311 元勇者の魔王、心配
結局、魔法使いが帰るまでは村を出ることは叶わなかった。
復調はしている。
今日からはまた活動を再開しなければ。
実家を出たところで、秘書さんが立ち塞がった。
「また行かれるのですか?」
「もちろん。すべきことですから」
「どうしても連れて行っては貰えないのですか?」
「心身共に危険がありますから」
「守ってはくださらないのですか?」
「えぇっと……この村に居た方が安全だと思いますよ」
「ちょっと、アナタたち。朝っぱらから何をやっているの?」
扉を開けた状態でいたため、中に状況が筒抜けだったようだ。
呆れたように、母さんが背後からやって来た。
「あ、お母様。おはようございます。お騒がせしてしまい、申し訳ございません」
「はい、おはよう。こんないい天気に、綺麗なお嬢さんを置き去りに、またどこかへ行くつもりなのね」
「母さん……。命が危険に晒されているんです。全てをやり終えるまでは、時間も惜しいぐらいなんです」
「そうして倒れたのよね」
「それはまぁ、そうなんですが」
「やってることがいくら立派で誇らしく意義深かろうとも、そばに居る女の子を悲しませるのはどうかと思うわ」
「いえあの、女の子という年齢でもないのですけれども……」
「そんなことないわよ。いったい、いつになったら娘として迎えてあげられるのかしら」
前後を挟まれ、居心地の悪さは言わずもがな。
すっかり仲良くなったらしい二人。
喜ばしい限りだが、協力して妨害するのは止めていただきたい。
「もっと気を配ってあげなさい」
口調が真剣なモノに変わる。
相対するように背後へと身体ごと向き直る。
「待っているだけなのは不安なものよ。必ず自分の元へと帰って来てくれる。そう安心させてあげられないなら、お母さんは何度でも行くのを止めるからね」
「お母様……」
「アナタの人生だもの、好きに生きる権利はアナタにこそあるわ。他の誰にも強制はできないのも分かってる」
それでも、それでもと、縋るように言葉は続けられる。
「帰るべき場所が、変わらずあるとは限らないのよ? それは場所だけじゃなく人間も同じ。いつまでもは待っていてはくれないわ」
両頬を温かく柔らかい感触が包む。
こちらに手を伸ばしつつ、告げてくる。
「アナタの人生なのよ。しっかり見据えなさい。大事に想うだけじゃなく、行動もできるはずよ。よくよく考えてごらんなさい」
パァーン。
小気味良い音が頬から発せられる。
ヒリヒリする頬を残し、母さんが家に入り扉を閉めた。
言わんとしていたことは、何となく察せられもする。
要するに身を固めてはどうか、という話なのだろう。
告白こそされたものの、こちらからは未だに何も応えられてはいない。
家族とは違う。
仲間とも違う。
別の何かではあるように思う。
とは思うが、まだ確信には至らない。
朝とは言え、村の住人から幾つか視線を感じもする。
加えて、扉の向こう側には気配がある。
聞き耳を立てているのは丸分かりなわけで。
この場凌ぎで出す結論に誠実さはあるまい。
「必ず帰って来ますし、これからの関係についてもよく考えてみます。ですが今は、行かせてください」
「行かないでと、私が言ったら……困らせてしまうだけですよね」
「済みません」
「どうか、どうかお気を付けて。無理などされないでください」
「心配いらねぇぜ。オレが付いて行ってやるからよ」
いつの間にか、そばには戦士が腕組しながら立っていた。
気配を消して来たらしい。
「ど、どうもお久しぶりです」
「おう。朝から痴話喧嘩とは、見せつけてくれるじゃねぇか」
「んだ」
更に足元にはノームが。
戦士を真似てか、腕組していた。
「んじゃ、とっとと済ませて帰って来っか」
「本当に付いてくるんですか?」
「嘘ついてどうすんだよ。ほれ、きびきび歩け」
「はいはい、歩きますから、背中を押すのを止めてください」
ややこしい空気を吹き飛ばすようにして、戦士に連れ出されて行った。
一度山に入り、そこからピクシーを頼って、未だ保護していない魔物の元へ。
眼前に広がるのは、黄色く乾いた世界。
そして何より暑い。
「よりにもよって、砂漠かよ」
「手早く済ませましょう。ピクシー、案内をお願いします」
「その前に匿ってぇ~。日陰じゃないと無理ぃ~」
熱気により大気が歪む。
秒単位で消耗を強いられる。
事前の砂漠の準備も無い。
砂が否応なく足取りを重くさせながら、魔物の元へと急ぐ。
「しかもコイツらかよ」
「魔物は魔物です」
砂丘の陰に潜んでいたのは、幾らか見知った魔物。
ワームだった。
生憎と意思が通じないのは、以前に学んでいる。
手早く広範囲の支配を使い、空間の歪みへと入って貰う。
「連れ帰って大丈夫なのか? アイツら何でも食うぞ。それこそ魔物だってよぉ」
「支配がありますから。襲わせたりはしませんよ」
「ならいいけどよ」
それからも空間の歪みでの移動を繰り返す。
日が高さを変えるころ、何処かの岩場で唐突に戦士が呼び止めた。
「ちぃっとばかし話そうぜ」
「は?」
「いいだろ、まぁ座れや」
「良くはないんですが」
「座れ」
有無を言わさず、ですか。
仕方なく地べたに腰を下ろす。
「倒れたらしいな」
「情報の出所は魔法使いですか」
「あぁ、くどくどと文句を、な」
「もう快復しましたよ」
「オレらがそばに居りゃ、違ったのか?」
「はい?」
「秘書の言うことは聞く耳持たねぇらしいじゃねぇか」
「そういうわけでは」
「無いってのか? 傍から見てた感じ、どうにも避けてる風だったがな」
「そんなつもりはありませんよ」
「その言葉、相手に伝わってなきゃ、意味がねぇな」
「これ、何の話なんですか?」
「揶揄ってるわけじゃねぇさ。ただの確認みてぇなもんだ」
「確認ですか」
「あぁ、秘書のことを好きなのか嫌いなのか。ここらでハッキリと聞いておくべきだと思ったんでな」
「戦士も、ですか」
「なんだよ」
「いえ、ついさっき、母さんからも似たような話をされたもので、つい」
「気が気じゃねぇのさ。その真っ白い髪を見せられれば、嫌でもな」
目を背けきれぬ現実。
望外な奇跡の代償。
少しだけ気が滅入る。
「ふーっ」
「好意を向けられるってのは気持ちがいいのかもしれねぇがな。嫌ってるなら、それこそ早く言ってやるべきだぜ」
「嫌ってはいませんよ」
「けど、好きかどうかは分からねぇってか?」
「そうなんですよねぇ」
「好きか、嫌いか、何とも思っちゃいねぇか。3つしかねぇ内の、いったい何で迷ってんだ」
「そんな単純な……」
「単純なことだ。オマエは難しく考え過ぎなんだよ。魔法使いや僧侶と比べて、どう感じるよ」
どう、ねぇ。
魔法使いは兄妹、いや姉弟だろうか。
僧侶さんは姉のような母親のような。
では、秘書さんは……。
どちらとも違う。
それは確かなのだけれども。
「くわぁーっ、煮え切らねぇヤツだな。ならよぉ、秘書が他の男と仲良くしてたら、どう感じるよ」
むむむむむ。
良い気分ではない、かな。
「相手だって生きてるんだ。ずっと待って居てはくれねぇぜ」
こちらの返事を待たず、すっくと立ちあがる。
「答えを聞かなくていいんですか?」
「ツラを見りゃ何となく分かるってもんだ。それによ、男相手に告白なんてするもんじゃねぇぜ」
「それじゃあ一体、何がしたかったんですか」
「どうにものんびり構え過ぎなんだよなぁ。……勢いも大事ってか。帰ったら告白しろ」
「はぁ!?」
「覚悟を決めやがれ。先延ばしにすんじゃねぇ。今までだって十分過ぎるほどに時間はあったんだろうが」
「もうやってることが無茶苦茶ですね」
「オマエにはオレらほどの時間は残ってねぇんだ。悠長にしてる場合かよ」
超級魔法の反動は、確実に蓄積されている。
髪の色然り、身体の不調然り。
そう遠からず自由に行動もできなくなるだろう。
どうしたって皆を残すことになる。
「勇者でも魔王でもなく、人間として生きて死ね。それがオレらの願いなんだぜ」
こちらへと差し伸ばされる手。
人間としての終わり。
それをどう迎えるべきか。
誰と共に在りたいのか。
そんな大事なことを、帰り着くまでに考えろと言うのか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




