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ダークエルフと暮らす異世界間違い転生  作者: 三沢 七生


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546.ネジとバネ

教国歴四十一年春の期 80日




この日、朝から本邸にはフランク、アンジュ、ヴィクトールが来ていた。

後は教国軍の兵士が本邸の外に二名、本邸の中に四名立っている。

フランク達三本柱にもそれぞれ文官やアイセルが控えている。


ダイニングテーブルやリビングのいつものソファーやテーブルなどは全てイツキのアイテムボックスに仕舞っており、その代わりに地球で見かけるキャスターつきの所謂社長椅子が八脚、そして少しグレードの高い折り畳みの会議用長机が四角く並べてある。


今日は記念すべき象徴への定例報告第一回が開催されていた。


どうせイツキ達の口から情報は漏れるだろうと言うことで、会議中であれど本邸周辺に住んでいるモグサ家関係者の出入りは制限していない。

モグサ家からはマーウーも含むイツキ夫婦五名とイツキの膝の上にペロが座る形で参加していた。

出入りの制限こそ設けていないものの、広場の住人たちも「どうせ後で耳に入ってくるだろう」と思っているのか傍聴はマーウーとペロ以上は居ない。


フランクの当たり障りない挨拶から会は始まり、まずはやはり周辺諸国の不穏な空気についてだ。


「先日、イツキ様が旧モードラド王国から帰ってきた日の翌日、教国から正式に大マーリング連邦へ抗議の声明を出しました。あの辺りの地域は国境封鎖されていた訳ではないので、ムーンリト教の象徴に対する不当な扱いについて、深い憂慮と強い抗議の意を表明するといったものです。」

「まぁまともな返事は期待出来ないとして、戦争はどうなりそうなの?」


イツキの質問にはアンジュの後ろに控えていたアイセルが口を開いた。


「あてにしてたバーグナズシャインの喪失。デーメ・テーヌ様による結界破りの封印。結界が破れる前提の編成とか戦術とかだったからもう現場の方はパニック状態。噂レベルで大マーリングはイツキ・モグサに手を出したらしいって話も出回ってて、兵士達の士気はだだ下がり。このまま何の指示もなく待機状態で給金は出るのか?とか配給はどうなる?とか、もう不平不満ばっかり。」

「そーゆーのってわざと不安を煽ったりしないの?」


マーウーがそう尋ねると、アンジュはフフっと笑う。


「我が国は身を隠すのに向いている特性を持つ者が大勢居ますから、そういう事もあるやもしれませんね。」

「潜入なんて考えただけでハラハラするわね!」


ベルヴィアの言葉にコクコク頷くマーウー。


「ちなみに実行犯二人についての沙汰はまだ聞こえてきませんが、恐らくはモードラド王国ごと切り捨てるという線が濃厚なようです。あくまで旧モードラド王国側の独断による暴走。それで話を終わりにしようという魂胆でしょう。」


そんなフランクの言葉にサーラが複雑そうな表情を浮かべながら口を挟んだ。


「イツキから聞きましたが、チャーリーというまだ年端も行かないような青年は、母と二人でじっと生きる世界から急に、彼の側近としてついていたイザークという男のような者ばかりが居る世界に放り込まれたのでしょうね。」


サーラはそう言うと、一旦手元の紅茶を一口くちに含み、小さくため息をついた。


「そういう悪意を煮詰めたような大人に囲まれ、持て囃され唆され、無知な青年は悪意を煮詰めたような大人のいう事を正義だと思い込んで実行に移す。私はね、学問の大切さ、無知が引き起こす悲しい結果が今回の一件に凝縮して詰め込まれていると思いました。」


そんなサーラの発言にベルヴィアが切ない顔で小さく頷き、ゆっくりと口を開いた。


「その通りね。無知だといつだって小狡いヤツから騙され、搾取され、良いように使われて今回みたいに紙くずみたいにポイッと捨てられる。そう考えればそのチャーリー青年は立派な被害者だと思っちゃうわね。その悪意を煮詰めた大人しか居ない環境に身をおいてさ、チャーリー青年が悪意からじゃなく、ごく自然と同じような思考…自分たちの行動に疑問を持たなくなる人になる事は当然よね。」


ベルヴィアの言葉には誰も反論することは出来ず、ただただ後味の悪さだけが残ってしまった。


その後は現状の都市計画の推移状況、不足している物資や施設、教国軍の状況や課題などが淡々とイツキ達に報告された。


なお、ララルージュとララグレースについては大マーリング連邦とのピリピリ感を警戒し、無期限で国外での活動は中止する事になったとの事だった。

本人達も、イツキが死ぬ寸前まで追い詰められたら事が少なからずショックだったようで、情勢が安定するまでは国内での活動となる事に異議はなかったようだ。




あまり長時間に及ぶことも無く、初回の定例報告会は終了した。


「あの椅子とか机、持っていかれちゃったねー?」

「ペロ、あの椅子好きなのになー。」


マーウーとペロが元のレイアウトに戻した本邸のソファーにて並んで座りながらそう言っていた。

これまで召喚した事のない類の家具だった事もあり、その見た目や座り心地を気に行ったフランク達がイツキにせがんで椅子や長机を持って帰ってしまった。

元手の掛からない家具なのでイツキも快く全て譲った。


「ふふ、そんなに気に入ったならまた出してあげるわ。」


ララミーティアがそう言ってマーウーとペロ用に二脚の椅子を召喚する。

マーウーとペロは大喜びで颯爽と椅子に座った。


「これ本当に座り心地いいなー!きっと凄い高いやつなんじゃない?」


マーウーがリクライニングを倒しながらイツキにそう尋ねると、イツキは腕を組んで唸り始める。


「うーむ、どらくらいだろうなぁ…俺の勤めてた会社で見かけた程度だから…まぁ例えようがないけど、数日働けば買えるような程度の品物だよ。それこそポンポン作られて、その辺の家具屋で売ってるような量産品だし。」


そう言って肩を竦めながら再び社長椅子を召喚し、ボスっと座って背中を預ける。


「俺はこの手の椅子に座るとさ、アホほど働いてた地球のいやーな思い出を思い出すよ。」


イツキは手すりを手のひらでポンと叩いてみせた。

それを見ていたベルヴィアがイツキの側まで近寄ると、イツキはベルヴィアに椅子を譲った。


「私はこの手のアンティークものって好きだけどねー、可能な限りコストを削減しつつ座り心地を追及するみたいな?」

「はは、天界目線ではアンティークものか。」


そんなやり取りを聞いていたララミーティアは更に追加で召喚した椅子に自ら座り、座ったままクルリと回り始めた。


「座り心地も良いし座ったまま移動も出来るしその場でクルリと回れる。こんな便利で快適な椅子が存在するなんて目から鱗よ。何でもっと早く出してくれなかったのって感じね。」


ララミーティアの言葉にマーウーとペロも楽しそうにクルクル回りだす。

しかしイツキは苦笑しながら口を開いた。


「折角異世界に来たのに、こんな現実的な家具ばかり揃えたらつまんないからなぁ。俺はティアの小屋にある椅子とかさ、ウナギの寝床で使ってる丸太のスツールとかの方が好きだな。」

「ふふ、この世界の皆にとっては信じられない程に快適な椅子ですし、折角だからポーション製造工場に寄付してきたらどうですか?」


サーラはダイニングテーブルでリンゴの皮を剥きながらそう言った。

イツキはサーラの剥いたリンゴを一切れひょいと摘まんで頷いてみせた。


「それもそうだな。こんなんで喜ばれるならそうするかー。」




それからイツキはフラリとララアリス達が働くポーション製造工場へ赴いた。

コルムに声をかけて社長椅子を渡すと、そのクオリティに大興奮。

ポーション製造が中断され、イツキは言われるままに椅子を召喚しては渡した。


キャスターつき家具という物自体が存在していないようで、イツキが説明の為にキャスターつきワゴンやキャスターつきテーブルを召喚してみせると、それすらも欲しがられ、言われるままに召喚して渡していった。


久しぶりに魔力消費に貢献できたぞとほくそ笑むイツキ。

しかしイツキは気がついていなかった。


ポーション製造工場にとある人物が居なかった事を。




翌朝の薄明時、イツキ達夫婦が起き出し、ゲオルグとエステルとジーニャが欠伸をしながら寝室から出て来たと同時に本邸に転がり込んでくる人影があった。


『身体のスキャンを開始しま「おはようございます!イツキさん!!昨日みんなに召喚したアレですけどね!?」


本邸のシステムメッセージを遮るようにニコが大興奮で飛び込んできた。


「ちょ、ちょっと!!流石に自重しなって!!いくらなんでもこんな時間にっ!!」


後からニコの妻のヒルダが血相を変えて本邸に続けて飛び込む。

しかしニコはそんなヒルダの言葉を受けてもまるで気に留める様子はない。


「ゲオルグさんとジーニャさんは物凄い早起きだし、イツキさん達もそれに匹敵するくらい早起きだから大丈夫だよ!ほら!ベルでさえ早起きなんだよ?」


そう言ってニコは満面の笑みでイツキのもとへズンズンと歩みを進める。

ダイニングテーブルに座って人数分のコーヒーを召喚しているところだったイツキは「キャスターの件だな」と苦笑する。


「キャスターつきの椅子の件かな?ニコも欲しいの?良いよ?」


イツキは分かってますよと言わんばかりに椅子を召喚しようとするが、ニコはずいっとイツキに顔を近づけた。


「違いますよ!!あれらに使われていた丸いバツ印がついた釘のようなものは何ですか!?」

「え?あっ、ネジの事?」


まさかそっちに興味を示したとは思っていなかったイツキはギョッとしてしまうが、ニコは益々イツキににじり寄った。


「ネジッ!?ねじ?ネジ?なっ、何ですかそれっ!?釘とは違うのですか!?ネジ?」

「わっ…待って待って!!今ちょっと現物を召喚すっから!」


タジタジになるイツキ。

流石に見かねたヒルダがニコを羽交い締めにしてニコを止める。


「ほらほら!落ち着いて!!」

「あー…はは…!いやー失敬失敬!!」


照れくさそうに笑うニコ。




イツキは思いつく限り適当にネジを召喚し、それに付随してプラスドライバーやマイナスドライバーなど、カタログギフトなんかで貰えるちょっとした工具セットも召喚した。

この手の専門職ではないイツキは、とりあえず当たり障りない分かる範囲での説明を一通りしてみせた。


「…とまぁこんな感じで俺の居た世界、俺の国の共通規格だよ。他の国に行ったら合う合わないはあるけど、俺の国なら絶対にどこのメーカーの物を買ってもまず間違いなく共通して使える。」

「ネジ!目から鱗ですよ!いやぁ…これ凄すぎません!?」


興奮気味のニコにララミーティアは肩を竦める。


「別に木で作ったやつを打ち込めばいいんじゃないの?ねえ?」


そんなララミーティアの言葉に肩を竦めて同意の意を示すヒルダ。

しかしそんな外野の感想など耳に入らないニコは鼻息を荒くしながらイツキが召喚したネジとプラスドライバーに穴が空くのではないかと言うほど凝視していた。


「物作りに革命が起きますよこれは…!」

「まぁそうだね。実際俺の居た世界ではこのネジとドライバーで産業革命が起きて、飛躍的なんて言葉では陳腐に聞こえる程に発展したよ。」


イツキはそう言って適当にネジを拾い上げた。


「金属と金属をがっちりくっつける事が子供でも出来るってのは物凄い事なんだよ。何かの薬でくっつけたり、溶接してくっつけたりする必要がない。だからあらゆる部品に互換性って言って、使い回しが簡単になる。だから物作りの効率も修理の効率も爆発的に上がる。当然ネジとかバネとかを作る行為自体でも金属加工の…「バネ!!バネとは何ですか!?」

「あっ…!バ、バネ?気になっちゃう感じかな…?」

「気になります!気になります!」


ニコがテーブルから身を乗り出してイツキに迫る。

イツキはうっかり余計なキーワードを言ってしまったと後悔したが後の祭り。

召喚した工具セットに入っていたニッパーをひょいと取り出し、バネの部分を指差す。


「あれだ…これこれ。ちょっと取るね?」


人差し指でひっかけてバネを取ってみせるイツキ。


「ほら、ビヨーンって収縮すんのこれ。」


親指と人差し指てバネをグニグニと伸び縮みさせてみせる。

ララミーティアはボールペンなどで見かける事のある物だったので、そこまでの感動は無かったが、ゲオルグはネジもバネも完全に初見。

ニコほどではないが興奮気味に初めて目にする工業製品を見つめたり手にとっていた。


イツキは取り外したバネをニコの手のひらに乗せた。


「これは小さいやつだからヘニャヘニャだけどさ、もっと頑丈でデカいやつだったら?衝撃を吸収してくれるし、逆に伸びたときの勢いを活用も出来る。物に弾力性を与えてくれる。」


イツキの説明に涙を流しながら満面の笑みを浮かべて頷くニコ。

もはやイツキ以外の面子は呆れ顔でニコを見守っている。

イツキは肩を竦めながら言葉を続けた。


「たったこれだけの物でこの世界の文明を劇的に進めちゃうと思って遠慮してたんだよね。この世界に来てからさ、誰にこの技術を託すのが正しいのかも分かんなかったし。」


そう言ってイツキは召喚した全てをニコの方へずずっと押し出すようにして渡した。


「まぁニコに託すならいいのかな。多分クソ忙しくなるかもだけど、これニコに託して良い?」

「そう思って頂けて光栄です!お任せ下さい!」


ニコは感動に打ち震えるように涙を流しながらイツキの召喚した物をすべて受け取った。




その後イツキはバネについても適当に召喚。

その全てをニコに託したが、その中でもサスペンションのヒントになるかと思って召喚した物がピョンピョン飛んで遊ぶホッピングだった。

これにはニコだけでなくペロも大興奮で、暫く広場でホッピングが流行ったのはまた別の話。



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