赤くて黒い大泥棒
頭上高く掲げた右手で、パチンと指を打ち鳴らす。その瞬間あーちゃんの姿が霞と消え、ステージ上を縦横無尽に跳ね回る。これぞ練習の成果。目という器官が存在せず、体そのもので全周の視界を持つスライムだからこそできる、帽子やマントを破損しない跳ね方。
そんな計算された動きで跳ねるあーちゃんがステージ端に仕込んでおいた紙の束を1つ手に(?)取り跳ねると、その風圧で紙束が開き、そこには綺麗な花が咲き誇る。小学校辺りで作ったような紙の花だ。本来ならもっと薄い紙じゃなければ上手く開かないけど、細部にわたって細かく威圧の強さを調整しておいた物に、さらに飛び跳ねるあーちゃん自身の『威圧感・』による微調整と跳躍するときの強めの空気抵抗を利用することで、いい感じに開かせることができるようになったのだ。
勿論、花の色は色々だ。いくつも染料を使って何色もの紙の束を作り、それをステージ各所に仕込んである。間違って捨てられないように紙の表面に「演出用小道具 接触禁止」と書いてあるけど、これは花が開いたら裏側になる場所なので何とか見逃して貰いたい。
あーちゃんが数度跳ねる度その手に紙の花が咲き、天井近くで離すことでステージ上に花が降る。だが、それで終わりじゃない。
「うわぁー!」
「あら?」
パン屋の娘さんとエルフさんの頭に、黄色と緑の花が咲く。あーちゃんが飛び跳ねる位置や角度を計算し、そっとそこに置いたのだ。
「きれい……」
「あら、ワタシも?」
ミャリアちゃんとミランダさんの頭に、白と紫の花が咲く。
「まあ、素敵」
最後にフルールさんの頭に赤い花が咲いて、あーちゃんが僕の足下へと戻ってきた。最高の仕事をやり遂げた伊達スライムは、満足げにプルンとひと震え。
「黒と緋色の大怪盗団。皆様の笑顔、確かに頂きました」
帽子を手に取り芝居がかった口調と共に一礼すれば、観客席からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「ありがとうございました。皆様、トール氏のアピールタイムはいかがだったでしょうか?」
「実に見応えのある……そう、まさに『ショー』だったな。彼とその友人の多芸ぶりには純粋に拍手を送りたい」
「そうだね。アタシとしては一番最初の帽子を出したのが気になるんだが……まあ冒険者に手の内を明かせと迫るほど耄碌しちゃいないさね」
「そうですな。私も紙の衣服の製法は非常に気になるところですが、商人としてそれを聞き出すのは無粋を通り越して無礼でしょう。相応の対価で教えて頂けるなら是非ともご一報頂きたいですが」
執事さんの言葉に、三者三様で色んな事をコメントしてくれた。まあ帽子を出したのは僕の固有技能だから教えても誰も使えないだろうし、紙の服も僕や眷属以外が着ようとすればただのペラ紙に戻っちゃうので売り物にはならないと思うけど。
最後にもう一度礼をして席に戻ると、すぐに執事さんがステージ中央に立つ。
「それでは、これにて今回のファッションショーは終了となります。結果発表に関してはスラリンピック閉会式にて、他競技の優勝者の表彰と同時に行う予定となっております。およそ2時間後を予定としておりますので、その間はご自由にお楽しみください」
その言葉と共に、実にあっさりとファッションショーは終了した。本当なら観客の人達に投票してもらうとかしたかったんだけど、流石に木札程度であっても数を用意するのは大変だったのと、そもそもそれを集計する人手が無かったので断念したのだ。
全ての行程を終えて、僕たちは控え室に戻る。と、何故か僕の周りに他の参加者の人達が集まってきた。
「トール、お花ありがとね!」
まずはパン屋の娘さんが、無邪気に笑って手にした紙の花を振ってみせる。
「ルルカか。プクリンも元気そうだな。四角くなったのは驚いたぞ」
「へへー。一杯練習したもんね。ね、プクリン?」
歯を見せて笑うルルカちゃんに、プクリンも楽しそうに揺れる。
「トールさん。私もお花ありがとうございました」
次にやってきたのはエルフさん。
「ああ、ファルさん。何というか、その……眼福であった、と言うべきか?」
「もうっ! トールさんったら、それは言わないでください」
公衆の面前で服がはじけ飛ぶというお約束をやってくれたファルさんは、僕の言葉に顔を赤らめて目を背ける。その肩にはプレルが乗っていて、プルプルと彼女を励ましている。姫騎士として感じ入る何かがあるんだろう。
「トールお兄ちゃん。お花ありがとう」
「ああ。ミャリアも素敵な歌をありがとう」
「うぅ、恥ずかしい……」
お互いにお礼を言い合ったら、ミャリアちゃんはまたしても顔を赤くして手で隠してしまった。ああ、本当に可愛い。ガラルドさんじゃなくたって、これなら夢中になって当然だ。ああ、当然だけど女性としてではなく、子供としてだ。だからこのどこからともなく感じられる殺気を何とかして欲し……あ、消えた。多分また殴られたんだろう。
「んっふ。次はワタシね。というか、ワタシにもちゃんとお花をくれるなんて思わなかったわ。トールちゃんったら優しいのね」
「ん? そんなつまらない区別はしないさ。会ったばかりの私が言うことではないかも知れないが、貴方には貴方にしかない魅力があるはず。それがわかるからムッシュも貴方と共に居ることを選んだのだろう。二人ともステージではとても輝いていたよ」
僕のそんな言葉に、ミランダさんが大喜びして僕に抱きついてくる。頭上から覆い被さるようにして太い腕でガッチリホールドされると、流石にちょっと苦しい。
「んまぁー! トールちゃんったら嬉しいこと言ってくれて! 是非お店に遊びに来て頂戴。たーっぷりサービスしちゃうんだから!」
「ぐむっ……ああ、いや、しかし私は酒が飲めないのだが……」
正確には飲んだことが無いからわからない、だけど、特に飲みたいと思ったこともないので飲めないで間違いないだろう。
「あらそうなの? ならトールちゃんが飲めそうな物とか、あとは美味しいお料理を沢山用意しちゃうから、遊びに来てね? 何なら彼女連れでもOKよ?」
そう言って体を離すと、大きくて力強い目でパチリとウインク。うん、やっぱり良い人そうな感じだ。テンプレは外れないからテンプレだということを実感する。ミャルレントさんが良いと言ってくれれば、一緒に行ってみるのも良いかも知れない。
「トール様……」
そして最後に声をかけてきたのは、フルールさんだ。でもその表情は、他の人達と違って少し暗い感じがする。
「フルール様……何故そのようなお顔を?」
「私は……間違ったことを言ったつもりはありません。あの言葉は今の私が言える精一杯でした。でも、それでも……」
ステージ上の凜とした姿とは違う、不安そうな……まるで見捨てられた子犬のような姿。そんな彼女の肩に僕はそっと手を置き、揺れる瞳を真っ直ぐに見つめる。
「貴方は貴族だ。故に貴族の貴方が貴族の矜恃を示したことは決して間違いではないでしょう。それを不快に感じる者は確かにいるかも知れませんが……それで貴方が迷う必要はありません。貴方は貴方にしかなれない。だからどうか、自分に自信を持って、そして自分を好きでいてください。自分を好きで無い人が、他人に好かれることなど無いのですから」
「なら……トール様は私のことが好きですか?」
いつものからかう調子と違って、今のフルールさんには真剣な表情をしている。ならここは僕も真剣に答えるべきだろう。
「そうですね。好きか嫌いかという二元論で言うなら、勿論好きですよ」
「それは……ミャルレントさんよりですか?」





