308 元勇者の魔王、頑張り過ぎ
洞窟に、岩陰に、谷間に、森の奥に。
隠れ潜むようにして魔物は生きていた。
南側には大型の魔物は生息してないのか、比較的小柄な魔物ばかり。
王都の近辺から始めて、次第に離れた場所へと移行してゆく。
場所が分かると言うのは、とてもありがたい。
時間を無駄にせず、保護を進めて行ける。
時に慎重に、時に大胆に。
そして極めて順調に。
順調過ぎて、食料不足になりそうでもある。
懸念はそれだけではない。
秘書さんだ。
朝に、昼に、夜に。
集落から魔物を保護しに出掛けようとする度、秘書さんに声を掛けられる。
いや、同行させて欲しいと懇願されるのだ。
その度に断るのが、どうにも心苦しい。
同行を断る理由は幾つかある。
脚の怪我、戦闘の危険、特に懸念しているのがライカンスロープとの遭遇。
未だ悲鳴は耳に残っている。
気絶させてしまった光景も同様に。
あのような目には遭わせたくない。
例え完全に恐怖を克服できているのだとしても。
魔物保全機関を出たことで、すべき仕事は無くなった。
集落の手伝いや、魔物の世話以外にすべきことも無い。
役に立ちたいという思いからか、ただそばに居たいと想ってくれているからか。
確かなことは分からない。
分かることは、日々悲しみを募らせているということだけ。
増えてきたのは魔物だけではなかった。
人間もまた、徐々に増え始めていた。
敵意や害意のないモノは訪れることが可能。
噂でもされているのか、移住してくるのだ。
集落は、次第に村へと規模を拡大させていった。
これで更に食料問題が明確になってくる。
ドリュアスや他の妖精の協力で、作物の収穫は容易い。
が、どうしても動物が足りない。
野生の動物を狩猟し続ければ、いずれは枯渇してしまう。
畜産が必要かもしれない。
労働力こそ多いものの、道具など他の全てが足りない感じ。
そうして更に、見覚えのある集団が増えた。
ケンタウロスの一団だ。
そう、セントレアの両親たちである。
「パパ! ママ!」
「おぉ、愛しの我が子よ! 元気そうでなによりだ!」
「お引越ししたって聞いてね。皆で来ちゃった」
感動の再会。
と言うほどに、以前会ってから日は経ってもいないが。
迎えた側は人間の住む村。
魔物は山を挟んだ反対側で保護している。
セントレアはここに住んでいるのに、両親や仲間をあちらへ、ともいくまいか。
これでまた村の拡張と家の増設が必要になったな。
「それで、孫の顔はいつ見れそうなんだい?」
「もぅパパったら。気が早いわん」
「あらあらまあまあ」
何も聞いてない、何も聞こえない。
笑っているのは三体のみ。
他のケンタウロスたちは顔を引き攣らせている。
おかしいのはあの三体だけか。
これを機に、少し離れた場所にでも移住して貰おうかな。
機関での業務とはまた違った忙しさ。
生活は保障されず、日々生き抜くために行動しなければならない。
忙しい。
だがそれは、健康的な忙しさ。
部屋に籠る暇などありはしない。
目まぐるしい。
気持ちに身体が追い付かなくなってくる。
僅かなズレ。
歪は次第に大きくなってゆく。
いつ頃からだろうか。
揺れを感じる。
横になっても立っていても。
フラフラとグラグラと。
不快な音が内から生じている。
ビュウビュウとゴウゴウと。
視界は傾き、やがて世界は横倒しになった。
「頑張り過ぎです」
「面目ありません」
「ご自分のお身体も大事になさってください」
気が付けば自室のベッドに横たわっていた。
倒れていたのを、秘書さんが見つけてくれたらしい。
「もっと頼っていただきたいです」
声に滲むは悲しさ。
目元が赤い。
泣かせてしまったようだ。
「心配をおかけしました。もう大丈夫――」
「駄目です!」
空気の震えは窓すらも震わせた。
眼鏡越しの目は、鋭く細められていて。
それでも目尻は下がっていた。
「大丈夫なわけないじゃないですか! 倒れておられたんですよ! もし、もしも外で、誰もそばに居ない状態だったなら……」
声が降り注ぐ。
全身をこれでもかと打ち据える。
「大きな声を出して、どうかしたの?」
すると、騒ぎを聞きつけたのか、母さんが部屋に顔を覗かせた。
「あ」
「目が覚めた? もう、倒れるまで働くなんて、不器用さはそっくりね」
「お母様。お邪魔しておきながら、お騒がせしてしまい済みません」
「あらあら、謝らないで頂戴。それよりも、息子が無茶しないよう、そのまま見張っておいてね」
「もちろんです」
「いえ、あの、本当にもう動けますから」
「駄目です」
「駄目よ」
二人して同じことを言うのか。
でも休んでる時間は無い。
この身がまだ動く内に。
「貴方の代わりなんて居ません。居ないんです」
「最近、自分のことも周りのことも、碌に見えてないんじゃないかしら? 少しゆっくりと過ごしてみなさい」
秘書さんに身体に縋りつかれ、母さんに言葉で釘を刺される。
動ける内に、成し遂げなければならない。
焦燥がある。
いずれ、満足に動けなくなると。
そうなっては遅いのだ。
「全てを終えたら、ゆっくり休みます」
「ホント、自虐体質は変わらないわね」
「え」
ここで聞くはずのない、居るはずのない人物の声。
「いいから寝てなさい。まったく、もう一人の馬鹿は何やってんのかしら」
急激な眠気が襲い来る。
抗えない。
全身から力が抜け、瞼が閉じゆく。
「どう、して……ここ、に……?」
「アタシの行動に、アンタの許可が必要? 抵抗せず寝なさい、馬鹿」
更に強まる眠気。
この眠気、魔法、か。
もう言葉も紡げず、眠りへと落ちていった。
22/05/15 誤字修正
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