。
「それもすべてイツキ・モグサという異世界からやってきた一人の男が、ララミーティア・イル・リャムロシカという虐げられ隠れ住んでいたダークエルフと出会い、恋をし、結ばれ、愛するララミーティアを守る為に異界の神から加護を授かったという奇跡の物語から始まっているのですよ。」
「だなぁ。「なぜ命を狙われる?種族や肌の色でティアの何が分かる!?肌の色が人族と違うからか!?だとしたらそんな理不尽な話あるか!」か。そのじいちゃんの魂の叫びが人々を動かした!うーん、こんな奇跡の物語、早々ねえだろ!」
ヴィクトールはそう言ってカラカラと笑う。
ララミーティアは耳をピコピコさせながら照れ笑いをしてしまう。
「ふふ、何だか照れくさいわね…!」
「二人の出会いが22万人、それだけじゃないよ。」
そんな照れくさそうなララミーティアとイツキにアンジュはそう言って、更に言葉を続けた。
「大陸中に信徒が沢山居るの。月明かりに導かれて救われた人達、いっぱいだよ。」
「月明かりは大陸中に差し続ける…か。ノンビリ暮らしてただけなんだけどね。」
イツキは苦笑しながら頬をポリポリかきながらそう言うと、いつも通り前触れもなくイツキの腹の辺りからぬっとタイキが出てきた。
イツキも慣れたもので、危なげなくタイキを両手で包み込む。
唐突なドリアードの赤ちゃんの登場にフランク達の目尻が下がる。
「タイキー、おめめを覚ましたかなー?」
イツキはそう言いながらタイキの小さな額にそっと口づけを送る。
タイキはふにゃっと微笑んでイツキをジッと見つめる。
「はは、タイキー、パパはタイキが大好きだよー?」
そう言ってイツキが人差し指でタイキの頬をぷにっと突っつこうとすると、タイキは小さい手でイツキの指をキュッと掴む。
イツキは満面の笑みを浮かべタイキを見つめる。
「おー、ほら見てくれよ!最高に可愛いなぁ!」
イツキの親バカ発言だが、フランク達もあどけないタイキにスッカリメロメロだ。
「これは…堪らないですね…!」
「わぁ、可愛いんだなぁ!小さいなぁ!」
「じいちゃんの魔力でスクスク育ってる訳か!溜まんねえなこりゃ!」
そんなフランク達を見守りつつララミーティアも幸せそうに微笑んでいた。
そしてタイキは満足したのか再びイツキの身体に溶け込んでしまった。
「おやすみ。パパの魔力タップリ吸って元気に育てよー?」
「ふふ、タイキもちょっとずつ大きくなってきたわね。」
「そうなんだよなー、普通の種族とは違うから良く分かんなかったけど、最近タイキの魔力の感じが分かるようになってきたんだよね。」
イツキはニコニコしながらお腹をさすっている。
フランク達は首都ミーティアへと帰っていき、イツキとララミーティアも本邸から出て大きく伸びをした。
「さてー、今日も1日平和だなぁ。」
「んーっ!本当ね。よし、宿屋でも行ってお昼ご飯頂きましょう?」
「おっ、いいね!本当美味いからなぁ。」
イツキとララミーティアはゆっくりと集落へ向けて歩みを進める。
今日も1日、平和な日が過ぎてゆく。





