SS-14 エピローグ 妻
穏やかで幸せに満ちた時間。
憧れて、愛した人と共にある喜び。
夫はとても優しい人。
相手を傷つけるよりも自分が傷つくことを選んでしまう人。
救った命ではなく、奪った命と救えなかった命をこそ悔いてしまう人。
言葉にする以上に凄く考え悩んでいるように見える。
支えになりたい。
癒しでありたい。
唯一の帰る場所と、そうあり続けたい。
人間ではなく魔物に囲まれる日々。
少し前まででは想像だにせぬ光景。
強いモノも弱いモノも。
争い合うことなく、ただ生きている。
これが夫の目指した世界なのだろうか。
平和は実現できたのか。
多くを語らず、日々命を削って。
その分、暮らす魔物は増えてゆく。
あまりにも儚くて。
あっという間の出来事に思えた。
きっと覚えている以上に、沢山のモノを戴いたのだろう。
大事で。
ありふれていて。
些細なこと。
幾度、愛を語らったか。
幾度、愛を確かめ合ったか。
もっともっと。
時間を惜しむように。
過ごすべきだったのか。
蜜月は数年。
夫は倒れ、もう立つこともままならない。
悲しくて。
憤りもある。
でも心のどこかで、安堵も確かにあった。
どこへも行くことは無いのだと。
置いてはゆかれない。
ずっと一緒に。
歪んだ愛情が、満たされる感覚。
愛している。
この世の誰よりも。
誰にも何にも、奪われたくはなかった。
この命は夫のモノも同然で。
救われてからずっと想っていた。
巣食った恐怖を払ってもくれた。
夫の戦いはようやく終わった。
ここからは私の戦い。
夫の抱く孤独を、恐怖を払う。
そばに居て。
起きては手を握り、寝るときは抱きしめて。
言葉は不要。
存在を確かめ合う。
いいえ、私の存在を刻み付ける。
忘れ得ぬように。
私のことだけを考えてくれるように。
でもそれは私の我が儘。
皆が夫を心配してくれる。
それを妨げることはできない。
してはならない。
夫の心のどれぐらいを占めているだろう。
私は、私たちは、皆さんは。
風穴を塞ぐことはできていますか?
覚醒する時間が徐々に減って行った。
眠り続ける夫。
白髪に痩せた身体は老人のようで。
気持ちが溢れ、頬を伝い落ちる。
もう手を握り返してもくれないの?
微笑んではくれないの?
愛を囁いてはくれないの?
抱きしめてはくれないの?
私を、置いていってしまうの……?
はらはら、ぽろぽろ。
枯れぬ雨が降り続ける。
予感があった。
それは皆さんも同じだったのか。
期せずして一堂に会する。
片手から伝わる、弱弱しい脈。
堪えようとしても、気持ちは頬を伝い落ちて。
僧侶さんが、魔法使いさんが、アルラウネが、寄り添って抱きしめてくれる。
でも駄目なのだ。
欲する温もりは、ただ一人。
この世でたったの一人しか居ない。
覗き込む顔を、零れる涙が濡らしてゆく。
と、動きがあった。
僅かに目が開かれ、手をほんの僅かに握り返される感触。
「「「――――――!!!」」」
堰を切ったように、室内に声が溢れ返る。
我を忘れて話し掛ける。
そのどれにも返る言葉はない。
でも、その口元が、動きを見せる。
何かを喋ろうとしている。
皆が察して、各々口を閉ざす。
歯を食いしばったり、手で覆ったりしながら。
僅かも聞き漏らすまいと、耳を澄ます。
そうして、告げられた。
「あ り が と う」
最期の言葉だった。
感謝の言葉。
果たして、誰に向けられた言葉だったのか。
私たち?
それとも全てに対して?
視線もどこか定まってはいない様子だった。
もう見えてもいなかったのかもしれない。
そんな状態で発した言葉。
嗚咽が響き渡る。
異口異音に。
止めどなく。
たった一人、状況を理解できていない我が子を片腕で抱きしめながら。
本日はSSを後1話、投稿します。
今回更新分を以て完結となります。
本編最終話の妻視点となります。
子供に関しては最後まで読者に存在がバレない様に書いてみたつもりです。
主人公は残念ながら亡くなってしまいましたが、晩年において孤独ではありませんでした。
また、子供を得ることもできたわけです。
さて遂に次話が本作最終話となります。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




