無自覚のヒットマン
「あっ、いや、すいませ、すまない……申し訳ない」
「いや、そこまで謝られることじゃないですけどね。はいどうぞ」
思わず謝り倒してしまった僕に、リタさんはやっぱり表情を動かすこと無くお茶を出してくれた。焦ったせいで一気に飲み干しそうになっちゃったけど、流石に3杯目は体裁が悪すぎる。ここはゆっくり気持ちを落ち着けて……うん、大丈夫だ。
「で、何故私の部屋を見回していたので? 特に珍しい物があるわけじゃないと思いますけど」
「うむっ!? いや、ほら、あれだ。レベッカ! レベッカはどうしているのかと思ってな」
「レベッカですか? あの子は朝は弱いみたいなんで、まだ寝室で寝てますが……用があるなら連れてきましょうか?」
「いや、別に用があるわけじゃないので気にしなくていい。そうか、寝室か……」
「……いくらトールさんでも、流石に寝室には入れませんよ? それともそういうお誘いですか?」
「ゲッホ!? ゲホッ、エフッ……いや、違うから。そう言うのでは全然無いから」
思いっきり咳き込みながら、僕は必死に手を振って否定する。リタさんの言葉は、いちいち破壊力が高すぎる。これでまだニヤニヤ笑いでもしていればからかわれていると解るんだけど、リタさんは基本常に真顔なので、冗談なのか本気なのかが表情から読み取れないのが辛い。いや、まあ流石に本気じゃ無いだろうけど。
「そうですか。まあミャーがいるのに私が誘われるとは思いませんが……いや、むしろミャーがいるからこと私とはそう言う爛れた関係を求めると? それならそれで、条件次第では考えますが……」
「頼む。本当に辞めてくれ。違うから。絶対そう言うのじゃないし、そんな意図は微塵も無いから」
「冗談です」
これはもう土下座でもするしかないかと腰を浮かせ欠けたところで、涼しい顔でリタさんが一言。前にえっちゃんに「手に負えない」と言われたのが改めて理解出来た。うん、この人には絶対勝てないわ……口では勿論、「冒険者ギルドには荒くれ者も来ますから、受付嬢は腕っ節も強いんですよ?」と冗談交じりにミャルレントさんが言っていたことがある程度でも事実だったりすると、戦ってすら勝てないかも知れない。というか、地べたに這いつくばってる僕の頭をリタさんが踏みつけて「こんなものですか?」とか冷静に言われる姿がもの凄く鮮明に目に浮かんで……
「何か失礼なことを考えてませんか?」
「いやいやいや、何も考えてないぞ? 全くもってこれっぽっちも考えていない。私の頭は常にスカスカだ」
「……それはそれでどうかと思いますが」
駄目だ。そして無理だ。女性経験値がゼロの僕では、どうやってもこの状況を打開できない。これはもうさっさとお茶を飲んで退散するべきだろうか? でもリタさんとゆっくり話すことって今まで無かったし、これはこれで良い機会でもあるんだよなぁ。できるなら仲良くなってみたい。
「まあ安心してください。友人の男に手を出すほど飢えてはいませんので」
「男って……あ、そう言う話なら、リタさんはどうなのだ? 誰か良い感じの人はいないのだろうか?」
「私ですか? 難しいですね……何処かの大富豪でも求婚してくれれば、結婚したうえで再起不能になって貰って財産だけ頂きたいところですが」
「何故そう物騒な話に……?」
一応突っ込んでみるけど、リタさんだと本気でそう考えている可能性もありそうなのが怖い。
「私にとって、恋愛とか結婚は打算なんですよ。自分の利益になることならできますし、利益に応じた我慢もできますが……純粋に好きとか嫌いとなると、ちょっとピンと来ないんですよね」
「そうなのか。見た目は悪くないのだから、交友関係を広げて色々な経験をしてみるのもありだと思うが……」
「……見た目だけ褒めるとか、トールさんも言いますね」
「ふっ。見た目は重要だぞ? 他者の意識に止まらねば、始まりすらしないのだ。見目麗しいのは良いアドバンテージだと思うが?」
実際、誰の目にも止まらなかったかつての僕は、好きとか嫌いという感情を持たれることすら無かった。それに比べればリタさんの容姿はとんでもなく恵まれていると思う。それに……
「それに、リタさんは中身だって悪くないだろう? 言葉はきついが、優しい女性だと私は思うが」
僕の言葉に、リタさんの表情が一瞬だけピクリと動く。
「……男性に優しいと言われたのは始めてですね。何故そう思ったか聞いても?」
「何故、と言われてもな。ミャルレントさんからは色々相談に乗って貰ったりしていると聞いているし、今だって野菜を運んできた私にこうしてお茶をご馳走してくれたりしているだろう? スラリンピックの時も子供達と対等に話していたし……まあそこは子供っぽいと言うか、可愛らしいと言うべきか?」
「……何が目的ですか?」
「? 目的?」
突然リタさんが僕を睨んで来たけど、そんなことを言われても答えようが無い。目的? 目的と言うなら……リタさんと仲良くなること、とか? でも、それを本人に直接言うのは流石に恥ずかしい。
「……はぁ。無自覚ですか。お世辞を言う必要が無いから全て本音で、それでいてそういう意図を乗せていない……これはミャーは苦労するわ」
「うむ? 何の話だろうか?」
今度は呆れたような口調で言われても、僕としては何が何だかわからない。何となく責められているような気がしなくもないけど……うーん。これはどうしたものだろうか?
「とりあえずトールさんは、夜道で背後から刺されないように気をつけるべきだと思います。で、その助言が生きる度に私に野菜を差し入れするべきです」
「え、刺されるのか!? 何故に!? というか誰に!?」
「理由がわからないのが理由で、相手は未だ会ったことの無い誰かだと思いますが」
「??????」
リタさんの謎かけのような助言は、僕の頭の中でひたすらハテナを産み出し続ける。わからない。わからないけど刺されたくは無いので、夜は出来るだけ出歩かないことにしよう。まあ日本にいた頃だって夜に出かけることなんて滅多に無かったし、こっちでも夜間にしか出来ない依頼でも受けなければ夜に出歩く用事は無いので大丈夫だとは思うけどね。お酒でも飲めば違うだろうけど、僕は飲まないし。
「さて、それじゃ長々と引き留めてすいませんでした。私もギルドに行かなければですし、そろそろ……」
「お、そうか。こちらこそ早朝から長居をしてしまって済まなかった。次の野菜の宅配についてはまた後日改めて連絡しよう」
リタさんは身支度自体は整っている感じだったので、おそらくこれから朝食の準備だろう。それをねだるほど僕の面の皮は厚くないので、部屋の隅で終始ペッタリし続けていたスライム達を引き連れて部屋から外に出る。最後にもう一度挨拶をしてリタさんが扉を閉めたら、これで今日の配達のお仕事は完了だ。
「何とか初日は無事終わったね……といっても帰るまでが遠足って言うし、まだ帰宅が残ってるけど。ということでタモツ君。みんなを引き連れて先に帰っていてくれる? 僕は大家さんに挨拶してくるから」
僕の言葉に、タモツ君はぶるるーんと了解の意を示して、空いた籠を頭に乗せつつみんなを引き連れて帰宅していった。道はもうわかっているわけだし、持っているのも空いた籠だけだから僕がいなくても問題無く帰れるだろう。
「さて、それじゃ僕も行くか」
小さく呟き、リタさんから少しだけ返して貰った野菜を手土産に、僕は1階の一番右端……要はリタさんの下の部屋の扉の前に立つ。ここに大家さんが住んでるとのことなので、僕は改めて身だしなみをチェックし、気を引き締めて扉をノック。
「はーい。あら、どちら様?」
扉を開けて出てきたのは、海のように蒼い髪と目を持つ、空色の服に身を包んだ女性だった。





