神に捧げる願い事
「問おう。貴方が神なのか?」
そんな感じの台詞を一切格好つけない感じで言った僕に、フラウさんは首を傾げて不思議そうな表情をする。
「そうですよー? 私は女神様なのです」
「えぇと……それは冗談とかでは無くですか?」
「勿論です。こう見えてそこそこ偉い神様なんですよー?」
えっへんと胸を張るフラウさんの姿は、こう見ようとどう見ようと偉い神様には見えない。僕がこの世界に来る前に会った神様がこれ以上無いくらい神様っぽい見た目をしていただけに、その思いもひとしおだ。
「あー……じゃあ、何でそんな偉い神様がここにいるんでしょうか? 僕が知っている神様は凄く忙しそうでしたけど……」
僕は自分が死んだ時の行列を思い出す。アレを毎日さばいているなら、間違いなく神様は多忙だろう。
そんな僕の言葉に、フラウさんがこちらに顔を突き出して、目を細めて僕をじーっと見つめてくる。
「ちょっと待ってくださいねー。えーっと……ああ、この方ですか! あまり積極的に神を信仰をしていないような人達担当の神様ですね。あの世界では超有名な神様が2人ほど長期休暇を取ってるとかで、今は凄く忙しいみたいですねー」
「そうなんですか? ちなみにその休暇を取ってる2人の神様って……」
「ナザレのロン毛とインドのパンチですねー。名前は確か……」
「あ、いいです。もう解ったんで絶対言わないでください」
これはきっと聞いたら駄目な奴だ。話題に出すだけでも世界に危機が訪れる気がする。
「……本当に女神様なんですね…………」
これだけ話が通じるなら、フラウさんは本当に女神様なんだろう。日本にいた頃の僕なら信じたかわからないけど、こっちに来るときに神様に会ってるし、そもそも『威圧感』も神様から貰った固有技能だ。今の僕にとって神様がいることは当たり前の事実だし、目の前のフラウさんが嘘をついているとも思えない。
「それで、どうするんですかー?」
「ん? どう、と言うと?」
不意に、部屋の空気が変わる。食事の前に一瞬感じた奴と同じっぽいけど、その時と違って今度は気配が戻ることは無い。
「私を神だと知って、貴方は何を望むのですか?」
温かいような冷たいような、矛盾する二つの気配を放ちながらフラウさんが言う。そこから感じる圧力の様な物は、きっと僕の『威圧感』の上位互換みたいな力なんだろうけど……何故か僕は一切緊張することなく、自然な感じで顎に手を当て考えてみた。
「望むことですか? うーん、特には……あっ、1つだけあります」
「聞きましょう、トール。貴方は神に何を望む?」
「僕が会った神様に、僕の野菜を届けてもらえないですかね? 色々お世話になってるんですけどちゃんとしたお礼ができなくて困ってたんです。こう、ありがとうって念は送ってみたんですけど、やっぱりちゃんとした形というか、僕の野菜を食べて欲しいなって思いまして……」
「………………」
僕のお願いに、フラウさんは動かない。あれ、ひょっとして駄目だっただろうか? というか、仮にも神様を配達の人みたいに扱ったら無礼だったのかな? うわ、どうしよう。そりゃそうだよ。王様より偉い人に「荷物運んでくれ」とか頼んだらそりゃ怒られるよ! やっちまった!
「あ、あの、すいません。失礼だった――」
「ぷっ、くくくっ…………」
とっさに謝ろうとした僕の目の前で、不意にフラウさんが口元を抑えて顔を伏せた。にも関わらず、その口からは押さえた笑い声がどんどんボリュームを増して漏れ出してくる。
そして僕は、今の何処に笑うところがあったのか解らなくてただオロオロするのみ。
「ふふっ、くふふっ…………ごめんなさい。トールさん」
「え? いや、良くわからないですけど別にいいです。というか、僕の方こそ失礼なことを頼んでしまって……」
「いえ、それはいいですよー。私の方からしっかりお野菜を届けておきます」
「あ、そうなんですか? ありがとうございます」
丁寧に頭を下げてお礼を言う。そうして顔を上げたなら、そこには今までより一層優しく笑うフラウさんの顔があった。
「トールさん。貴方はとても良い人ですね」
「はぁ、そうですか? お世話になった人にお礼をしたいというのは、別に普通だと思うんですけど……」
突然褒められても、理由が良くわからなくて喜びようもない。ただそんな僕に、フラウさんは笑顔のまま首を横に振る。
「そういうことではないんですが……でもだからこそ貴方なんでしょうね。わかりましたトールさん。貴方の気持ちは、野菜といっしょにちゃーんと届けておきますねー」
「ありがとうございます。お手数ですが宜しくお願いします」
もう一度キッチリ頭を下げると、フラウさんは「お任せですー!」と胸を叩いて了承してくれた。その際にプルンと大きな胸が揺れ、一瞬とは言え視線を釘付けにされてしまったことは絶対に内緒だ。こういうのって女性は気づいてるって話を聞いたことあるけど、だからって口に出したらセクハラだしね。
その後僕は朝食の後片付けを手伝い、また改めて野菜を持ってくることを約束してアパートを出た。次はえっちゃんたちも連れてくることにしよう。神様とか魔物とか関係無く、みんなで仲良くできたらいいな。
新しい友達ができたことに胸を躍らせながら、僕は軽やかな足取りで家へと帰っていった。
「ふふ。トールさんは本当に良い人でした」
神は笑う。良き人に会えたと。
「神と対峙した人の願いが『野菜を届けて欲しい』なんて素敵すぎます。確かに神様にしか頼めない願いですよね」
神は笑う。善き願いを頼まれたと。
「神たる神威の前で尚、神ではなく私として扱ってくれたのは、これで2人目ですね。シーシャちゃんの気持ちがちょっぴりわかっちゃいます」
神は笑う。好き心に寄り添えたと。
「なので、これはおまけです。いかなる神の権能も無く、ただ一人の私として。トール、貴方の2度目の生に、心からの祝福を」
神は祈る。未来も運命も、全てを握る同類にではなく、ただ一人の人間に向けて。
「生誕おめでとう。どうか貴方の人生が、良きものでありますように」
休暇中の女神の祈りは何も産まず何も変えず、ただ確かな温もりだけを残して、世界に溶けていくのだった。





