提案とお誘い
今の僕の気持ちを、どうやって表せばいいだろうか? ファンタジーの世界にファンタジーガン無視の建造物があって、でもまさにファンタジーな存在が住んでいそうでありつつ、実は日本でもその辺にありそうな名前……いや、深く追求してもきっと無駄なんだろう。この世界の文明レベルとかファンタジーレベルが未だに理解しきれてないけど、そもそも僕自身が日本からの転生者って時点で意外と何でもありな気がするしね。イチタカさんの話からしても、今いるかは別として、絶対昔には僕みたいな日本からの転生者がいたはずだし。
っと、余計なことを考えるのはあとだ。まずはリタさんに野菜を届けなければ。せっかく朝早くに出てきたんだから、朝食前に届けて是非とも採れたて野菜を楽しんで貰いたい。
「リタさんの部屋は、2階の向かって右側の端だね。よし、行くよみんな!」
僕の掛け声に5匹のスライムがぷるるーんと揺れを輪唱し、早速2階へと……あがろうとして、流石に頭に野菜の籠を乗せたまま階段を登るのは無理だったようだ。スロープなら行けたんだろうけど、流石にバリアフリーを期待するのは贅沢すぎる。仕方ないので僕がスライム達の籠を持って階段を5往復……うぅ、地味にきつい。でもついさっき「行くよみんな!」とか気合いを入れて声をかけちゃった手前、ここで行きなり休むのは格好がつかない……野菜って中身がぎゅって詰まってるから重いよね……
「はぁ、ふぅ……よし、じゃあ改めて行くよ!」
スライム達を引き連れ、リタさんの部屋だと思われる扉の前へ。流石にインターホンはついてないので、直接ドアをノックだ。
「おはようございます。冒険者のトールです。約束の野菜を届けに参りました」
もし万が一部屋が違っていたら大変なので、ここはきっちり丁寧語だ。コンコンコンと扉を叩いて声をかけると、中からごそごそと音がして、程なくして開いた扉の奥には、見慣れたリタさんの姿がある。
「ようこそ神……トールさん。ではどうぞ中へ」
「うむ? いや、私は野菜を届けに来ただけなんだが……」
「そうは言っても、入り口の前に大量の野菜の籠を置かれても困ります。というか、そもそも私一人分にしてはかなり多い気がするんですが……」
「一人? ここには一人で住んでいるのか?」
「ええ。私はこの町の出身じゃないんで、ここに部屋を借りてるんです」
「そうか。それだと確かに多かったな……」
この町では、両親に子供が1人か2人というのが一番多い家族構成だと聞いていたから、僕は4人分を想定して野菜を持ってきていた。せっかくの優勝賞品だし、足りないよりは少しくらい多い方が良いかなって思ったからだ。が、一人となれば流石に多い。
「まあとにかく、まずは中に運んじゃってください。流石に出しっぱなしだと通行の邪魔になっちゃうんで」
「あ、ああ。そうだな。よし、じゃあ皆も部屋に運び入れてくれ」
スライム達を促して、開け放たれた扉を通って部屋の中へと入れていく。流石に室内は畳敷きなどということはなく、ごく普通の木製の床だったのでホッとした。これで玄関と下駄箱があって靴を脱いで上がるなんてなってたら、違う意味でのカルチャーショックで頭を抱えていたかも知れない。
「調理場はそっちなんで、そっちの奥に運んで下さい」
リタさんの指示に従い、入ってすぐにある間仕切りの奥に野菜の籠を運び込む。籠は回収しないといけないのでせっせと野菜を取り出して並べていくと、1人分である食材保管場所はそれだけで一杯になってしまった。
「ううむ、確かにこれは多かったな。今日はまだいいが、明日以降はどうするか……」
「あの、トールさん。7日連続で持ってきて貰うのではなく、週に1回を7回にしてもらうことはできませんか?」
「おぉ! そうか、それはいいな!」
リタさんの提案に、僕は思わず手を打ち鳴らす。確かにフルールさんのところにすら毎日は納品していなかったのだから、期間を空けて回数を分けた方が絶対にいい。問題は約束の日や何回渡したかを忘れたりしそうなことだけど……回数の方は、回数分の木札でも作って渡せばいいかな? 日付は僕が何処かにメモでもしておけば……あ、タモツ君が「自分も覚えるから大丈夫であります!」と震えてる。これは実に頼もしい。
「わかった。ではそういうことにしよう。後ほど回数分の木札かなにかを作って渡すので、今後は納品1回につきそれを1つ渡してくれればいいぞ」
「ああ、それならわかりやすいですね。わかりました」
「実に素晴らしい意見だった。では、私はこれで……」
「あ、もう帰るんですか? お茶くらいなら出しますよ?」
今後の行動指針を貰い、とりあえず仕事も終えたのでお暇しようと思った僕に、リタさんが背後から声をかけてきた。
「いや、しかし迷惑ではないか?」
「お茶くらいなら別に構いませんよ。というか、そんな格好で汗だくの人に飲み物も出さずに帰す方が落ち着きません」
「むぅ……」
言われてみれば、結構な汗をかいているのに気づく。まだ朝だから気温は低めだし、『威圧の旅装』のマントの効果で見た目よりはだいぶ暑さが和らいでいるとはいえ、荷物を持って階段を往復しまくったからそれなりに体はほてっている。確かに水の一杯くらいは飲みたい。冒険者ギルドではあんまり話したことなかったけど、この前のスライムレースではいい具合に競い合ったりもしたし、ならいいのかな……?
「わかった。ではお言葉に甘えてご馳走になるとしよう」
意識したことで喉の渇きを強く覚えてしまい、結局僕はお茶をご馳走になることにした。部屋の奥へと通され、小さなテーブルに向かい合うように置かれた椅子の手前側に腰掛ける。流石にスライム達まで座らせることはできないけど、彼らは彼らで部屋の隅の冷たいところでヘニョっとしているので問題無いだろう。
「どうぞ。まあ冷却の魔法道具なんて高価な物は無いんで冷えてはいないですけど」
「ああ、ありがとう」
礼を言って受け取ったコップには、薄い色のついた水っぽいものが入っている。一瞬濁っているのかと思ったけど、この町に来てから水で不便をした記憶は無いし、口元に持ってきたら不思議な匂いがしたので間違いなく何かのお茶なんだろう。一口口に含むと、何かこうサッパリした感じがする。飲み込む際にスーッとした感じが鼻に抜けていき、僅かな渋みが口の中に残ったりする辺り、緑茶を良く飲んでいた僕としてはかなり好みな感覚だ。
「美味いな」
「ありがとうございます。自家製のハーブティなんで、そんな大した物じゃないですけどね」
「ほほぅ。自家製か」
「ええ。この建物の所有者の人がそういうのが好きらしくて、裏にハーブとかが一杯植わってるんですよ。それをブチッと毟ってきて、あとは乾かして煮出すだけです。簡単ですがなかなかの味でしょう?」
「そうだな。なかなかのものだ」
採取ではなく毟るという表現がいかにもリタさんらしくて、僕は思わず笑みを浮かべる。そのままあっという間に1杯飲みきってしまったら、遠慮する間もなく「もう1杯お持ちしますね」と言ってリタさんが調理場へと戻っていってしまった。
残されたのは僕一人。一息ついて余裕が出たので、何となく部屋の中を見回してみる。部屋に据え付けと思われる引き出し付きの収納棚の上には白いレースの布が置かれ、その上には見たことの無い青い花の刺さった陶器製の花瓶がある。しっかりした作りの机の上には紙の資料っぽいものが詰まれているて、それらの上には金属製と思われる狼のようなものが丸まっている姿を模した重りが置かれている。反対側には羽根ペンもあり、ペン立てはなんとペンギンだ。いや、この世界にペンギンがいるのかはわからないけど、僕から見るとペンギンにしか見えないそれがフリッパーを合わせてペンを抱きかかえているように見える作りになっている。
うーん。やっぱりリタさんも女性だけあって、こういう可愛い物とか好きなのかな? 意外……でもないか。レベッカと仲良くやってるみたいだし。そう言えばレベッカは何処にいるんだろう?
「トールさん。あまり女性の部屋を見回すものじゃないですよ?」
気づいたら部屋の入り口の所にリタさんが立っていて、僕は反射的に背筋を伸ばし、その姿勢を正すのだった。





