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【Web版】威圧感◎  作者: 日之浦 拓
本編(完結済)

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停滞の日々の終わり

 それから数日。お嬢様の方のお食事会も、何とか無事に成功した。手を加えたのはサラダくらいで、キャッツオブシの代わりに錦糸卵を敷き詰め、ダンシングラディッシュで純白の翼をかたどり、さらに粉チーズで雪を降らせた『とろとろ温玉の極楽サラダ』を作ったが、それ以外は全部同じだ。肉や魚を毒味として食べた料理人さんに「何故この調理でそうなるのかがわからない」としきりに首を傾げられたけど、『威圧感』は僕の固有技能(スキル)なので仕方が無い。

 お嬢様はサラダにいたく感動し、肉の固さと柔らかさに目を見張り、魚のはじける食感に驚いて、フレンチトーストの美味しさに顔をほころばせていた。大変に喜んで貰えたらしく、是非またと言われたけど、そこは断固としてお断りした。なにせこれ以上は作れそうな物が無いからね。僕の『威圧感』は一般家庭向けであって、ここから多数の貴族を唸らせる威圧料理人の誕生みたいな成り上がりストーリーには向かないのだ。何の技術も無い僕が『威圧感』だけで登れるほど、料理人の壁は低くない。それを思い知れただけで、今回の報酬は十分だ。


 ……あるよね。始める前はテンションあがって何でもできそうな気になることって。最高級調理器具とか揃える前に目が覚めて良かったよ、いや本当に。日本の押し入れの中に眠っている健康器具とかのこと、ちゃんと教訓にしないとなぁ……


 というわけで、色々ぎっちり詰まっていたイベントをこなし終わり、僕は改めて、この世界に来てからの我が身を振り返ってみた。

 神様に固有技能(スキル)を貰って、僕が今日までしてきたこと……大根を切り、野菜を育て、汚れを落として料理をした……うん。してないよね。冒険……


 流石の僕も、思っていた。そろそろ冒険じゃないか? と。いきなり大きなことをするつもりはないけど、いくら何でもちょっとくらいは強くなっておくべきじゃないか? と。

 そして、ずっと考えていた。人型の魔物は、たぶん僕には殺せない。根本にある『命を奪う』ということに対する忌諱感は、未だ変わっていない。でも、魔物は別に、人型の奴ばっかりじゃない。魚はさばけたんだから、あまりグロくない感じの魔物なら、倒せるんじゃないだろうか? 何かこう、血とかどばどば出たりしない感じの奴。ゴーレムとか、後はそう……スライムとか。


「スライムに関する情報ですか? 少々お待ちください」


 魔物と言えば、冒険者ギルドだろう。流石にここはボケようもなく、ミャルレントさんに聞いたら普通に教えてくれた。そして、その情報は僕にとって非常に有益な物であった。


 一口にスライムと言っても、大別すると2種類ある。国民的に有名な方の最弱生物としてのスライムと、世界的に有名な方の物理無効とか強酸なんかをもつかなり強めのスライムだ。強い方であれば、今の僕には全く勝ち目が無い。『威圧の剣』は通常の物理法則とはまた違った攻撃力を発揮するからダメージそのものは通るかも知れないけど、『威圧の服』が覆ってない場所をちょっとでも触れられたら即アウトみたいな難易度の敵と戦うほど、僕はうぬぼれていない。というか、むしろ全力で逃げる方だ。

 だが、幸いにしてこの世界のスライムは、弱い方の感じだった。基本的に人を襲うことはなく、地面に生えている苔などを食べて生きる。こちらからちょっかいを出した場合は反撃してくるが、攻撃方法は主に体当たりであり、溶かせるのはせいぜい小さな虫くらい。物理攻撃も普通に有効で、叩いて潰せばそれで死ぬ。ただし弱すぎるために体内の魔石は死ぬと同時に霧散してしまい、討伐部位なども当然存在しないため、どれだけ倒してもお金にならない、そのため見かけても基本放置されるような存在……それがスライムだ。


 これはいい。実にいい具合だ。今の僕は野菜の出荷があるため、日常生活を送る程度ならお金には全く困ってないので、スライムを倒しても儲からないというのは全く問題が無い。それに、丸いゴムまりみたいな物らしいスライムなら、流石の僕も殺せるだろう。いや、足下でプルプルされたらちょっとキュンとしちゃう可能性もあるけど、そこは心を鬼にするくらいの覚悟はある……あるはずだ。頑張ろう。

 そして何より、このスライムは弱い。どう考えても僕より弱いから、危険を冒したくない僕の初めての実践相手としては、まさに最適だ。


 ただ、唯一問題としてスライムは森の中などで時々見かける程度の生息具合でしか無いと言うことだが……ここに来て、僕の運命力が発揮されている。いつもの創作小話をお嬢様にした際、当然スライムのことも話したわけだけど、そこでお嬢様から「この町の近くにスライムばかりが大量に沸く遺跡がある」という情報を入手していたのだ! これがいわゆる、ご都合主義によるフラグという奴なんだろう。この世界の人達は魔物を倒したからって魂の力を得られるわけじゃないので、弱くてお金にならなくて存在してもほぼ無害なスライムをわざわざ倒しに行くような冒険者が、僕以外にいるとは思えない。遺跡自体はとっくに調査が終わっていて、お宝どころか銅貨1枚落ちてないというなら尚更だ。


 これは来てるね。世界が僕に、もっと強くなれとささやいてる感じだね。乗るしかない、このビッグウェーブ! 遂に僕が、冒険者としての第一歩を踏み出すときが来たのだ! ここに来てやっとスライムってのはチートテンプレ主人公からするとかなりしょぼい感じだけど、むしろ国民的ゲームの方ではテンプレ中のテンプレなんだから、逆に幸先がいいとすら言えるはず!


 僕は調べてくれたミャルレントさんにお礼を言うと、一端帰宅して細々と作り続けている自家製薬草を懐に入れ、万全の体制を整えてから町を出る。まずは話にしか聞いていない遺跡の場所を確認し、軽く中を調査してみよう。その結果如何によっては、明日からはしばらく遺跡にこもるようになるかも知れない。湖への魚釣り遠征と違って、『遺跡調査』に『魔物討伐』というとても冒険者っぽい、むしろ冒険者としか表現出来ない目標に向かって行動していることに、弥が上にも気分が盛り上がる。


 幸いにして、特に迷うこともなく遺跡は発見できた。『威圧感』が『威圧感○』になったおかげか、以前はごく稀にだけど近くまで寄ってくることもあったゴブリンやら狼っぽいのやらも、完全に近づいてこない。チラッと姿が見えるだけでパッと走り去ってしまうのは、現実的には助かる反面、かつて存在感が無かった頃の自分を思い出して、ちょっとだけ寂しい気持ちになったりしたのは、ここだけの秘密だ。


 そうして辿り着いた遺跡は、まさに「ザ・遺跡」という感じだ。石造りの建物で、周囲には蔦が絡まり、石造りの床に時折混じる土の部分には、苔が生えている。アーチ状の入り口は少し傾いているのに、入ってすぐにある地下への階段は普通に真っ直ぐなので、入り口だけがやや崩れている、という感じなんだろう。

 僕はたいまつに火をつけ、遺跡の中へと足を踏み入れる。地下、かつ石造りということで、中の気温はかなり低い。もう夏が近いというのに、ちょっとプルッと震えてしまったのは、きっとそのせいだ。怖いからでは断じてない。


 たいまつで闇を切り裂きながら、慎重に歩みを進める。今回は念のため畑の『威圧の楔』も回収してあるため、出力6割とはいえ『威圧感』も全開だ。歩いて歩いて、思ったよりも長かった階段を降りきり、左右に部屋の入り口らしきものがある廊下を数歩進んだところで……遂に見つけた。緑色のプルプル。第一スライム発見である。

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