謎の農夫とポンコツ女神
「はいはい。じゃがりん棒はご飯の後にしましょうね」
僕はフラウさんの手からお菓子が沢山詰まったカップを取り上げ、テーブルの端に置く。出来れば片付けたいけど、流石に始めて入った他人の家でお菓子をしまう場所なんてわからないので仕方が無い。
ちなみにじゃがりん棒というのは日本のお菓子で、茹でたじゃがいもを一端潰してから棒状に伸ばして油で揚げており、カリッとした食感が大人気だった奴で、フラウさんは両手にサラダ味とチーズ味の二刀流をしようとしていた。こっちでの正式名称が何て言うのかは知らないけど、さっきのポテチからすると味は想像通りだと思う。ちょっと食べたい……いやいや、ここで僕まで負けてどうする。
「野菜なのに。サラダ味なのに……」
「野菜なら僕が持ってきたのも抜群に美味しいですから。さ、一緒に作りましょう?」
やっぱりサラダ味なんだ、と内心で頷きつつ誘う僕に、フラウさんの顔がほっぺたを膨らませた顔から満面の笑みに一瞬で切り替わる。
「わかりました。それじゃトールさんのお手並み拝見といきましょう! 勿論私も腕によりをかけて作っちゃいますよー!」
「おお、それは楽しみです」
フラウさんの後をついて、調理場へと入る。幸いにして中の設備は僕の家にあるのものとほぼ同じで、これなら使い方がわからないということはないだろう。包丁を貸してもらい、部屋の隅に寄せられていた手土産の野菜を掴むと、僕は手早くサラダを作り始める。
以前にミャルレントさん達に出したような凝った物を作る時間も材料もないけど、僕の野菜はそのままだって十分に美味しい。きゅうり、トマト、タマネギなど彩りや食感の違う野菜をいい具合に組み合わせることで、見た目が鮮やかで食べても楽しい簡単サラダをぱぱっと作成。この辺の感覚は、やっぱり他人に食べて貰うことを意識して料理した経験が生きているんだろう。
「おー、凄く綺麗ですねー。じゃ、私もとっておきを出しちゃいましょうか」
そう言ってフラウさんが取り出したのは、卵。数個をフライパン……平鍋だっけ? に割り入れると、木べらでシャカシャカとかき混ぜてスクランブルエッグを作っていく。ふわふわな感じだったのでそれとなく「もっと火を通さなくて平気なのか?」と聞いたら、新鮮な物だから大丈夫だと言われた。
それでも気になったのでこっそりと『威圧感:病魔』を発動してみたら、一瞬だけフラウさんの視線がこっちに向いた気がした。本当に女神様なんだったら僕の『威圧感』の発動に気づいたのかも知れないけど、だからといってどうというわけでもないので気にしない。別に悪いことをしたわけじゃないしね。
その後は「とっておき」だというベーコンを厚めに切って、白パンと一緒に焼いたら朝食の完成だ。特別手の込んだものはないけど、十分に美味しそうに見えて、お腹がグーッと鳴る……フラウさんの。
「か、神様だってお腹は減るんですよ?」
顔を真っ赤にして恥ずかしがるフラウさんをニヤニヤ見ていたらポカポカと腕を叩かれた。うん、実に可愛らしい。
「はっはっは。ごめんごめん。さ、早く朝食にしましょう」
「もーっ! トールさんは意地悪さんです!」
顔をむくれさせたままのフラウさんと二人で料理を運び、テーブルに並べると向き合うように椅子に座る。僕はそのまま両手を合わせると、いつも通りに「いただきます」の言葉を――
「全ての命に、感謝を」
目を閉じ、両手を交差させるようにして胸に当てて呟いたフラウさんの言葉に、夏の蒸し暑さに満たされた部屋の空気が、一瞬だけ冷たく静謐に研ぎ澄まされた気がした。が、あくまで気がしただけだ。すぐにその気配は消え去り、目の前にいるフラウさんも、ゆるゆるの顔でサラダをフォークで突き刺し、大きな口を開けて頬張る。
「んーっ! んぐんぐ……ふわぁ、これは美味しいですねー!」
お日様のような、満面の笑み。お世辞や社交辞令じゃなく、本当に美味しかったというのが心から伝わってくる。実際フラウさんの手は止まること無く、次々とサラダを口に放り込んでは幸せそうに表情を蕩けさせている。
「喜んでもらえたなら、僕も嬉しいです」
「ええ、ええ! 大満足です! こんなに美味しいお野菜は久しぶりですよー!」
「あ、久しぶりなんですか」
日本にいた頃を含めてもなお、今の僕が作る野菜より美味しい野菜を食べたことはない。とはいえ、本職の農家の人がファンタジーな力を使って作れば僕より美味しい野菜を作れても不思議じゃない。
「ええ、久しぶりです。あの人のお野菜は、今はなかなか食べられないですからね」
「へぇ。有名な農家の方とかなんですか? 是非僕も食べてみたかったなぁ」
「うーん。難しいですね。専業の農家というわけではないですし、そもそも自分では食べられないからご家族の方のためにちょっとだけ作っている、という感じですから」
「あぁ、それは確かに。いえ、無理を言うつもりはないんで気にしないでください」
たぶん僕みたいに、家庭菜園的な規模で趣味の野菜を作ってる人なんだろう。でも自分で食べられないって……病気とかアレルギーとか? 野菜が食べられないなんてあるのかな? 僕で治せるなら治してあげたいけど……いや、何もかも背負い込むのは悪い癖だって指摘されたばっかりだし、頼まれたときに力になれることがあれば、くらいに考えておくのがいいだろう。
「ふふっ。そうですね。縁があればいずれ会うこともあるかも知れません。そういうのは妹の担当なので私にはわからないですけど」
「はぁ。そうなんですか。そう言えばさっきも『妹たち』って言ってましたし、ご姉妹が沢山いるんですか?」
「沢山って程ではないですよー。妹が2人だけです。そうそう聞いて下さいよトールさん。妹ったら酷いんですよ? 私のことを虫が一杯いる遺跡に放置したり、ちょっと、ほんのちょっとだけお腹が摘まめる程度なのに、太ってるみたいに言ってきて……」
「いや、それは……」
流石の僕でも、女性に体重の話を振られて答えたりはしない。個人的にはお腹の肉がちょっと摘まめる程度で太っているとは思わないけど、それを正直に言ったところで良いことが絶対に無いことくらいはわかっている。
「何でそこで言いよどむんですかー! うぅ、酷い。トールさんまで私のことを豚女呼ばわりするんですね……」
「いやいや、そんなこと言いませんよ! というか、妹さんそんなこと言ったんですか……」
フラウさんの妹だから、ふんわり天然系なのかと思ったけど……どうやらリタさんとかああいう系統の人らしい。
「そうなんです! シーシャちゃんは心も胸も真っ平らなんですー! だいたい……」
その後もフラウさんの話は続き、愚痴かと思えばいかに妹が可愛いかを語ってみたり、全然関係無い話をしてみたりと、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。気づけば僕たちは朝食を平らげていて、それどころかテーブルの端に寄せておいたじゃがりん棒にすら手を伸ばしていた。一本丸ごと口に入れてかみ砕く僕に対し、フラウさんはリスのように前歯で囓っていくタイプらしい。会話の合間合間にサクサクサクッと音が鳴れば、恐ろしい速さでじゃがりん棒が消えていく。
「そういえば……」
そんな会話のなかの、ほんのひととき。一瞬開いた無言の時間に、僕は会った時から気になっていたことを、この際なのでストレートに聞いてみることにした。
「フラウさんって、女神様なんですか?」





