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勇者は転職して魔王になりました  作者: nauji
最終章 新天地編
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312 元勇者の魔王、曝け出す心

 時間は誰しも平等に与えられ、されど非情に過ぎゆく。


 激動の一日、とまでは言えないが、今日に限ってはまだ終わることは叶わない。


 王都からここまで、いや、冒険者時代から現在に至るまで。


 ずっと思い続けていてくれた。


 ならば今こそ、応えねば。


 無理矢理にして設けられたこの機会。


 もはや先延ばしにすることはすまい。


 己の心に、相手の想いに、向き合わねば。






 村外れに秘書さんを誘い出す。


 奇しくも夜。


 こうして二人出歩けば、王都でのデートを思い起こさせる。


 注意深く気配を探る。


 のみならず、視覚や聴覚も動員しておく。


 前もって付いてこないよう告げておいたが、前回のこともある。


 尾行されていないか、用心に用心を重ねる。


 後ろ暗いところなど皆無だが、見聞きされて良い気分にはなり得ない。



「険しいお顔をされていますが、お加減でも悪いのではありませんか?」


「いえ。村の外ですので、周囲を警戒しているだけですよ」


「そう、ですか?」


「はい。何も問題はありません」



 理由も告げずに連れ出したからか、秘書さんはどこか不安げな様子。


 もしくは、これからの展開を察してのことかもしれないが。


 山間を抜け、開けた場所に出る。



「綺麗……」


「これは確かに、絶景ですね」



 大地はこんに染まった草原が。


 大空は青白く染め上げる綺羅星が。


 無数に広がっていた。


 夜露に濡れたか、大地もまた光を発してみせる。


 母さんに聞いて訪れたみたわけだが、成程確かに良い場所だ。


 しばしの間、無言で風景を眺める。



「ずっとこうしていられたらと、願わずにはいられません」



 静寂と停滞を破り、向き直って告げられる。



「けれど、この願いは一人では叶えられません」



 秘書さんの勢いは止まらない。


 でも、それでは駄目だ。


 今回は俺が言わなければならないのだから。


 遮るようにして、眼前に手の平を向ける。



「え」


「どうか、この場は俺に譲っていただけませんか」


「あの、はい、ど、どうぞ」


「どうも。……コホン。様々な人に促され、色々と考えてみました。どうにも今に不満はなくて、ずっと変わらず続けばいいと思っています」



 幾分硬い表情を浮かべる秘書さんに、ですが、と続ける。



「ここ数カ月、いや、一年ほどでしょうか。目まぐるしく状況は変わりました。安定とは程遠い日々の連続で、上手くいかないことも多かった」



 勇者から魔王へ。


 孤独な日々から、共に生活するモノも増えて。


 幾度かは戦って、でも命は奪わずに済んで。


 魔物保全機関を立ち上げ、人も僅かに増え。


 王子と対峙し、仲間と再会し。


 魔物を奪われ。


 落ち込んで、それでもどうにか動き始めて。


 懐かしい故郷に帰り、妖精という存在を深く知り。


 戻った王都から、妖精の協力を得るべく奔走。


 ダンジョンの大広間にて、王子との決戦を。


 元魔王による介入で王子は亡くなり、今度は元魔王と対決。


 仲間と妖精の力を借り、どうにか勝利した。


 そこからしばらくは、機関での平穏な生活が続いた。


 仲間と、魔物と、妖精と。


 共存していた。


 けれど……。


 人間に受け入れられてはいなかった。


 王の崩御と共に、日常は終わりを迎えて。


 故郷へと避難し、こうして今に至るわけだ。



「誰かが欠けても、何かが足りなくても、今には至れなかったでしょうね」



 過去へ向けた視線は、現在へと帰還する。


 見つめる先には、一人の女性。


 迂遠うえんな話に、辛抱強く付き合ってくれている。



「失いたくはありません。誰も、何も。そう思っていたはずなのに、守り切ることはできませんでした」



 いつだか忌避した閉じた平和。


 箱庭の日々が。


 たった一晩で失われてしまった。



「恐ろしいんです。守ろうとしたものが、いつかは全て失われてしまうのではないかと。恐ろしくて、ジッとしていられない」



 己の気持ちを。


 偽りなく。


 余すことなく。



「時間は有限で。想像していたよりも、ずっとずっと短くて」



 白く染まる髪。


 衰える体力。


 明確に迫る死の気配。



「このまま終わりたくはない。何か、俺にも何かを成し得たい。今作り上げているモノが、そう足り得るように」



 それでも。


 それでもまだ、足りない。


 足りていない。



「胸の奥を風が通り抜けるんです。とても冷たくおぞましい風が。焦燥感ばかりが募ってしまって、どうにも堪らない」



 目を背けるように。


 目を背けるために。


 動いて動いて、動き続けて。



「一人では……もう耐えられない。心臓よりも先に、心が止まってしまいそうで」



 極寒の地に裸で一人、立ち尽くしているかのようで。


 誰にも看取られず、見つけられもせず。


 雪に埋もれ。


 土にすら還れずに。



「共に居てくれませんか。動かなくなるその間際まで。孤独と焦燥を埋めてはくださいませんか」



 酷い台詞だ。


 好きとも、愛しているとも言えずに。


 一緒に居て欲しいと乞うばかりで。



「――――」



 対する秘書さんは絶句していた。


 顔は強張り、夜においてなお蒼白く。


 眼鏡の奥、両の目は大きく見開かれて。


 幻滅されただろうか。


 長きに亘る想いを穢してしまったか。


 沈黙が耳をさいなむ。


 いや、心をも、か。



「話を最後まで聞いてくださり、ありがとうございました。取り敢えず村に戻りましょうか」



 耐え切れずにそう切り出す。


 返事を待たず、きびすを返し。



「離れません」



 足を止めたのは、掛けられた言葉だったのか。


 それとも、強く握られ、引かれた手によるものか。



「望むところです。だって……だって! お忘れですか? でしたら何度だって言います。この世の誰よりも、貴方を愛していますから」



 背中に感じる重み。


 伝わり広がる温かさ。


 腰に腕を回されて、離れぬとばかりに強く締め付けてくる。



「いいんですか? こんな俺で」


「他の誰でもない、貴方がいいんです。もっと話してください。お気持ちを聞かせてください」


「今みたいに面白くもない、きっとつまらない話ばかりですよ」


「抱えこんでおられるモノを、私にも預けてください。半分こでも、全部でだって、構いませんからっ」



 風が吹いている。


 ビュウビュウと。


 ゴウゴウと。


 胸の奥の、何もかもを吹き飛ばすように。


 未だ止む気配のない風。


 それでも、支えられた4本の足なら、耐えても行けるのだろうか。






ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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お読みいただき有難うございます!

『勇者に挑むは無職の少年』 本作の続編も完結!

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