始まり
ジェイクさんと特訓を始めてから、早いものでもう1ヶ月。少しずつ町の空気が重くなっていくなか、僕もまた自分に出来ることを少しずつやっていた。
まずやったのは、野菜のお裾分けの拡張だ。人間誰だって美味しいものを食べれば元気に笑顔になる。本当なら町の人みんなに食べさせてあげられたら良いんだろうけど、流石にそんな生産量は無いので、あくまでも知り合いだけだ。
こう言うのはいつだって、出来ることからコツコツと。僕が元気にした人が更に他の人を元気に……みたいないい流れが作れればそれこそが理想なんだから、僕だけが無理に手を伸ばす必要は無いからね。
他にやったのは、薬草の増産だ。この前リリンにも使った粉末薬草は意外と使い勝手が良くて、話の流れでジェイクさんに見せたらなかなか良いと褒められた。切り傷や擦り傷にはそのまま粉末として使い、ちょっと深めの傷とかには水に溶かして振りかけることもできるそれは、勿論ちゃんとした回復薬みたいに「ひと振りすればあっという間に傷口が消える」みたいな効能は無いけど、それを使うまでも無い程度の傷が悪化しないように使って手当てする薬というニッチな需要にピッタリらしい。
そう言う需要があることが判明したので、午後の空き時間はもっぱら薬草をゴリゴリすることに費やした。勿論こっちも野菜と同じで、僕とリリンだけで作れる量はたかが知れている。スライム達も器用に伸びたり縮んだりして手伝ってくれたけど、それでもせいぜい1日に小瓶1つか2つくらいが限界だ。これもまたできうる限りで努力するしかないだろう。仮に余ったら、冬場に手荒れで困る主婦の人たちに使って貰うとかもありだしね。
ちなみに、フルールさんとの町中の散歩は、ずっと延期になっている。出来るだけ早いうちにという打診は受けているけれど、そうは言ってもこんな不穏な情勢で領主の娘であるフルールさんを町中で連れ歩く訳にもいかないので、少なくとも森の魔物が静かになるまでは無理だということになっている。残念そうに言っていたフルールさんのためにも早く状況が改善して欲しいところだけれど、戦う力の無い僕としては待つことしかできない。とてももどかしいけれど、ここは我慢のしどころだ。
できることを、できるだけ。日々の体力作りや素振りなんかを真面目にやりつつ、空いた時間で準備を整え……遂に、その時は訪れる。
「おい、マスターはいるか?」
朝。冒険者ギルドにて僕がいつもの野菜のお裾分けをしていると、乱暴に扉を開けて飛び込んできたジェイクさんが、張り詰めた声でそう呼びかける。
「ジェイクさん? マスターなら奥に……」
「そうか。なら伝えろ。森で動きがあった。住民全員に避難指示と、森の方面の外壁に守備隊を手配。俺たち攻撃隊にも招集指示を出せ」
「わ、わかりました!」
そう答えると、ミャルレントのさんがギルドの奥へと消えていく。それと呼応するようにギルドの中が一斉に慌ただしくなる。急いで食事を掻き込む人や、武具の調子を確かめる人……ひとつだけ言えるのは、全員が戦う意思を持って行動しようとしているってことだ。
「ジェイクさん! 動きがあったって……」
「おう、トールか。心配するな。確かにやや急だが、それでも想定の範囲内だ。これからここでギルドマスターの説明があるだろうから、お前も一応聞いておけ。まあ戦闘配置にされることはないだろうが……」
「わかりました」
神妙な顔で頷いて、僕は他の人の邪魔にならないようにギルドの端っこの方に移動する。みんながみんなそれぞれの意思で行動しているのに、僕だけが何もできずにいるのが落ち着かなくて、頭の上のえっちゃんをいつの間にか胸の前で抱えるようにしていた。
そうしている間にも、ギルドには次々と人が出入りを繰り返している。跳ぶように出て行く人と、息せき切って駆けつけてくる人。見覚えのある人も何人もいるけど、流石にこの状況じゃ声をかけたりはできない。そうして人の出入りが少し落ち着いた辺りで、ギルドマスターのマギィさんが奥の部屋からその姿を見せた。
「主要な奴らは大体集まったね。じゃ、今から指示を飛ばすよ。と言っても、大体は事前に打ち合わせていた通りだ。ファル!」
「ハイ!」
まず呼ばれたのは、クッコロエルフなファルファリューシカさん。完全武装の彼女の横顔は、少しだけ緊張しているように見える。
「アンタの精霊魔法の探知能力には期待してる。敵は森の奥、エルフの庭だ。しっかりやんな」
「わかりました。頑張りますわ!」
「イチタカ」
「はいでござる」
次に呼ばれたのはイチタカさん。この口調なのに装備が普通の皮鎧なのが凄く気になるけど、顔は真剣そのものだ。
「アンタの剣ならオーク程度は余裕で切れる。ファルの護衛と露払い、頼んだよ」
「承知したでござる!」
「ジェイク」
「おう、いるぜ」
その次は、ジェイクさん。いつも見慣れた完全武装だけど、今日は身に纏っている迫力が違う。ギルドマスターの呼びかけに、不敵な笑みを浮かべている。
「アンタに言うことは何も無い。とっとと行って敵のアタマを殺ってきな」
「ふっ、任せろ」
「後の奴らは町の防衛だ。敵の出現予測範囲がかなり広い。門は警備兵と一般の義勇兵に任せて、お前らは薄く広く町の壁を守りな。一箇所でも破られて町に魔物がなだれ込んだら、冒険者の名折れだよ!?」
「あたりめーだ!」「俺はやるぜぇ!」「ババァ結婚してくれ!」
「誰がババァだ! 旦那も子供も間に合ってるよ! ほら、さっさと行きな!」
ギルドマスターの怒鳴り声に合わせて、みんなが一斉にギルドから出て行く。その姿を見て……同じ冒険者なのに、見送る側でしかない自分を思って、僕はただ、大声で声援を送る。
「頑張って……頑張ってください!」
その声は喧噪に紛れてすぐにかき消えてしまったけど、気づいてくれた何人かの人は、僕の方を見て笑顔で手を振ったり、拳を突き上げたりして答えてくれた。色んな気持ちがない交ぜになって、知らずにえっちゃんを抱きしめる腕に力が入る。
「おや、トールじゃないか。アンタは避難組だよ。さっさと家に戻って待機しな」
「マギィさん……はい……」
「ったく、何て顔してるんだい。いいかいトール。戦う力が無いことは、決して悪いことでも、引け目を感じるようなことでもない。実際アンタの野菜を喜んで食べてた奴は幾らでもいるし、アンタが用意してくれた粉末薬草で命を拾う奴だって出てくるかも知れない。それはあの脳筋どもにはできなかったことで、だからこそあいつらはアンタを守るために戦えるんだ。
忘れるんじゃないよ。人は助け合うのが当然なんだ。できないことを嘆くんじゃなく、出来ることを精一杯やったアンタは十分強い。その強さに胸を張りな」
そう言って、マギィさんが僕の肩をポンと叩く。それを慰めだと感じてしまったら、きっと僕は今より卑屈になってしまっただろう。でもそれを認められたと感じられたら、今より前を向いて進める。そのどっちかを自分で選べるなら、当然僕は後者を選ぶ。
「わかりました。それじゃ、失礼します」
「ああ、気をつけて帰るんだよ」
マギィさんに見送られ、僕は急いで家に帰る。途中の道では兵士さんたちが住人に事情を説明していて、どこもかしこもてんやわんやだ。もっとも1週間くらい前からこういうことがあるかも知れないと徐々に通知されていたので、大混乱とまではいかない。焦りはあっても、動き自体は明確だ。
「ただいま! みんな家に入って!」
僕は何とか誰にもぶつからずに家まで帰り着くと、いつもは畑にいるスライム達まで全員を家の中へと押し込んで、最後に僕も家に入った。





