余話 新たな命、消えゆく命
本編最終話で端折った箇所となります。
程々に賑やかで、穏やかな時間が流れている。
「ほらもう、じっとしてなさいよね」
「いえ、ですが」
「アタシが代わりにやってあげるってば。いいから、大人しく座ってなさい」
遣り取りは1人と1体によるもの。
妻とアルラウネだ。
「いつ出てくるかも分からないんだから」
「その表現はどうかと。生まれてくると言ってください」
「そのお腹、本当に大丈夫なのよね? 突然、破裂したりしない?」
「しません」
そう、妻が妊娠した。
お腹が迫り出し、宿った命を主張している。
「やっぱりさ、向こうに移ったほうがいいわよ。アタシじゃ、どうしていいか分からないし」
「ええっと」
「アンタもアンタよ。そんな動けなくなる前に、この子を村に連れて行ってあげるべきだったでしょ」
「すみません。まさか、こんな状態になるとは、思っていなかったもので」
「あ、いや、今のは言い過ぎたわ。なりたくてなったわけじゃないものね。ゴメンなさい」
「いえ。心配してくれているのは、十分伝わっています」
情けないことに、最近体の調子が悪い。
寝ているか、座っているかしないと、不意に倒れてしまう。
妻が身重の状態だというのに、こんな有様になってしまうとは。
「ちょうどコロポックルも帰っちゃってるし、アタシが離れるわけにもいかないしで。もう、どうすりゃいいってのよ」
「負担をかけてしまっていますよね」
「いよいよとなったら、グリフォンに運ばせるしかないわね」
と、自分も忘れるなとばかりに、ブラックドッグが足元に身を摺り寄せてきた。
しかし悲しいかな、撫でてやるのも難しい。
「──あら? 何処かにお出掛けかしら?」
「ひっ!?」
「ちょっと、随分な反応してくれるじゃない」
室内にではなく、窓の外から顔を覗かせたのは、半人半馬の魔物。
筋骨隆々の、まごうことなき、オス。
「ケンタウロス!? アンタ、どうして此処に居るの!?」
「もう、そんな呼び方しないで頂戴。セントレアよ、セ・ン・ト・レ・ア。もうダーリンたら、最近ご無沙汰なんですもの。心配になって見に来ちゃったわ」
「妙な表現をしないでください」
確かに、ここ数カ月、村には顔を出せていなかったな。
母さんたちにも、要らぬ心配をかけてしまっただろうか。
「ダーリン? どうかしたの? 何だか調子が悪そうじゃない?」
「ええ。残念ながら」
「まあこの際だし、アンタでも構わないわ。この2人を村まで運びたいのよ」
「あらあらまあまあ! 秘書ちゃんたら、おめでただったのね!」
「話を聞きなさいよ!」
「はいはい、聞いてるわよ。大体の状況は理解できたわ。確かに、この状態の2人を村まで歩かせるのは難しそうね。けど、妖精の力を使えば──」
「生憎と、今は妖精の住処に帰ってるのよ」
「そうだったのね。けど、アタシが乗せられるのはダーリンだけだし」
「ふざけてる場合じゃないのよ、分からない?」
「山道を通るとなると、負担が大きいわ。アタシたちが運ぶよりかは、妖精を頼ったほうが無難よ」
「だから今は──」
「もう、少しは落ち着きなさいな。居ないのは分かってるわ。だから、アタシが呼びに行ってあげる。それでいいでしょ?」
「……まあ、それなら」
「じゃあね、ダーリン、秘書ちゃん。もう少しだけ待ってて頂戴」
「すみませんが、お願いします」
「申し訳ありません。助かります」
「まったくもう……そういうところ、似た者同士よね。ちょっと妬けちゃうわ」
一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべたものの、すぐに元の調子を取り戻す。
「ひとっ走り行ってくるわね。どりゃああああーーー!」
「──成程、こういうことじゃったか。すわ何事かと思うたぞ」
「助かったわ。来てくれてありがとう」
「──構わぬよ。もう昔ほどには、頼られることも無くなってしもうたしな」
セントレアが爆走してから数時間後。
室内に空間の歪みが生じ、ドリュアスが姿を現わした。
「それで、セントレアは一緒ではないんですか?」
「──あのモノならば、一足先に村へと知らせに向かったわい」
「そうでしたか」
「──見た目こそ難があるが、中々の器量良しよな」
「ハハハ、そうですね」
もう幾度となく助言を受けてもいる。
時折、暴走しもするが。
出会ったのは王都地下。
商人や冒険者によって売り飛ばされそうになったところに、遭遇したのが始まりだった。
「──やはり、具合は良くはならんようじゃな」
「ええ。仕方ありません」
「ほらほら、お喋りは後にして。さっさと移動しましょう」
『オデケケ?』
「あーほら、もたもたしてるから、また次のが来ちゃったじゃない」
『ミドリノ、フエテル!』
『イリュージョン!?』
「──どうやら、随分と気が立っておるようじゃな。しばらく距離を置いてはどうじゃ?」
「嫌よ。心配だもの」
「──そうかそうか。良い関係を築けておるようじゃな」
「揶揄わないでよ」
「──しかしそうなると、しばらくはこちらが不在になるわけか」
「し、心配は、い、要らない、わ、よ」
「──ふむ?」
息も絶え絶えに、窓越しに現れたのはセントレアだった。
「る、留守はアタシが、あ、預かるわ。ま、任せて頂戴」
「いいんですか?」
「スゥハァスゥハァ。ええ、もちろんよ。決して、そう決してダーリンのベッドが目当てとか、そういうのじゃないから」
「──まあ良いか。ではこれで、憂いなく行けるのう」
「ホントにいいのかしら……」
「セントレアさん、よろしいでしょうか」
「あら、何かしら秘書ちゃん。何でも言って頂戴」
「戻って来た際、もし物の紛失等があった場合は……」
「や、やだわ、秘書ちゃんたら。相変わらず冗談が通じないわねぇ」
「私は本気です」
「わ、分かったわ。パパやママ、みんなも呼んでるから、此処のことは任せておいて」
「ではすみませんが、しばらくの間、よろしくお願いします」
「アタシとダーリンとの仲じゃない。これぐらい気にしないで」
「セントレアさん?」
「怖い! 秘書ちゃんがひたすらに怖いわ!」
「キリが無いし、もう行きましょ」
『マオウサマ、イッショ!』
『ツイテク!?』
『ダメ?』
「付いて来ても何もありませんよ?」
『イッショ!』
『イッショ!?』
『イッショ?』
「それでも構わないなら、いいですよ」
『ヤッタネ!』
『リンゴ、アル!?』
『オデケケ?』
「それを言うなら、お出掛け、ですね」
『『『オデカケ』』』
「ええ、そうです」
「はいはい、いつまでもやってないで、スライムは抱えちゃって。椅子ごと移動させるわよ」
アルラウネの頭から蔦が伸びる。
俺と妻、それぞれの椅子が蔦によって床から持ち上げられた。
『『『オオー』』』
「気が散るから、黙ってなさい」
『『『ショボーン』』』
「──なるほどな。んで、家にはあの筋肉しか居なかったわけか」
「アンタも筋肉じゃない。いっそのこと髪型も揃えれば?」
「んだとコラ!?」
「騒ぐなら出てって」
「うぐっ」
「ぐむぅ」
アルラウネに一喝され、戦士と魔法使いが押し黙った。
2人共、様子を見に家まで来てくれたようで、セントレアから事情を聞き、態々実家まで出向いてくれたらしい。
「何かよぉ、しばらく見ねぇ間に迫力が増してねぇか?」
「そうね。前はもう少し遠慮ってものがあった気がするわ」
「何か?」
「い、いや、別に何もねぇぜ」
「お、お構いなく」
「フン」
アルラウネが別の部屋へと移動する。
「「はぁー」」
「そんなに苦手でしたか?」
「アレだな。まるで母猫みたいだ」
「あら意外。アンタにしては、マシな表現じゃない」
「んだと──って、またどやされちまうか。で、嫁さんもだが、オマエの調子はどうなんだよ?」
「妻に関しては、ああしてアルラウネや母さんが付いてますから」
「……アンタ、前に見た時よりも、髪が」
言われ、鏡で見た姿を思い出す。
黒い箇所が減り、白い箇所の割合のほうが多い。
「これに関しては、もうどうしようもありません」
「そんなこと──まだ分からないじゃない」
「僧侶でも治せないんだよな?」
「ええ。怪我や病気というわけではありませんから。そう言えば、僧侶さんは?」
「あっちも身重よ」
「そうでしたか」
「上手い具合に同い年ってか。どうせなら、僧侶もこっちに越してくりゃいいのにな。子供同士、仲良くすんだろ」
「バカね。僧侶が残ったのは、コイツのためでしょ」
「あ? どういう意味だよ?」
「少しでもコイツの悪評を拭っておきたかったんでしょうね」
「……そうなのか?」
「さあ? アタシはそうじゃなかって思うだけ」
あの穏やかな暮らしは、何も俺だけの力じゃない。
色々な人が──いや、人も魔物も妖精も、全てが関わったことで、成り立っていたに違いない。
「どいつもこいつも、他人の心配ばっかりかよ」
「アンタも含めてね」
「チッ」
「ま、取り敢えず無事は確かめられたことだし、アタシは帰るわ。次は子供を見に来るつもり」
「そうですか。今日は態々ありが──」
「そういうのいいから。何の助けにもなれなかったんだし」
「拗ねるなよ。んなもん、オレだってそうだぜ」
「一緒にしないでくれる? アンタは大抵役立たずよ」
「ハッ、言ってくれるねぇ。ま、その調子でいいんじゃねぇか」
「フン。じゃ、またね」
「はい。お気をつけて」
「……調子はどうだ?」
「見てのとおり、絶好調とはいきませんね」
「そうか」
こうして時折、父さんが部屋に顔を出してくれていた。
「こんな格好ですみません」
「気にしてない。オマエも気にするな」
「はい」
この遣り取りも、最早通例のようなもの。
だが、今日は続きがあった。
「治せないのか?」
「ええ」
「例の薬は?」
「残念ながら」
「魔法ならどうなんだ?」
「僧侶さんは聖魔法の上級が使えます。ですが、効果はありませんでした」
「……どのぐらいもつ?」
「分かりません。しかし、そう遠くはないでしょう」
「知らないのか? 子供が親より先に逝くもんじゃない」
「すみません」
「どうしようもないのか」
「ええ」
「あの娘は知ってるのか?」
「ええ」
「そうか……そうか……」
「妻と子供のこと、頼んでもいいですか?」
「いいわけがあるか。オマエの負うべき責任だ。果たしてみせろ」
「……それはまた、耳が痛いですね」
「痛みがあるのは、生きてる証拠だ」
「ですね」
「……また明日も来る」
「分かりました」
「必ず起きろ。いいな」
「頑張ってみます」
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