313 元勇者の魔王、最期に願うは
常とは異なる、賑やかな食事風景。
それもそのはず、人数の桁が違う。
屋外にて饗される食事の数々。
集う村の人々。
加えて、よくよく見知った人間も居た。
「えっうぇっ」
「さっきから泣き通しじゃないの。いい加減泣き止みなさいよ」
「だ、だっでぇ~。うれじぐでうれじぐで」
「羨むぐらいじゃないと駄目じゃない。いい歳なん――」
「ちょっと魔法使いさん。あちらで大事なお話があります」
「怖っ! あ、ちょっと、コラ!? 放しなさいよ!?」
僧侶さんに魔法使い。
他にも学者くんや戦士も居る。
僧侶さんと学者くんは、態々王都からお忍びで来てくれていた。
もちろん、空間の歪みを使ってだ。
「お、お二人とも。お、おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
「久々の再会にしては、賑やかになり過ぎましたがね」
「い、いえ! よ、呼んで貰えて嬉しいです!」
村を挙げての催しは、他ならぬ俺たちの婚礼である。
村全体を会場と化し、縦長に伸びた端に二人して座らされている。
昼ぐらいから始まり、気が付けばすっかり夜。
学者くんと入れ替わるように、戦士が腹をさすりながら歩み寄って来る。
「ふうぅ~、久々に腹一杯食ったぜ」
「そうなんですか?」
「妖精の住処に入り浸りだったからな。偶には胃袋を満足させてやらねぇと」
妖精の住処内では、必要となる食事量が激減する。
必要とはしなくとも、消化器官はその分使われなくなるわけか。
「そちらの進展は?」
「お? 嫁を貰って粋がってやがるな?」
カァーッ。
一瞬にして秘書さん――いや、妻の顔が赤く染め上がる。
「うぉっ!? だ、大丈夫かよ!? 真っ赤になってるぞ!」
「お、落ち着いてください。深呼吸をしましょう。ヒッヒッフゥー」
「それは多分ちげぇやつだぜ。オマエも落ち着け」
照れっぱなしの妻を介抱する。
未だに実感が薄い。
妻が母さんに報告し、そこから一気に伝播したらしい。
あの夜から数日でこの騒ぎである。
「まさかこんな日を迎えられるなんてねぇ。あんな騒ぎがあったし、一時はどうなることかと心配したもんさね」
「お祝いの席ですよ、もぅ。とてもお似合いのお二人で。末永くお幸せにね」
「あの時の娘さんが、まさかこうして夫婦になるなんてねぇ。さしずめ、アタシャ二人を結び付けたってことになるかもしれないねぇ」
こちらも王都から来た二人。
宿屋の女将さんに孤児院の院長さんだ。
僧侶さんたちが連れてきてくれた。
王都での数少ない知人、いや、お世話になった人物。
良い報告ができて何よりだ。
けれども、宿屋の女将さんの物言いは相変わらずか。
「お二人とも、お変わりないようで」
「ご無沙汰しております」
「こちとら長いこと面倒見てやったからねぇ。何だか我が子のごとく嬉しくってたまらないったら」
「料理の手伝いまでしていただき、ありがとうございます」
「久々にアタシの料理でも食べたいかと思ってね。どうだい、美味いだろう?」
「えぇ、もちろん。よく存じていますとも」
「そうだろう? 当たり前さね!」
「あまり絡むんじゃありません。お二人もほどほどになさいませんと、翌日辛いですわよ」
院長さんが引きずるようにして、この場から離れていく。
「変わらずご壮健で何よりですね」
流石は魔王候補と目した人物。
相も変わらずな迫力。
そう見せようとしていた。
「ははは……ですが少し、疲れていらしたようにも見えましたがね」
「そうでしたでしょうか?」
「いえまぁ、何となくですがね」
少しやつれた印象を受けた。
身体がふらついてもいたような。
こちらに心配をかけまいと、気を張ってくれていたのだろうか。
「皆さん楽しまれているようで何よりねぇ。二人は疲れていない?」
「お母様。はい、大丈夫です」
「しかし流石にこれは、規模を広げ過ぎたんじゃ? 何も村全体でやらなくても」
「集落では祝い事は皆で参加するものだ。村になろうがやることは変わらん」
「ですって」
様子を見に来たのは両親。
今の物言い、もしかしてこの状況へと至った要因は、母さんではなく父さんの仕業なのだろうか?
「お父様。お心遣い感謝いたします」
「その丁寧口調は止めてくれないか。どうにもむず痒い」
「あ、済みません」
「フフフ。子供に慣れてないのよね。単に恥ずかしがってるだけだから、あんまり気にしなくて大丈夫よ」
「全部聞こえてるぞ」
「あらあら。聞かなかったことにしてください」
これまた見慣れない光景。
父さんが軽くあしらわれていた。
両親の真の力関係を垣間見た気がする。
「こうして家族を迎えたんだ。二度と行方知れずになるなよ」
「え? あ、はい」
「なんだその気の抜けた返事は」
父さんにこうして言葉を掛けられる状況に、どうにもまだ慣れない。
親子の会話ってどういうものなのだろうか。
いつもぎこちない感じになってしまう。
「オマエは――」
「まぁまぁ、この場は堪えてくださいね」
「ぐっ、続きは明日だ」
母さんに腕を組まれ、遠ざかって行く。
何だか先程も似たような光景を見た気がする。
宴は続く。
結局は明け方近くまで、誰かしらは騒いでいた。
夫婦となり、まず取り掛かったのは新居の建造。
実家でも妻の家でもなく、それどころか村からも離れて。
居を構えたのは、山を挟んだ反対側。
魔物たちの住む場所。
村はもう、俺が居なくとも上手く回っている。
そもそもが魔物を保護するために来たのだ。
相応しい終の住処はここ以外にあるまい。
村ほどではないが、こちらも賑やかになっていた。
瞬く間に一年ほどが経過する。
いつの間にか、ブラックドッグが家に住み着いたりもして。
更にはアルラウネも一室占拠していた。
体調の良いときに魔物を保護しに出掛けたりもするが、屋内で過ごすことが多くなった。
戦いからも、もう随分と遠のいた。
デヴィルお兄さんはどうするつもりなのか。
挑んで来る気配は微塵も無い。
急速に時が奪われゆく、そんな錯覚に見舞われる。
震えが止まらぬ手を、ずっと握りしめて貰うことも。
ピクシー越しの会話だけでなく、偶に顔を見せに来てくれる仲間たち。
伝えて来る話は、どれも楽しげで。
不穏さは欠片もなくて。
情報が意図的に選別されている。
気遣いを嬉しく思いつつも、焦燥は燻る。
これは偽りの平穏。
閉じた箱庭。
未だ悪意は絶えず、平和は程遠くて。
されどもう、この手では届かない。
更に数年が経過した。
起き上がれず、ベッドで過ごす日々が続く。
時間の感覚は曖昧に。
明日も昨日も今日も、定かですらない。
変わらないのは、常にそばに居てくれる人。
どれだけ感謝を伝えられただろう。
どれだけ愛を育めただろう。
きっと一人きりでは耐えられなかった。
一人きりでは駄目になっていた。
あるいは、勇者のままであったらならば、こうも弱くはならなかったのか。
感情に晒されることもなかった。
そして、得られた温もりを、嬉しくも有難くも思えなかった。
ならば後悔はすまい。
今こそは最善の結果。
幸せで、幸せで、幸せなんだと。
碌に舌の回らぬ言葉を紡ぐ。
伝える。
隠さずに、ありのままを。
あぁ、よく話すようになったなぁ。
以前は聞くばかりだったのに。
すっかり話し手は俺になってしまった。
でも仕方がない。
いつだって、どこをどう好きなんだと、話して聞かされるのだから。
どうにも照れ臭い。
まだ自由に動けたころならば、口を塞ぐ良い手があったものだが。
眠りが増える。
覚醒するのは、僅かな合間。
それでも、いつもそばには愛しい人が。
胸の奥を吹き荒ぶ風がうるさくて、もう声も聞き取れないけれど。
その声を覚えているから。
紡がれる言葉を覚えているから。
微笑み返すんだ。
精一杯に。
ずっとずっと続く暗闇。
何時から居るのか。
どれだけ過ごしたのか。
分からない。
何も無いし、誰も居ない。
見えず聞こえず触れられず。
胡乱な頭は考えを寄越さない。
フラフラと当所もなく彷徨い歩く。
何処かへ行きたかったような、そんな気がするのだ。
漆黒。
重量すら伴って。
身体が酷く重たい。
歩みを一度でも止めてしまえば、もう二度と歩けないような。
不安が脚を動かし続ける。
どれだけの時間を過ごしたのか。
何日か、何ヵ月か、何年か。
変化は訪れず。
歩いて歩いて歩き続けた。
嫌だ。
ここは嫌だ。
ずっと同じで。
何も無くて。
誰も居なくて。
こんなもの望んでいない。
朧気に浮かんではすぐ消えてしまう、誰かの顔。
もっとちゃんと見せてくれ。
きっと、大事なモノのはずなんだ。
俺から奪わないでくれ。
頼む、頼むよ、頼むから。
心は千々に乱れ。
足が縺れ倒れてしまう。
失敗した。
もう立ち上がれない。
ならば歩けもしない。
目に熱を感じ、次いで頬へと伝わる。
温かな感触。
そう、感じている、感じているのだ。
目が薄っすらと光を感じた。
寸前までの暗闇はどこへ消え去ったのか。
だが、ハッキリとは見通せない。
全てが酷く曖昧で。
ぼやけてしまっている。
周囲には幾つもの気配を感じる。
一人きりではないらしい。
良かった。
あぁ、でも。
急速に力が失われていく感覚が襲う。
もう、次は目覚められない気がする。
ならば最期に、一息に万感の想いを籠めて。
伝えなければ。
肺に残された僅かな呼気。
それを余さず振り絞り、きっとそばに居る相手へと。
「あ り が と う」
ちゃんと声は出せただろうか。
耳は何も伝えてはくれない。
視界は再びの闇に閉ざされてゆく。
二度とは明けぬ闇が来る。
予感がある。
あぁ、あぁ……。
思考も散り散りで。
それでも必死に搔き集め。
乞い願う。
願わくは、世界が平和で……。
――いや違う、もう願いは違うはず。
彼女たち、が、幸せ、で、あります、よう、に……。
【次回予告】
各キャラのエピローグをSSにてお送りします。
さて、如何だったでしょうか。
怒涛の展開となった本編最終話。
主人公は早過ぎる生涯を終えることとなってしまいました。
年齢的には、35~40と言ったところでしょうか。
魔王を倒し、人々を救い、魔物を救おうと奔走し、人々に追われる。
僅か数年でしたが、平穏な時間を過ごすことも叶いましたが、さてどう思われましたでしょうか。
ゲームで言うところのED後の世界のように、勇者が人々の元から去った理由、その解釈の一つがこの物語なのかなと、個人的には捉えております。
また、最終話の展開は多分に無○転生の影響を受けてのものと自覚があったりもしております。
完結までどうぞお付き合いいただけますよう、よろしくお願いいたします。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




