309 元勇者の魔王、スッキリサッパリ
快調な目覚め。
気怠さが消え失せている。
ベッドから上体を起こす。
窓から差し込む日差し。
午前か午後かも分からない。
どれぐらい寝ていたのか。
いや、いつ寝入ったのだったか。
寝惚けていると言うか、頭の中が空っぽだ。
いつもグルグルと考え事をしていたはず。
それが何故だか僅かも残っていない。
何も考えられないのではなく、何も考えなくて良い。
そんな解放感。
ただボーっと窓越しに、鮮やかな山を眺め続ける。
どれぐらいそうしていたのか。
扉が開かれる音で我に返る。
「あっ」
バッチリ目が合った。
秘書さんだ。
「お目覚めになったのですね。ご気分は如何ですか?」
「随分と調子が良いみたいです」
「それはようございました。お食事は召し上がれそうですか?」
「あー、そうですね。空腹な気はします」
「分かりました。すぐにご用意いたしますね」
そのまま踵を返し、部屋を出ていこうとする。
その背に言葉を投げかける。
「どれぐらい寝てたんでしょうか。寝入る前の記憶がどうにも定かではなくて」
「3日です」
「は?」
足を止め、こちらに振り返るなり告げられた。
ミッカ?
ミッカって何時間だっけ?
「倒れられてから丸3日間、それはもうぐっすりと」
「3日!?」
焦燥感が生まれる。
のみならず、急速に心を侵食してゆく。
「村は!? いや、それよりもまずは魔物の保護に向かわないとっ!」
「どうかお気を静めてください」
「そういうわけには――」
「騒がしいと思って来てみれば、やっぱり起きたのね」
秘書さんの奥。
新たに顔を覗かせたのは見知った人物。
「魔法使い? どうしてここに?」
「あら、随分なご挨拶ね。お蔭で快眠できたでしょ?」
「っ!? 俺に魔法を」
「ハイハイ。文句ならこっちにもあるんだから。まぁ、まずは食事にしたら? 栄養取らないと理解も追っつかないわよ」
「あの、ちょっと!?」
立ち去るだけでなく、秘書さんの腕を掴み、そのまま連れて行ってしまう。
自室に一人、取り残される。
ついさっきまで頭の中は空っぽの状態だったのに、今やグチャグチャ。
問う相手を失い、空転を続ける。
持て余す感情の数々。
すべきことが定まらない。
腹部からは異音。
胃が空腹を訴え始めてもいる。
何だか色々と限界だ。
長く長く息を吐き出す。
肺の空気をカラに。
思考を停止させる。
取り敢えずは着替えを済ませて、食卓へと向かうことにした。
馴染みある光景に、この場には馴染みのない人物。
両親は不在なのか、魔法使いが席に着いていた。
秘書さんは一人で調理中。
一人不参加なのは、賢明な判断だ。
「もう少々お待ちください」
「時間なら幾ら掛けても構わないわ。美味しいのをお願い」
何故さも当たり前に魔法使いが応じているのか。
「あ、お菓子もよろしく」
「お菓子はちょっと……」
「無いなら作ればいいのよ」
「相変わらずですね」
「そう言うアンタはどうなのよ? 相変わらず無茶してたみたいじゃない」
妙な居心地の悪さを感じる。
実家のはずが、いつの間にやら相手の陣地と化しているらしい。
空いてる席に座り、会話に応じる。
「いやまず、顔を洗って来なさいよ」
「あ、はい、済みません」
至極もっともな物言い。
逆らうことはせず、手拭いを持ち外の井戸へと向かう。
「お待たせいたしました。どうぞお召し上がりください」
「秘書は有能ね。料理もできるなんて」
「済みません、お菓子は作れなくて……」
「いいわ。半分冗談だから」
それはまた謙虚なことで。
てっきり全部本気だと思ってました。
っと、ジト目で見られていたので思考を放棄する。
「「「いただきます」」」
唱和して食事に手をつける。
ふむふむ、これはまた何とも。
「お――」
「美味しいわ」
「ありがとうございます」
え、そこで被せてきますかね、普通?
二の句が継げずに固まる。
「サラッと感想も言えないわけ? ヘタレてるわね」
「お口に合いませんでしたか?」
「そんなことは、全く、全然、これっぽっちもありませんとも」
「そ、そうですか?」
「美味しいです。そもそも言おうとしていましたから」
横目で恨めし気に妨害者を見やる。
と、意外な光景に思わず目を見張る。
頬を伝い落ちる輝き。
魔法使いは静かに泣いていた。
「ど、どうされました!?」
「何が?」
「え、いえ、その、泣いていらっしゃいますので……」
「誰が……って、え、アタシ?」
自覚がないのか、不思議そうに顔を触りながらも、涙は流れ続けている。
丁度持っていた手拭いを渡す。
「あ、ありがと」
ゴシゴシと顔を拭き。
「ってコレ、さっきアンタが使ったヤツじゃないのよ!」
ぺチンと顔面へ投げ返された。
席を立ち駆け寄る秘書さん。
肩を抱くようにして優しく声を掛ける。
「きっと緊張の糸が切れて、気が緩んでしまわれたのですね」
「そ、そうなのかしら?」
「取り乱す私を諭してくださるだけでなく、村への様々な差配もされておられました。気が付かず張り詰めていらっしゃったのではないかと」
「ならば元はと言えば、俺が倒れたことが起因しているわけですね。済みません」
「私共はもう大丈夫です。どうか気をお静めください」
「って言われてもねぇ」
泣いているというわけでなく、勝手に涙が流れているだけ。
そんな様子で、当人もどうしたら止まるのか分からないようだ。
そのまま二人は寄り添い合ったまま、落ち着くのを待った。
「ふう、もう大丈夫そうね。あー吃驚した」
「それはこっちの台詞ですがね」
「フフフ。でも良かったです。食事がお口に合わなかったのかと、少し心配してしまいました」
「そんなことないわよ。ちゃんと美味しいもの。ねぇ?」
「えぇ、本当に美味しいですとも」
「有難うございます」
落ち着きを取り戻した食卓。
食事を済ませたら、色々と事情を伺うことにしよう。
魔法使いの涙は、主人公が目覚めた安堵、後は仲睦まじい?二人の様子に疼いた恋心、といったところでしょうか。
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