初恋の味
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僕は確かに、フルールさんに対して好意的な感情を抱いていた。病気を治すためというのもあったし、その後も野菜を納入した時に話をしたりしたから、冒険者なのに冒険者的な活動をほとんどしてない僕にとって、この世界で一番話をしているのは間違いなくフルールさんだと思う。
でも、それはあくまでただの好意だ。良い人だと思うし綺麗だと思うけど、恋人にしたいと思ったことは一度も無い。だから、ここで迷う余地は全く無い。
「申し訳ありませんが、私が今好きなのはミャルレントさんの方ですね」
「即答、なのですね……いえ、でも『今は』ですか?」
顔に落とす影が濃くなり、それでもそれを聞いてくるフルールさんに、僕は頷いて答える。
「そうです。そもそもフルール様にしろミャルレントさんにしろ、出会ってまだ数ヶ月です。深く互いを知り合うほどの付き合いをしてきたとはとても言えませんので……」
ミャルレントさんとの交流は、冒険者ギルドの受付嬢として……要は仕事中の彼女と軽い雑談をするくらいがほとんどで、ちょっと前にやっと一度家に招待して手料理をご馳走したくらいだ。「知り合い」よりは上だろうけど、「友達」からランクアップ出来る程の関係を築けているとは思いづらい。なればこそ、よっぽど変なことでもない限り今日明日で心変わりするとは思えないけど、5年10年先も同じように好きかなんて言えない。それを言えるようになるには、まだお互いを知らなすぎると思う。
「では……それでは何故、彼女なのですか? 私では無く彼女を選ぶ理由は何なのでしょう?」
何故フルールさんではなくミャルレントさんなのか? そんなこと考えたことも無かった。何故ならフルールさんに出会った時には、既にミャルレントさんが気になっていたからだ。ではどうしてそうだったかと言われたら……
「順番……ですかね。ミャルレントさんと先に出会ったから、というのが一番正しいと思います」
「順番……出会った順番ですか!? そんな、そんなことで……!?」
フルールさんが愕然とした表情を浮かべているけど、僕としては嘘をついて誤魔化すという手段を取りたくない以上、どうすることもできない。
始めてミャルレントさんに会った時、僕の中にあったのは強い好奇心だった。なにせ猫が立って喋っているのだ。興味を引かれない訳が無い。興味があるから話しかけ、話をしているうちに気になっていって、気づいたら好きになっていた。だからこそ彼女以外の女性に興味はともかく恋心は抱かなかったのだ。
もし仮に、フルールさんに先に出会っていたならどうだっただろう? 病気の治療を通じて仲良くなり、やがてほのかな恋心を覚えたりしたかも知れない。その状態でミャルレントさんに会えば、好奇心を刺激されても恋心を抱くことは無かったと思う。誰かを好きだと思っている時に他の誰かを同時に好きになるなんてこと、僕はしないしできない。恋愛体質のハーレム系主人公なんて、無敵のチート主人公と同じくらい遠い存在だ。
「私は不器用なので、心の内に一人しか住まわせられないのです。何らかの理由で空白に戻ったり、他の人に入れ替わったりすることが絶対に無いとは言いませんが、それでもそこに居るのは、常に一人だけなのです」
「そう、ですか……」
そう言ったきり、フルールさんは黙り込んでしまった。そんな彼女に、僕は何も言うことができない。もし僕の恋愛経験が豊富だったら、こう言うときに何か気の利いた言葉をかけられるのかも知れないけど、生憎と僕にはそんな経験は全く無い。日本にいたときにも気になる子とかはいなかったわけじゃないけど、僕の存在感が薄すぎて恋愛どころか知り合いになることすら難しかったからね。
自分の気持ちを伝えることすらできなかったのに、今みたいに振ったみたいな状況でのフォローの仕方なんて皆目見当がつかない。周りにいる人も今はみんな遠巻きに見ているだけだし、ここで他人に頼るのはいくら何でも酷い気がする。
「トール様のお気持ちが聞けて良かったです。それではこの後の準備もありますので、一端失礼致しますね」
ぱっと見で解るくらい無理をした笑顔を浮かべて、フルールさんがその場を去って行った。準備があること自体は本当だろうけど、その大部分は気まずさから逃げるためだと思う。そうさせてしまった自分がとても情けないけれど、じゃあどうすればいいのかと言われてもその答えは未だにわからない。
「ねええっちゃん。僕はどうしたら良かったのかな?」
それでも漏れ出てしまった僕の弱音に、頭の上でじっと話を聞いていたえっちゃんも「スライムにそんなこと聞かれてもな」とひと震え。そりゃそうだと思わず苦笑いを浮かべてから、これもえっちゃんなりの励ましなのかなと思って少しだけ気分が晴れた気がした。
「お、ミャリアここにいたかー! って、何だこの……何だ?」
そんな僕たちの所に、不意に場違いに明るい声が響き渡る。声の主は勿論ガラルドさんだ。
「おい、トール。何があった? お前が中心っぽいけど、どうしたんだ?」
「実は……」
ミャリアちゃんを抱き上げたガラルドさんに、僕はさっきまでの話をする。かなりプライベートな内容だけど、普通に他の人もいるこの場での話だから相談しても大丈夫だと思ったからだ。
「なるほどねぇ。てかトール、お前意外とモテるのか? 見た目じゃわからなかったが、意外と女泣かせな野郎だなコノ」
「ガラルドさん。それは……」
「まあ聞け。いいか、恋愛ってのは、成就する方が珍しいんだ。お前だってその歳なら……お前幾つだ?」
「あ、17歳です」
「17か。それならミャルレントが初恋ってわけじゃないだろ?」
「それは……」
気になる子がいたとはいっても、人間関係を築けなかった僕にはそれを恋心まで発展させることができなかった。そう言う意味ではミャルレントさんが初恋で間違いないんだけど、この場合はどうなんだろう?
「あー、悩むな悩むな。別にそこはどうでもいいや。とにかく好きな相手がいたとして、そいつと恋人になれる可能性なんて大したこと無いんだよ。俺だって今の嫁さんが初恋じゃない。気持ちを伝えることすら出来なかったガキの頃の恋だってあるし、恋人になったあとでもちょっとしたことで喧嘩したりすれ違ったりして駄目になった恋もある。つまりな、失恋ってのは特別なことじゃねぇんだ。そもそもお前だって、ミャルレントに振られる可能性があるんだぜ? そしたらお前はどうするんだ?」
「それは……考えたこと無かったです」
いくら何でも、告白すらしてないのに振られた後のことなんて考えたりはしていない。「なら考えてみろ」と言われ、改めて考えてみれば……
「凄く悲しいだろうなぁとか、そんな感じしか浮かばないです……」
「いや、それでいいんだよ。悲しいがそれだけ。つまり恋ってのはその程度なんだ。実らなかったからってそれで人間関係が無くなるわけじゃねぇ。そこからはまた新しい関係が始まるんだ。勿論始まらずに消えちまうこともあるが、それはそれだ。だからアレだ。何が言いたいかっていうと……恋なんてのは、今目の前にあるものにだけ真摯に向き合えば十分だってことだ。振った相手の心を背負い、振られた相手への心を背負い……なんてやってたら、あっという間に身動きが取れなくなるぞ?」
ガラルドさんのその言葉は、彼が生きてきた人生の経験から学んだものだろう。確かにフルールさんのことを気にしてミャルレントさんへの対応が変わってしまったら、それは不誠実だと僕も思う。でも、だからといってそんな簡単に割り切ることもできない。でも……割り切れないのが「罪悪感」である以上、僕がフルールさんにできることは何も無いのだ。
「初恋なのに、苦い味だなぁ……」
思わず漏れた呟きはそのまま宙に溶けていき、僕はただその場に佇むことしかできなかった。





